公害弁連ニュース 第135号 2002年11月20日発行



目次
戦争・戦争準備と公害・環境問題   代表委員 弁護士 斉藤 一好
東京大気10.29判決と被害救済制度   東京大気汚染裁判弁護団 弁護士 原 希世巳
名古屋環状2号線公害調停の申立   弁護士 樽井 直樹
日韓公害環境訴訟シンポの報告と韓国修習生の研修について   弁護士 村松 昭夫
広島から・国道2号線高架道路延伸に対し,本案訴訟を提訴   弁護士 足立 修一
川辺川問題と現地調査   川辺川利水訴訟を支援する会 事務局長 北岡 秀郎
【若手弁護士奮戦記】 新横田基地基地訴訟弁護団から   弁護士 山口 真美







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戦争・戦争準備と公害・環境問題
代表委員 弁護士 斉藤 一好
1 9.11事件一周年を迎えて
  昨年9月11日のニューヨークにおける、いわゆる同時多発テロ事件は、これを契機として米政府が反テロを口実にアフガニスタンに戦争を仕掛け、無辜の住民の虐殺をしました。その際、核兵器の使用も辞さないとしていましたし、クラスター爆弾などという非人道的兵器を投下しました。ブッシュ大統領は、更に、イラン、イラク、北朝鮮などを「悪の枢軸」とし、特にイラクには、国連を無視して先制攻撃をも辞さないとしております。
  戦争は最悪の公害であり、環境破壊です。
  それだけでなく、ブッシュは、その背後にある、石油産業、軍需産業の意向を汲んで、地球環境を守るための温暖化防止に関する京都議定書への署名を拒否さえもしております。
  更に、戦争の準備である軍事基地の設置が如何に環境を破壊するか、それは、沖縄や横田、横須賀にある米軍基地による騒音公害、土壌汚染、アスベスト被害等々によって明らかです。
  また、最悪の環境破壊、ひいては人類絶滅をもたらす核兵器の全面廃棄の全人類的課題があります。
  従って、私たちは、現在各地でたたかわれている反公害闘争を勝ち抜くとともに、大きくは、反戦、反軍事基地、反核闘争を推進しなければなりません。
  その意味においても、去る10月7日勝ちとられた、横浜地裁横須賀支部のジン肺訴訟の判決は、反公害のみでなく、反基地のたたかいとしても、貴重な成果といわねばなりません。
  そして、ブッシュの、イラクへの先制攻撃の野望と、これに追随し、加担しようとして、テロ特措法にひきつづいて有事立法を強行しようとしている、小泉内閣の企図は断固粉砕しなければなりません。
  又、沖縄の普天間基地を名護に移転し、その珊瑚礁を破壊し、ジュゴンを絶滅させようとしている、日米両政府の意図を阻止することが必要です。窮極的には、日米安保条約の廃棄を達成することが要請されます。

2  ヨハネスブルグ・サミットについて
  8月26日から9月4日まで、南アフリカのヨハネスブルグで開かれた、環境開発サミット(持続可能な開発に関する世界首脳会議)は、報道によれば、世界190カ国の代表9000人、環境NGOなどの代表8000人、記者4000人が参加した、大規模な国際会議でした。
  この会議は、1992年、ブラジルのリオデジャネイロで開かれた地球サミットで採択された、「アジェンダ21」などの諸課題の、その後の10年間の決定遂行状況を点検し、合意事項を実施する具体的手だてをとるとともに、今後の新たな課題を設定するのが、その目的とされていました。
  結論からいえば、1定の成果を得つつも、問題を残しており、唯京都議定書については発効のメドがついたといえます。
  この会議は、21世紀が直面する大問題を議論したのに、超大国のアメリカは、ブッシュ大統領を派遣せず、代わりにパウエル国防長官が出席しましたが、新たな合意にことごとく反対し、それだけでなく、対イラク戦争の扇動、8月29日の未臨界核実験の強行であり、パウエルは、発言中、しばしばブーイングの的にされたといわれます。
  いずれにしても、世界の環境を守るためには、戦争と戦争準備を止め、最貧国を救済するため、軍事費を削減して、これにあてる必要があり、アメリカの軍事力優先、ユニラテラリズムは、国連を含む、世界各国の世論によって克服する必要があります。

