公害弁連ニュース 143号




巻頭言   上瀬谷通信基地の返還とまちづくり

代表委員 弁護士 篠原義仁

1 上瀬谷通信基地は、横浜市の瀬谷区と旭区にまたがって存在し、その面積は242ヘクタールに及び、横浜スタジアムの92個分の広さを有しています。その内訳は、約4割が民有地、残りの約4割が国有地、約2割が市有地となっています。
 1998年3月19日、森茂徳さんは国を被告として横浜地方裁判所に対し、上瀬谷通信基地内の自己所有地の返還を求めて裁判を提起しました。
 国は、200名以上に及ぶ土地所有者から土地を賃借し、日米安保条約に基づく地位協定第2条第1項の「施設及び地区」としてこれをアメリカ合衆国に提供しています。アメリカ合衆国は、これを上瀬谷通信基地として長年にわたって利用しつづけてきました。

2 上瀬谷通信基地は、日本で最大の通信基地でした。しかし、通信技術の発達、通信衛星の打ち上げ、冷戦構造の崩壊によって情勢は大きく転回し、1991年からアンテナの一部撤去が行われ、基地内に林立していたアンテナは、94年までに3種類11基のアンテナが、94年4月には方向探知用のループアンテナが、95年2月には最後まで残っていた囲障区域外2本のアンテナが撤去され、囲障区域外にはアンテナは全くなくなりました。
 「スターズ・アンド・ストライプス」(星条旗新聞)も、95年10月1日までに基地の機能、部隊の再編整備も完了したと報じ、上瀬谷基地内の看板も「通信施設」から「支援施設」と変わりました。こうして、上瀬谷基地は、遅くとも95年10月までには、基本的に通信基地の役割は終了しました。

3 地位協定第2条第3項は、「この協定の目的のため必要がなくなったとき」は、直ちに返還すべきと明文で定めています。
 しかも、その必要性については、不断に検討すべきことが日米間で合意されていました。
 これに照らすと、上瀬谷通信施設は、日本政府がアメリカ合衆国に対し要求しさえすれば直ちに返還されるはずのものとなっていました。
 しかし、政府は「駐留軍が通信施設として使用しているといっているので、使用していると承知している」「必要性の判断は、専ら米国が決めることだ」などと主張、弁明してきました。つまり、客観的に遊休化している事実にあえて目をつぶり、アメリカのいいなりの態度に終始して、施設の返還を要求する予定はないという立場をとりつづけてきました。
 主権国家として余りにも自主性も、主体性もない態度というほかありません。

4 土地返還・森訴訟は、通信基地が遊休化した以上、民有地は当然に返還されるべきだとして、土地賃貸借契約が満了する97年3月19日の時期をとらえて毅然と契約更新を拒否して、その明渡を求めて提起されました。
 次いで、2002年7月10日、森訴訟につづけを合い言葉に横浜市民有志が、遊休地化した市有地を横浜市として手をこまねいて国に対し返還請求を行わないのは、市として財産管理を怠るものだとして、その違法確認の住民訴訟を提起しました。
 住民訴訟でも横浜市は、国の口調そのままにアメリカのいいなりの弁明を言いつづけてきました。
 しかし、森訴訟と住民訴訟が大きく進展するなかで、そして、事実を直視した市民の返還に向けてのうねりが高まるなかで、03年2月21日に日米合同委員会が開催され、上瀬谷通信施設、深谷通信所、根岸住宅地区、富岡倉庫地区の返還協議が開始されました。

5 04年9月22日、紆余曲折を経て、横浜市は池子住宅施設の受入と引換に基地施設の返還に関する政府提案を受け入れ、その返還手続は大きく前進するところとなりました。
 しかし、この返還内容は「後味の悪さをぬぐえない」もので、日米地位協定の矛盾も露呈しました。
 第1に、住宅建設を遊休地返還の条件とした点は、今後に大きな禍根を残すものとなりました。地位協定に従えば、米軍への提供施設は遊休化した以上、いつでも日本に返還されなければならないわけで、無条件返還は事理にかなった要求です。
 第2に、日米間でどのような協議がなされたのかは全く公表されず、きわめて不透明な日米協議となっています。情報公開制度が制定され、それが機能している今、政府の対応はそれに逆行するもので、十分な説明責任を果たしていません。
 第3に、米軍施設の提供は、関係地方自治体とその住民に多大な影響を及ぼすわけで、国は、日米協議にあたり、住宅建設問題につき直接的利害を有する逗子市、横浜市の意見を尊重し、その調整機能を果たすべき政治的責務があるのにこれを怠りつづけたことです。
 こういったなかで、逗子市は池子住宅地区に住宅の追加建設はしないとした国、県、逗子市の三者合意(94年合意)が完全に無視されたとして、国を相手に民事訴訟を提起するに至りました。