3 反公害闘争の今後の課題
  公害弁連に結集する皆さまの日頃のたたかいに心から敬意を表します。
  私は、代表役員とは名ばかりで、実践に加わることがなく、申し訳なく思っております。
  反公害闘争が、大気汚染公害、道路公害、基地騒音公害、廃棄物問題、薬害ヤコブ病とのたたかい等、多岐にわたるたたかいを展開しつつ、被害賠償のみでなく差止めについても成果をおさめつつあります。
  同時に、私は、司法制度の改革問題についても、公害弁連として、一層留意されるよう望みます。
  そのひとつの問題として、弁護士費用敗訴者負担制度の導入の件があります。これは何としても阻止せねばなりません。
  更に、現在政府が推進している、その他の司法制度改革の諸問題についても、警戒の手をゆるめてはなりません。
  この問題は日弁連に全権委任しておくわけにはいきません。それには、1964年のいわゆる臨司問題についての教訓を活かすべきです。皆様の御留意を望みます。




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東京大気10.29判決と被害救済制度
東京大気汚染裁判弁護団 弁護士 原 希世巳
5たび道路公害を断罪
 10.29判決は自動車排ガスと住民の健康被害の因果関係を認め、国・公団・東京都の道路管理者としての責任を認めた。しかし自動車メーカーについては、昭和48年頃には本件地域において自動車排ガスによる健康被害の発生は予見可能であったとしながらも、販売した自動車の走行を支配、管理することができないことなどの理由で、回避可能性がないとして、その責任を否定した。
 また同判決は面的汚染の実態を無視して、12時間交通量4万台以上という超巨大幹線道路の沿道50メートルの範囲に救済を限定したため、第1次原告99名中わずか7名の請求しか認めなかった。
 このようにこの判決は我々が想定していたもののうち、もっとも悪い内容であったと言わざるを得ない。しかしこの判決の社会的な受け止め方はだいぶ違った。マスコミなどの関心は初めて未認定患者の請求が認められたこと、5連敗となる国・行政の姿勢などの点に集中した。
 東京都の石原知事は判決直後の記者会見で、控訴断念を表明するとともに、国は自動車メーカーに財源を負担させて、被害救済制度を作るべきだと発言し、自ら首相や国土交通大臣に面会して直接要請することを明らかにした。大量の未認定患者の救済を求める世論は大きく盛り上がっている。

怒濤の判決日行動
 特筆すべきは判決内容は不満であったにもかかわらず、朝の裁判所前集会、昼休みの都庁集会、そして深夜に及んだ被告交渉と1日通じて1500〜2000名規模の判決行動をやり抜き、交渉ではメーカーに圧勝したことである。
 各メーカーともに当初は10名以上の交渉団は受け入れないとしたが、2時間から4時間にわたる門前の交渉で、各所50名規模の交渉団を受け入れさせたこと、そして早いところでも10時15分(トヨタ)、最後は深夜0時30分(日産ディーゼル)に及ぶねばり強い交渉により、全ての被告メーカーから確認書をとったことなど、原告団・支援者ともに大きな確信をつかむことができた。
 確認書では、ほぼ全てのメーカーから被害者救済制度の財源負担について「社会的要請もふまえて総合的に対応」「真摯に検討」することを約束させた。そして多くのメーカーは、この判決を大気汚染に対する自動車排ガスの寄与を認めたものとして「重く受け止める」とし、また日産は「判決を厳粛に受け止める」とした。またトヨタ、日産、日野などでは早期全面解決が望ましい旨を表明させた。また初めて首都高速公団からも確認書を取り、「被害救済制度の可能性について真摯に協議する」ことを約束させた。
 交渉は終始原告側の主導で行われ、原告の迫力に満ち、かつ切々とした訴えが全体を圧倒した。メーカー側から「我々は勝訴したのだから」などという発言がされると一斉に反発を浴び、どちらが勝ったのか分からないような状況となった。
 判決に負けてどうして確認書が取れるのか。それは我々の運動が被害の現実から出発した、社会的道義あるたたかいとなっていること、そして会場内外にあふれた支援者の姿に象徴されるように、大きな運動と支援の広がりを作り出してきたことによるものだと思う。「負けた気がしない」というのが原告団、弁護団そして参加した支援者全てにとって掛け値なしの実感であり、大きな確信をつかむことができた判決行動であった。

全面解決を目指して
 我々の全面解決の中心的な柱は全ての公害被害者のための救済制度を確立していくことである。自動車メーカーは勝訴したにもかかわらず、救済制度の財源負担について、検討せざるを得ない状況が生まれている。5連敗の国も救済問題を真剣に考えなくてはならないところへ追い込まれていることも明らかである。東京都の動きなどとも連動させて、一気に救済制度確立に向けての運動を強めていきたい。
 他方、原告の個別救済の点では、今回の判決はきわめて不十分な水準でしかない。しかし判決文を読む限りこの判決は尼崎、名古屋の判決をそのまま下敷きにして、ほとんど何も考えずにそのまま東京に当てはめただけという内容になっており、説得力は極めて乏しい。十分ひっくり返せるものと考えている。
 控訴審のたたかい、そして主戦場である「法廷外のたたかい」へと弁護団、原告団とも、これまで以上に意気高く取り組んでいく決意であり、今後も大きなご支援をお願いしたい。



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名古屋環状2号線公害調停の申立
弁護士 樽井 直樹
1 本年7月22日、名古屋環状2号線東南部の沿線住民3902名が、事業施行者である国土交通大臣と日本道路公団総裁を相手に、名古屋環状2号線東部・東南部の道路及び関連施設の工事を行ってはならないことを求めて、公害調停を申し立てた。
  名古屋環状2号線は、名古屋市周辺を半径約10キロメートルで取りまく環状道路で、一般国道302号線と高速道路専用部分によって構成される。計画では、全長約66キロメートルに及び、現在までのところ、全体の約85パーセントが開通しており、名古屋市天白区、緑区の約10キロメートルの東部・東南部を残すのみとなっている。

2 計画されている東部・東南部の沿線である天白区、緑区は、名古屋市の東南部に位置する丘陵地で、ここ20年ほどの間に住宅地として急発展してきた地域である。
  名古屋環状2号線の事業計画者である愛知県と名古屋市は、一方で環状2号線を計画しておきながら、この計画を明らかにすることなく予定地周辺を住宅地として開発することを積極的に押し進めた。この計画を知らないまま、計画地周辺に住宅を購入した住民にとっては、環状2号線の施行命令(99年)が出されること自体が寝耳に水であった。自宅の目の前を高速道路が通り、日夜にわたる騒音、振動に苦しめられ、また排気ガスによる健康破壊に襲われる。名古屋南部大気裁判の現場から遠くない場所に住む住民たちにとって、大気裁判に取り組む患者たちの姿は人ごとではなかった。   そこで、住民たちは、名古屋環状2号線懇談会を結成し、愛知県、名古屋市、国土交通省、道路公団との間での粘り強い交渉を開始したのである。

3 名古屋環状2号線の都市計画が策定された82年に、名古屋市は、独自の環境アセスメントを実施している。このアセスメントにおいて、名古屋市は次の環境保全目標をかかげた。
大気については、(1)二酸化窒素は年平均0.03ppm以下であること、(2)一酸化窒素は年平均5.71ppm以下であること。騒音については、(1)第1種住居専用地域などでは、昼間60dB以下、朝夕は55dB以下、夜間50dB以下であること、(2)商業地域などでは、昼間65dB以下、朝夕は65dB以下、夜間60dB以下であること。
そして、事業計画者と事業施行者は、名古屋環2懇談会に対し、環境保全目標を、供用開始の当初から遵守することを度々約束したのである。

4 ところが、すでに供用が開始されている、名古屋環状2号線北部においては、環境保全目標を上回る数値が検出されている。そこで、事業者の側は、どのようにして環境保全目標を実現するかが問われることとなった。
  事業者側は、01年に実施した環境影響評価のフォローアップによる予測照査を実施し、その結果として環境保全目標を達成できることが確認されたと称してきた。
  しかし、予測照査は、供用開始時期を明確にできないとして予測時期を2020年に設定しており、供用開始の時点での環境保全目標の達成を担保するものではあり得ない。また、既供用部分との対比においても、大型車混入率や走行速度について妥当な予想を行ったものか極めて疑問であること、排出係数についても十分な説明がなされていないという問題点があった。
  このような住民の疑問に対し、事業者側は満足に答えようともしないまま、説明会を次々と設定し、「住民合意」の既成事実を作り上げようとしたのである。