6 私たち原告団・弁護団は、遊休地化した上瀬谷通信基地の「無条件、早期、全面返還」をスローガンに掲げ、たたかいを継続してきました。
 そして、上瀬谷基地が段階的返還ながらも全面返還されるにいたった今、上瀬谷地域の環境再生とまちづくりをめざして私たちのプランを発表することを予定し、関係自治体(市・区)、関係住民の間で意見交換し、検討を深め、よりよいまちづくり計画が推進されてゆくことを期待しています。
 同時に、こういった討議が深谷・根岸・富岡地区のまちづくりプランにも連動してゆくことを期待しています。
 私たちは、遊休地の「無条件返還」の要求を基礎に、不当にも池子住宅の増設計画が推し進められようとしている実態に深い憂慮の念をもち、追加建設反対の取り組みを進めている逗子市の訴訟やこの問題と取り組む逗子市、横浜市の関係住民に連帯の意を表し、全力で支援の力をそそいでゆくことを決意しています。
 そこで、池子住宅の追加建設反対運動にも参加しながら、返還後の基地の跡地利用・まちづくりにも住民参加の原則を貫徹させつつ、追求してゆこうと考えています。
 西淀川、川崎、倉敷、名古屋の大気汚染公害裁判の和解解決で実践されている「環境再生とまちづくり」の取り組みを、基地の跡地利用の局面でも応用、適用させるべく奮闘をしています。
 公害弁連の伝統をここでも生かしつつ、を合言葉にして……。





新嘉手納爆音訴訟の現状と課題

弁護士 高橋 徹

1 嘉手納基地周辺の6か市町村の住民5540名は、2000年3月、嘉手納基地を離発着する航空機の夜間早朝の飛行差止のほか、爆音被害に対する過去及び将来の損害賠償の支払いを求めて、那覇地方裁判所沖縄支部に提訴した。そして、提訴から4年あまりを経て、2004年7月に結審を迎え、2005年2月に判決を控えている。なお、横田基地公害訴訟と同様に、アメリカ合衆国を被告とする対米訴訟も提訴している。
 嘉手納爆音訴訟については、16年にわたる旧訴訟において、すでに嘉手納基地の航空機騒音の違法性が断罪されている。旧訴訟の控訴審では、国の主張する危険への接近の法理が排斥され、 値75以上の地域において過去の爆音被害に対する損害賠償が認められ、確定している。
 新嘉手納爆音訴訟では、旧訴訟の到達点を維持するとともに、さらに進めて夜間早朝の飛行差止を勝ち取ることが悲願である。

2 新嘉手納爆音訴訟では、これまで、6か市町村における爆音の状況、沖縄における基地形成史、嘉手納基地の行政に及ぼす影響、平和的生存権の侵害、小中学校における爆音被害、住民移動の経緯、爆音による生活被害・健康被害、騒音性聴力損失の被害につき、本人尋問・証人尋問を実施して、重厚な立証を行ってきた。また、夜間早朝における米軍機の飛行差止についても、学者の意見書を提出している。原告団・弁護団としては、爆音被害の立証について、もはや「やり残しはない」という思いである。
 とりわけ、騒音性聴力損失の立証においては、沖縄県健康影響調査の成果が重要であった。この調査によって、北谷町砂辺地区、嘉手納町屋良地区の住民から12名の騒音性聴力損失者が検出された。そして、法廷では、直接診断にあたった臨床医がその診断過程を証言し、学者証人が嘉手納基地の航空機騒音と騒音性聴力損失との因果関係を明らかにした。さらに、12名の騒音性聴力損失者のうち4名が法廷で証言し、各人が生まれてから今日に至るまでの居住歴、生活歴を明らかにして、騒音性聴力損失が嘉手納基地の航空機騒音によるものであることを明らかにした。