5 もともと、環2沿線住民は、道路建設絶対反対という立場をとるものではなく、環境にやさしい道路をつくってほしいとの一致点で運動してきた。そのような立場から、高架式ではなく堀割式にするようにという提案や、排気ガスの浄化システムに関する新しい技術の導入なども提案してきた。
  しかし、事業者側が誠実な交渉を行わないため、やむを得ず、工事の差止を求める調停を申し立てた。調停を選んだのは、事業者の約束する環境保全目標の達成が本当に可能なのかを調査することを求め、これに基づいた話し合いによる解決を探ることが必要と判断したからである。
  調停は、相手方の反論が出され、これに対する申請人からの求釈明的な再反論を提出して、第1回期日を決める段階にある。

6 弁護団は、環境訴訟の第1人者の籠橋弁護士に、名古屋南部大気訴訟弁護団の道路班のメンバーが、その経験を生かすために終結している。
  住民は粘り強く、幅広い運動を築き上げてきている。弁護団は、住民の思いに応えられるよう、専門家の協力を得て、調停に臨みたいと思っている。



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日韓公害環境訴訟シンポの報告と韓国修習生の研修について
弁護士 村松 昭夫
1 公害弁連、環境法律連盟、韓国の環境訴訟センターの3者共催による日韓公害環境訴訟の交流が、8月23日から26日の日程でソウルで開催されました。日本からは弁護士20名をはじめ、公害患者、学者研究者など総勢40名が参加し(なお、訪問団の団長は近藤忠孝弁護士です)、韓国側も環境訴訟センターの弁護士や環境NGO「グリーンコリア」の活動家、学者、修習生などが参加しました。ここ数年、公害弁連は、韓国から公害環境訴訟に取り組んでいる弁護士を総会に招待したり、新横田基地訴訟弁護団などが訪韓して交流と意見交換を行うなどしてきましたが、今回の交流は、こうした交流の積み重ねのなかで実現したものです。また、ここ3年ぐらい、毎年環境訴訟センターの依頼で韓国修習生の社会研修を引き受けてきたことも、こうした交流を実現する素地になっていました。

2 さて、交流は、23日の「グリーンコリア」の事務所訪問と歓迎懇親会からスタートしました。「グリーンコリア」の事務所は、最近新しく引っ越したとのことであり、ソウルの中心部に近い小高い見晴らしの良い丘の中腹にありました。3階建ての建物をメンバーの手作りで事務所に改造したとのことでした。事務所は、政策部、広報部、組織部、訴訟センターなど各セクション毎に区分けされ、なかには高校生が交流する部屋もあり、私たちが訪問したときにも数人の高校生が集まっていました。こじんまりした感じの事務所でしたが、環境NGOに相応しくフランクな暖かみのある雰囲気が感じられ、羨ましい限りでした。そして、夜の懇親会も、日韓代表者の挨拶やそれぞれのメンバー紹介を行うなど、大いに盛り上がりました。「グリーンコリア」のメンバーの1人が、「日本のメンバーとは今日初めて会ったが、古くからの友人のように感じる」という感想を述べていましたが、これは、参加者全員の共通の感想でもあったと思います。

3 24日は、メインのシンポジウムが韓国弁護士協会の会館で行われました。日本からは、諫早湾干拓に関する環境訴訟、東京大気汚染訴訟、水俣病訴訟が、韓国からは、セマングン干拓に関する未来世代信託訴訟、梅香里の米軍射爆場騒音訴訟、ナクトン江フェノール流出事件などがそれぞれ報告され、セマングン干拓に関してはソウル大学の金教授からも特別報告が行われました。日本側の松浦信平弁護士と韓国側の訴訟センター事務局長の朴さんとの間で、双方の問題意識や関心など事前の打ち合わせが良くできていたこともあり、報告は具体的で、報告に対する質疑も実践的でかみ合ったものでした。韓国では、最近、米軍射爆場と金浦空港の二つの騒音裁判においてそれぞれ被害者側が勝利しており、その後二次訴訟が提訴されたとのことでしたが、それぞれ数百人から数千人規模の提訴となり、その飛躍的な前進には驚かされるばかりでした。もちろん、韓国ではまだ公害環境訴訟に取り組む弁護士は少なく、かつ弁護士登録数年目の弁護士が中心となっているという状況ですが、そのエネルギーは大変なものです。ともすれば、こうしたシンポジウムは、それぞれの報告を聞くだけでかみ合った質疑までできないものですが、今回は国内でのシンポジウムと変わらない一体感のある、共に学び会うことのできたシンポジウムとなったと思います。その意味では、今後、継続的、定期的な交流を行うことの必要性を感じました。
  なお、25日は、セマウウンの干拓現場の調査が行われましたが、私は私用のため参加できませんでした。

4 ところで、韓国の司法修習生の日本での社会研修にも触れたいと思います。韓国の司法修習制度では、修習2年目の7月に一ヶ月間の社会研修の制度があり、修習生はそれぞれ企業や各種団体などで研修を行うとのことであり、「グリーンコリア」も修習生の社会研修を受け入れています。その関係で、3年前から2週間程度日本に修習生を派遣するので、日本の公害環境訴訟や環境運動、公害現場の訪問などの研修させてほしいという依頼がありました。2名、1名と受け入れてきましたが、今年は6名もの修習生が研修に訪問しました。私と松浦弁護士で分担し、前半は東京で後半は大阪でそれぞれ面倒を見ました。今年は、東京大気裁判の集会への参加、横田米軍基地の現地訪問、四日市40周年集会への参加、日本の修習生との懇談、あおぞら財団との交流、京都の街づくり運動の見学、ヤコブ病訴訟の講義、ハンセン病療養所への訪問、民法協の弁護士と懇談、女性差別問題の講義、さらに日本の公害裁判の歴史や自然環境訴訟の取り組みなどの講義と多彩なプログラムを用意しました。ハードな日程でしたが、感想を読むと彼らにとっても刺激的な研修になったようです。聞くところによれば、韓国の修習生のなかには40名程度の環境法研究会があるとのことであり、こうしたメンバーが今後の韓国の公害環境訴訟を担っていくだろうとのことです。現に、今回のシンポジウムで米軍射爆場訴訟を報告した廬弁護士は2年前に日本での研修を行った1人であり、現在環境訴訟センターの事務局次長をしているとのことでした。シンポジウムには、すでに来年度日本での研修を希望している修習生も数名参加しており、日本での研修を大いに期待しているとのことでした。私や松浦弁護士は引き続きお世話しようと思っていますが、是非他の弁護士の皆さんもご協力をお願いします。

5 今回の日韓弁護士の交流は、公害弁連が国際部を設立して初めての取り組みでしたが、その成功は国際部責任者の松浦弁護士の奮闘によるところが大きいものがありました。
  今回の交流を通して、国際交流と言っても言葉の問題を除けば、実にフランクにまた実りある交流ができることを実感しました。韓国との継続的な交流はもちろんのこと、今後は中国や東南アジアなどの公害環境訴訟に取り組む弁護士との交流も積極的に行っていくことが求められていると思います。



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広島から・国道2号線高架道路延伸に対し,本案訴訟を提訴
弁護士 足立 修一
1 8月13日に国道2号線公害差止訴訟を提訴
  2002年8月13日に,広島地方裁判所に対し,広島市内の中心部を貫く国道2号線の沿道100メートル内に居住・通勤する原告151名が,高架道路建設差止・道路公害の差止(供用制限)・生活妨害・健康被害に対する損害賠償(総額約3億3000万円)を求めて,提訴しました。
  1994年以降再開した,国道2号線の高架工事の再開に対して,工事そのものの問題とともに,現状での深刻な道路公害の実情についても,その違法性を確認させようとして提訴したものです。