3 新嘉手納爆音訴訟では、以下の点が重要なポイントである。
 まず、騒音被害の違法性の認定である。小松基地、横田基地、厚木基地の新訴訟判決と同様に、W値75以上の地域において騒音被害の違法性が認定されなければならない。
 次に、国の主張する危険への接近の法理の適用を許してはならない。嘉手納基地訴訟では、すでに旧訴訟の控訴審判決において、危険への接近の法理が排斥され、これが確定しており、厚木基地の新訴訟判決においても、危険への接近の法理が排斥されている。
 そして、健康被害、とりわけ個別被害である騒音性聴力損失の認定が重要である。被害の重大性を浮き彫りにするとともに、差止判決の原動力ともなる。
 さらに、夜間早朝における飛行差止を勝ち取ることである。名古屋南部公害訴訟判決や尼崎公害訴訟判決のように、個別の健康被害が認められれば、如何に差止判決に消極的な裁判所といえども、差止判決を出さざるを得ないと考えられる。
 問題は、嘉手納基地における航空機騒音の発生は米軍の活動によるものであり、日本政府には米軍機の飛行を差し止める権限はないとする第3者行為論を如何にして打ち破るかである。しかし、翻って考えてみると、日本政府は、広大な嘉手納基地の敷地を強制的に住民から借り上げ、これを米軍に提供し、嘉手納基地の維持・拡張に積極的に加担してきた経過がある。また、日本政府は、騒音防止協定があるにもかかわらず、これを遵守しない米軍の活動を容認し、放置してきた経過がある。嘉手納基地の爆音は、いわば米軍と日本政府の共同不法行為によるものであり、第3者である米軍の行為であるとして素知らぬ顔を決めこむことを許してはならない。

4 新嘉手納爆音訴訟原告団は、現在、夜間早朝飛行の差止判決を求める要請署名に取り組んでいる。数万の署名をもって、差止判決を求める市民の声を裁判所に届ける予定である。
 また、沖縄県議会、基地周辺の6か市町村議会においても、日本政府や在日米軍司令官に対し、夜間早朝飛行の差止を求める意見書や決議を採択してもらうよう要請や陳情に取り組んでいる。

5 冒頭に記載したとおり、新嘉手納爆音訴訟は、2005年2月に判決を控えている。そして、どのような判決がなされようとも、夜間早朝の飛行差止を実現するのは、住民の運動によるほかない。在日米軍基地の集中する沖縄で、その要ともいうべき嘉手納基地の航空機騒音の違法性が断罪されることの意義は、計り知れないものである。判決を梃子にして、夜間早朝飛行の差止を勝ち取るまで、運動を強めていかなければならない。





第2京阪道路公害調停事件
― 1万人公害調停に向けて ―

弁護士 村松昭夫

1 第2京阪道路と公害発生、環境破壊の危険性
 第2京阪道路は、門真市の近畿自動車道の接続部分を起点に、寝屋川市、四条綴市、交野市、枚方市の5市を通過して、京都市伏見区横大路まで延びる延長29.7km(大阪府内17.6km)の自動車専用道路と一般道路からなる幅100メートルにも及ぶ巨大道路である。計画によれば、車線数は、自動車専用部が6車線、一般部が2車線ないし4車線、大阪府内の大部分は自動車専用部と一般部の2階建構造で、計画交通量は少ないところで1日7万台、多いところでは1日13万台にも上る。淀川左岸地域における国道1号線などの慢性的な渋滞を軽減し、京阪神都市圏の活性化を図ることなどが建設目的だと言われている。
 すでに、横大路インターチェンジから枚方北インターチェンジまでの自動車専用部は開通しており、それ以外の地域についても、国と公団は地元説明会を開催するなど順次工事に着手しようとしている。
 その一方で、沿道住民からは、巨大道路の建設に伴う大気汚染や騒音などの公害発生の危険性、地域分断や公共施設へのアクセス障害の発生を強く指摘している。特に、門真市では、1日交通量4万6000台と1日交通量1万5000台の既存の幹線道路に加えて、1日交通量12万5000台の第2京阪道路が建設されることによって、3つの大幹線道路に取り囲まれる「魔の三角地帯」と言われる地域も出現する。さらに、第2京阪道路が市街化調整区域を通過する寝屋川市では、山林や田んぼなどの貴重な都市近郊緑地が大幅に減少するなど自然環境の破壊も指摘されている。