2 国道2号線の高架道路延伸工事の経緯
  今から,28年前に,一旦は頓挫したはずの国道2号線西広島バイパスの高架工事について,1994年,再度,都市計画決定を経て,1995年1月の阪神淡路大震災を契機として補強工事をしました。その後,1999年5月から,広島市内中心部を貫く国道2号線の現在の片側3車線ないし4車線の平面道路の上に2階建ての構造で高架道路を建設する工事を再開しています。
  これに対し,沿道住民で組織する「国道2号線の環境を守る会」が中心になって,高架道路延伸工事に反対する運動を進めてきました。しかし,工事着手という事態となり,1999年7月に広島県公害審査会に,沿道住民ら837人(2次提訴により882人)で公害調停の申立をしました。
  しかし,本件高架道路延伸工事では,地権者から土地を買い上げる必要もほとんどないため,国側は極めて強硬な態度で調停に臨みました。住民らが求めたアセスメントのやり直しにもまとも応対せず,20年後に出来るかどうかも分からない沿岸部の広島南道路という有料の道路ができることを前提とした,通行予測に基づく数字を出してきたのみでした。審査会は工事の続行を前提とする調停案を提案しましたが,住民側は,アセスメント実施中の工事の暫定的停止すら含まれていないことから,調停案を拒否することになり,同年8月8日に公害調停は不調で終了しました。

3 工事差止仮処分申請と却下決定
  住民側は,公害調停が不調となることを見越して,準備を進めてきており,翌8月9日に,広島地裁に,172名で高架道路延伸工事差止仮処分申請をしました(2次提訴により218人に増えている)。
  申立後1年6ヶ月程の期間,審尋が行われて,申立人や参考人の陳述の機会があり,基本的には書面審査で,自動車排ガスと健康被害の因果関係については主に尼崎公害裁判,東京大気訴訟で提出されている書証などを提出したものの,申立人らが強く求めた現地での審尋を実施して,現地での騒音・大気汚染の実情を調べることはできませんでした。
  2002年2月18日になり裁判所は,高架工事の差止を却下する不当な決定を行いました。
  ただ,決定の内容において,自動車排出ガスと沿道住民の健康被害との関連については,これまでの疫学調査の結果を検討し,「自動車排出ガスに起因する大気汚染が進行すると沿道住民の喘息様症状を中心とする呼吸器疾患に罹患し,あるいはこれが憎悪する危険が生じるとの関係を肯定することができる。」と判断しました。
  しかし,「本件工事は自動車排ガス等による沿道被害を増大させるか」という点について,「本件においては,申立人ら側で,本件工事が施工されない場合に比較して,実施された時にはその効果として沿道環境が差止請求を基礎付ける程度に悪化することを立証する必要がある。実質的公平の観点から,相手方において,現状のままで事態が推移した場合に比較して,本件工事が実施された場合の沿道環境は悪化することはないことが相当程度の蓋然性をもって推認できる程度に立証する必要がある。」との総論を述べました。
  その上で,渋滞(将来交通量予測),自動車公害被害の予測について,国の言い分を認め,「相手方(国)は,本件工事が実施された場合の沿道環境につき,本件地域における国道2号が現状のままで推移した場合に比較すると,少なくともこれを悪化させるものではないことについて相当程度の蓋然性をもって推認できる程度に立証している。」としました。  却下決定は,結論として,「本件工事によって沿道住民である申立人らに工事差止請求権を肯定できる程度に沿道環境が悪化することを認めるに足りる疎明があるということはできない。」として,申立人らの本件申請を却下しました。これに対して,申立人らは,即時抗告を行いましたが,8月に本案訴訟を提起したのち,闘いの舞台を本案訴訟に移しました。

4 本案訴訟を提訴するに至ったのは
  今回提訴をしたのは,仮処分の申立人で,道路沿道(道路から100メートル以内)に居住または勤務する者です。仮処分を審理した裁判所は,現状でも騒音・大気汚染の被害を受けている住民らの苦しみを理解しようとしませんでした。国側の机上の空論を前提にして,高架道路の建設によって,今よりも環境が悪くなることを申立人側が立証できていないという理由で敗訴させられたことを覆したいと考えています。
  現状で,広島市内の国道2号線は,24時間交通量でみると約7万台から8万台で,大型車の混入率も約17%あります。この結果,騒音被害では,1997年の沿道の既に2階建てになっている部分で,昼間85デシベルという全国で最高の値を記録したこともあり,沿道の自排局の測定結果でも,二酸化窒素,SPMなども環境基準を超えている水準にあります。これらの道路公害により,沿道の住民などの生活妨害・健康被害をもたらしていることは明白です。しかし,これを無視した決定を覆すには,本案訴訟で現状の道路公害の実情を多面的に立証していくしかないと考えました。
  今後とも,皆さまのご注目とご支援をお願いします。



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川辺川問題と現地調査
川辺川利水訴訟を支援する会
事務局長 北岡 秀郎
ヘリが飛んだ日
 新聞社のヘリがダム建設予定地である狭い谷間に向けて垂直に舞い降りる。ダムサイト前の中洲には全国から集まった青年・学生の手で「ダムはいらん」と縦40メートルを越える大文字が広げられる。それに合わせ川の両岸からは幟旗や横断幕を掲げた数百人がいっせいに「ダムはいらん!」「川辺川を守れ!」の声をあげる。8月31日〜9月1日に川辺川ダムの建設予定地、熊本県球磨郡でおこなわれた第6回川辺川現地調査の一こまである。

清流・川辺川現地調査
 何とか川辺川ダム問題を全国の問題にしたい。このために全国に呼びかけて始められたのが「川辺川現地調査」である。毎年1回夏に開かれるこの催しはやっと知られるようになった。それと共に川辺川ダムの問題も全国に少しづつ知られてきている。同時に全国各地でダム建設に象徴される大型公共事業の無駄を見直す世論が大きくなってきた。九州最大規模の川辺川ダムも、その目的とされる治水、利水、発電、流量調整が既に根拠を失っていることが知られ始めている。国土交通省はそのことが国民の前に明らかになってしまわないうちに何が何でも造ってしまおうとしている。
 子守唄で知られる五木村の中心部を水没させ、旧環境庁が日本一の清流と折り紙をつけた豊かな環境を根こそぎ破壊しても、自ら見直しをするつもりはない。
 これに対して、川辺川の漁業権を持つ球磨川漁協は2度にわたって補償案を拒否した。このため国交省は強制収用を申請し現在収用委員会での攻防が続いている。利水(土地改良事業)対象の農民は、対象農家約4000戸の半数近くが「ダムの水は要らん」と裁判に訴えている。この訴訟は来年前半には判決を迎える。国交省が最大の理由とする治水では流域住民が過去の洪水は川辺川本流=球磨川上流の市房ダムの過剰放水が原因だといい切っている。この点では4回にわたって国交省と住民による「住民討論集会」が双方の専門家を交えて一歩も引かぬばかりか、回を重ねる毎に国交省の言い分に無理が生じてきている。発電は、ダム建設後の方が現行の発電量より少なくなり、当初から破綻した理由である。

尺アユの里
 川辺川現地調査では、1日目の夕方に川辺川河畔で開かれる大交流会が恒例である。そこでは川辺川の天然鮎のバーベキューが人気メニューである。川辺川には尺鮎と呼ばれる30センチを越える大型の鮎がいる。元々鮎は春に海から川を遡上し、秋には海へと落ちていく。そのわずかな期間に体長30センチに成長するのはよほどの好条件が整わなければならない。全国でも極めて珍しい好条件が川辺川なのである。珪藻類を好んで食べる川辺川の鮎は、釣り上げた時から香魚の名にふさわしい独特のさわやかな香りがあたりに漂う。全国各地の太公望が憧れるのも当然である。納棺の時間になると日暮の早い谷間を伝って正調・五木の子守唄のメロディーがもの哀しく聞こえてくる。川辺川の上流は有名な五木の子守唄で知られる五木村を貫いて流れている。だがその五木村も、30年余に及ぶダム問題に揺れ続け、急速な過疎化がすすんでしまった。

環境の世紀
 21世紀は環境の世紀とも言われている。さまざまな理由で自然を破壊し続けた20世紀の反省の上に、我々の手で何としても川辺川ダムにストップをかけたい。
 「ここには昨年年までダム計画があり、ずいぶん環境を痛めましたが、今その修復工事がおこなわれています」。来年の現地調査では全国から訪れた方々に、バスのなかではそのような案内をしたいものだと思っている。



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【若手弁護士奮戦記】

新横田基地基地訴訟弁護団から
弁護士 山口 真美
 私は、昨年2001年10月6日に弁護士となり、新横田基地公害訴訟弁護団に加わった。
 私が弁護団に参加してからの1年間は、第1審の判決から控訴へと大きく訴訟が動いた時期である。また、横田だけでなく、3月の小松、10月の厚木と基地公害訴訟の判決が相次いだ時期でもあった。この1年の私の横田基地訴訟への取り組みを振り返ってみたい。