2 ねばり強い公害反対運動と6000名の道路公害調停
 枚方、交野、寝屋川、門真の各沿道自治体では、環境悪化を懸念した住民によって、すでに20年以上も前から「第2京阪国道公害反対連絡会議」が結成され、高架部分のシェルター化、掘割部分の蓋かけ、脱硝装置つきの換気施設の設置などを要求して、活発な公害反対の運動を展開してきている。ところが、国や公団は、平成2年に行った環境影響評価(環境アセスメント)では大気汚染は環境基準を満たしているなどとして、こうした沿線住民の切実な要求に背を向け続けている。
 こうしたなかで、平成15年5月、住民要求を集約して、環境アセスメントの再実施と万全な公害対策の実施を求めて、門真市の住民約2600名が公害調停を提起し、追加申し立て分を含めて現在門真市の申請は約3300名となっている。さらに、平成16年8月27日には寝屋川市、四条畷市でも約2700名による公害調停が提起され、第2京阪道路をめぐる公害調停は、現在6000名を超える全国最大規模の道路公害調停に発展している。

3 環境アセスメントの再実施の必要性
 住民らが公害調停で最も強く求めているのは、環境アセスメントの再実施である。道路建設による様々な環境影響を科学的に予測することは、万全な公害対策を実施する基本的前提である。ところが、国や公団が平成2年に行った環境アセスメントには、様々な基本的欠陥があり、住民らは、環境アセスメントの再実施を強く求めているのである。
 第1の問題は、すでに環境アセスメントの実施から長期間が経過してお、予測結果及び評価の有効性に大きな疑問があるという点である。すなわち、この環境アセスメントは、手続の実施からすでに14年が経過していることに加え、予測対象年度である平成12年からすでに4年も経過している。いうまでもなく、環境アセスメントは、手続を行った年度の諸条件を基礎にして、予測対象年度における経済的、社会的状況、さらに周辺環境の状況の変化を予測し、これらを前提にして当該汚染源が環境に及ぼす影響を予測、評価する手続である。従って、こうした予測はいくつかの不確定要素を前提としており、激しい経済的社会的変動を考えれば、そもそも予測から14年が経過し、かつ予測対象年度を4年も経過している環境アセスメントがそのまま有効性を有しているとは到底言えないものである。従って、従前の環境アセスメントは「正味期限」を大幅に超えており、環境アセスメントの再実施は不可欠である。
 第2には、内容的にも、予測環境要素のなかに、微細粒子(PM2.5)が含まれていない点は大きな問題である。平成7年7月の西淀川(2次〜4次)判決が初めて自動車排ガスの健康影響を認めて以来、同10年の川崎判決、同12年の尼崎判決、名古屋南部判決、さらに同14年10月の東京判決と、次々に自動車排ガスの健康影響を認める判決が出され、とりわけ、各判決では、動物実験や疫学調査の進展を踏まえて、ディーゼル車から排出される微粒子(DEP)を中心とする微細粒子(PM2.5)の健康への危険性が強く指摘されている。ところが、従前の環境アセスメントにおいては、微細粒子は予測環境要素に含まれていない。このことも、環境アセスメントの結果が、現状では時代遅れになっていることを示しており、環境アセスメントの再実施の必要性を強く示唆している。
 第3に、従前の環境アセスメントの予測結果によれば、第2京阪道路が供用開始されても、門真市沖町などの二酸化窒素濃度は0.05PPMであり、環境基準をクリアーするとされている。ところが、平成13年における門真南の常時監視局の測定値は、0.053PPMであり、第2京阪道路の建設前であるにもかかわらず、すでに環境アセスメントにより道路供用後の予測値をオーバーしている。明らかに環境予測が甘かったことをしめしている。こうした予測の甘さ、杜撰さは、環境アセスメントの有効性に決定的な疑問を抱かせるものであり、この点からも環境アセスメントの再実施は不可欠なのである。そればかりか、この環境アセスメントによれば、第2京阪道路による二酸化窒素濃度のインパクト(影響)は、0.007PPMとされており、この数値をそのまま採用したとしても、道路の供用が開始されれば2酸化窒素の濃度は環境基準の上限値0.06PPMぎりぎりになるという結果である。まさに道路建設による深刻な汚染の進行を示唆している。
 さらに、もともとこの環境アセスメントにおいては、気象条件の把握の不十分性、平均走行速度の設定が実際の走行実態と違うこと、予測手法が現状にあっていないことなどが指摘されており、こうしたことからも、環境アセスメントを再実施することが強くもとめられている。

4 1万人の申請人で公害調停の前進を
 第2京阪道路をめぐる公害調停は、現在門真市、寝屋川市、四条畷市で合計6000名を越える申請人らによって取り組まれている。
 しかしながら、国や公団は、申請人らが提起している環境アセスメントの再実施などの課題に正面から答えようとせず、様々な口実を設けて申請人らの要求に応じようとしていない。ただ、従前の環境アセスメントには手直しの必要があることは認めており、その意味では国、公団に環境アセスメントを再実施させる可能性は十分にあり、それをどう勝ち取っていくかが当面の最大の課題である。あらゆる側面から見ても、従前の環境アセスメントに欠陥があることは明白であり、問題は国、公団が再実施を決断するかどうかである。そのためには、さらに多くの、できれば1万人の住民の声を公害調停に集中することが必要である。科学的な環境アセスメントを行わせることが第2京阪道路からの公害発生を防止する第1歩であり、そこでの前進が公害調停の正否を握っていると言っても過言ではない。
 第2京阪道路の公害調停もいよいよ正念場に入ってきている。





八ツ場ダム

弁護士 広田次男

1 紹介
 「八ツ場」と書いてヤンバ、「吾妻」と書いてアガツマと読む。群馬県北西部を流れる利根川の支流、吾妻川に建設が計画されているのが八ツ場ダムである。

2 反対の理由
 建設反対運動の起源は半世紀前に遡る。地元の退去予定者、環境保護者、ダム不要論者など様々なスタンスからの反対運動が存在した。本年2月、全国市民オンブズマンは無駄な公共事業の典型の1つとして、八ツ場ダムを調査、検討対象とした。以後、従前からの市民・科学者グループ、オンブズマングループによる話し合いが重ねられ、反対運動が発展した。
 当然の帰結として、反対理由は多岐に亘る。
 市民・科学者グループからは主に次のような主張がなされた。
 第1に、詳細なデータの積算により、利根川の利、治水には新たなダムの建設は不要な事。
 第2に、建設予定地付近は強酸性であり、1日あたり60トンの中和剤が現に投入されている。その全量が新たに建設される八ツ場ダムに流入するので、八ツ場ダムは堆砂により「じきに」埋まってしまう。
 第3に、建設予定地は素晴しい景観の渓谷であり、オオタカなどの自然生物も極めて豊かである。
 オンブズマングループからの主張は以下のようなものであった。
 第1に、当初の予算2110億が今年度になり4600億円に増額された。
 付帯工事など一切を含めると、総経費は8800億と試算され、やがては9000億から1兆円という金額に「成長」すると思われる。当初は小さな予算から出発し、追加工事の連発で膨張を続ける「小さく生んで大きく育てる」公共事業の典型である。
 第2に、計画立案が1952年(昭和27年)で、その基礎データは1947年(昭和22年)のキャサリーン台風の際の数値である。昭和22年の日本は敗戦直後であり、山も川も今とは様相を異にした。
世間は移ろい変っても「今時までたっても止まらない」公共事業の1つである。
 第3に、国交省は200年確率、即ち「200年に1度の大雨には役に立つ」と言い張っている。旧建設省の河川防砂規準は「200年に1度の大雨」の計算式グラフを解説している。その規準の14Pは「実際の雨がこのグラフに一致することは極めて稀である」と記載している。
 第4に、昭和45年6月10日、衆議院地方行政委員会に於いて、当時の文化庁文化財保護部長は、建設予定地について「ダムの基礎地盤としてはきわめて不安定である」、「大型ダムの建設場所としてきわめて不安な状況」、「ダムを建設する場所としては非常に不安定な地形」との答弁を繰り返している。
 現在の建設予定地は約600m上流となったが、地形、地質に変化はない。