2002年3月6日
小松基地訴訟第1審判決

 この日は小松基地訴訟の判決の日であった。同じ基地公害訴訟に取り組む者として、支援のため金沢まで駆けつけた。差止は認められなかったものの、小松基地公害訴訟において、これまで認められていなかった75W値の被害に対する損害賠償が認められ、大きく前進を勝ちとることができた。全体として公害被害に対する救消への流れを感じさせられた。この前進の流れを横田の判決でも引き続き受け継いでいけると良いなと思いつつ、飛行機での帰路についた。

2002年5月30日
判決言渡日

 とうとう横田基地公害訴訟の判決の日がきた。私は光栄にも「旗持ち(垂れ幕)」の大役を仰せつかって、緊張しきりであった。垂れ幕を持って、途中で転んだらどうしよう・・・。
 しかし、東京地方裁判所八王子支部401号法廷で読み上げられた判決文は、一度聞いただけでは理解できない不親切なものであった。外で待つ原告の方々に早く訴訟の結果を知らせなければならないのに・・・。それでも何とか、「賠償勝訴」と書かれた垂れ幕を持って行き、(転ぶことなく)無事大任を果たすことができた。
 さて、判決文の内容であるが、「陳述書の未提出者の被害救済を認めない」「本人尋問への未出頭を理由に、免責の法理としての佑険への接近を認める」など、原告の声に耳を傾けたものとは到底思えないものであった。原告の弁を借りれば「冷たい判決」である。「住民の声を裁判所に届けていきたい」と決意を新たにした。

2002年6月6日
全国公害被害者総行動デー

 この日は全国公害被害者総行動デーに参加し、防衛施設庁に要請行動に行った。各基地訴訟の原告が集まって、被害の改善を要請し、国と原告団の協議機関の設置などを申し入れた。しかし、防衛施設庁側は型どおりの答えに終始し、何ら具体的な改善策を示さなかった。基地、特に米軍基地の問題では、訴訟での被害救済とともに国政の場での政策的な解決への取り組みが不可欠である。今後ともこのような取り組みを強めていきたい。

2002年6月11日
控訴(その間の控訴状の準備)

 控訴期限は2週間である。横田基地公害訴訟の原告数はおよそ6000人、当然だがこんな控訴状の準備はしたことがない。休日にも弁護団で集まり、1審原告6000人分の名簿(名前、居住年月、過去分損害、など)を作成した。さすがに大変であった。

2002年7月20・21日、9月28日・29日
横田合宿(控訴理由書の作成)

 控訴理由書の作成にあたっては、弁護団で2回合宿を組んだ。私は「危険への接近」班に加わった。「免責の法理及び減額の法理としての危険への接近の法理を基地公害に適用しうるのか」という危険への接近の法理は原判決の矛盾が現れており、控訴審でも最も重要な争点になる部分である。激論を交わし、何度も推敲を重ねながらの控訴理由書の作成であった。私にとっては、プレッシャーを感じつつも、様々な先輩弁護士からアドバイスをいただくことができ、この訴訟を深く知る機会となった。

2002年10月20日
訴訟委任状

 控訴審では6000人の原告の訴訟委任状が必要となる。休日に原告の家を訪問して、委任状の提出を依頼していると、頭上を米軍機が爆音を鳴らしながら飛んでいく。原告は、現実に被害に苦しみながらも、一方で訴訟が長引くことなどへの不安も訴えている。一刻も早い救済をという気持ちがますます強くなった。

最後に
 修習生の頃に、原告の方から爆音の被害の話を、弁護団から6000人訴訟への取り組みの話を聞く機会に恵まれた。「静かな夜を返せ」という、人として当たり前の、このささやかな願いに強い共感を覚え、弁護団に加わった。この1年の訴訟への取り組みを通じて、先輩弁護士から公害弁護士のスピリッツを感じてきた。それは「徹底して被害者の立場に立つ」ということである。このようなスピリッツを持った弁護士を目標にこれからもやっていこうと思う。



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