3 反対運動
 以上の理由を簡潔にまとめて、住民監査請求書を作成した。
 本年9月10日、八ツ場ダム建設により財政負担が発生する1都5県の住民が1斉に監査請求をなした。請求人の数は約5300人に及んだ。
 その2日後、東京新宿住友ビルで約450人が参加して監査請求報告集会が開かれ、田中康夫長野県知事が「脱ダム社会への道」と題する講演で最後を締めた。
 しかるに11月1日時点で、1都3県でこの監査請求は却下された。却下の理由として、4都県共に共通しているのは「請求は財務会計行為に先行する行政判断に対して独自の見解を述べたもので、財務会計行為自体の違法ないし不当を主張したものではなく、監査請求の要件を満たしていない」という点である。

4 却下の意味 従来から「財務会計行為を極めて狭義に解し、先行行為の幅を拡大し、先行行為は行政の裁量行為だから司法的判断の対象外」とする見解は存在し、それに沿った判例も存在した(最近の典型例として、水戸地裁平成15年12月25日、霞ヶ浦導水事業公金支出差止訴訟判決)。しかし、今回の4連続却下の理由によれば、財務会計行為の違法、不当は「それ自体の瑕疵」に明確に限定される。「金を出すには、出すだけの理由」があり、その理由の合・違法性をこれまでの住民訴訟は主に争ってきた。
 しかし、財務会計行為を端的に言えば、ソロバン勘定にだけ限定し、それ以外は全て行政裁量とするが如き見解が確立されるとすれば、監査請求、住民訴訟の存在価値は著しく減殺される。これらを重要な手段としてきたオンブズマンなどの市民運動の活動が大きな制約を受けることは明白である。

5 今後の予定
 1都5県に於いて住民訴訟の提起をすすめるとともに、訴訟における争点として当然に予想される財務会計行為を廻っての議論に備えるべく準備を進めている。
 更に、12月5日午後1時30分から東京渋谷ヤマハビルに於いて(提訴されているであろう)住民訴訟報告を行う集会を予定している。
 この集会には全国の反ダムの運動を展開してきた人々を結集し、反ダムの全国的連帯の契機としたい。単に国内だけでなく、国際的にも反ダムの世論は拡がっている。この集会が国際的にも反ダムの市民運動が連携できる契機になればと思っている。





【若手弁護士奮戦記】 出し平ダム被害訴訟

弁護士 足立政孝
1 出し平ダム被害訴訟は平成14年12月4日提起されましたが、私は平成15年10月に富山県弁護士会に入会し、ほぼ入会と同時に弁護団に参加することとなりました。なお私を含め、同期に入会した3名の新入会員が昨年10月から訴訟に参加することとなり、現在弁護団は総数8名となっております。
 出し平ダムの初回排砂が平成3年のことですから、既に初回排砂後13年が経過しております。その間なお継続して同様の排砂が繰り返されているにもかかわらず、一般の方々の認識レベルにおいては、被告関西電力が一貫して主張しているように、既に漁業被害は収束しており、また、漁民に対する補償も解決済みと考えられているようです。私も本訴訟に参加するまではそのような認識でおりました。
 しかし、(1)現在もなお漁業被害は発生し、その被害状況は固定化され、当初よりもなお深刻になっており、(2)漁民に対する被告関西電力との間の漁業被害に関する合意手続及び合意内容には多くの問題点が存し、そのことが現在まで看過されている事実が存します。
 それらの問題を解決するため、特に一連の排砂により壊滅的な被害を受けた黒部川河口の刺し網漁民の方々を原告として、本訴訟が立ち上げられ、現在なお継続しております。

2 本件は公害であるにもかかわらず、直接の被害は魚、海底地質、海草類であることから、現実に金銭的な被害を被っている漁業者以外の人間にとっては、目に見える被害状況が存しないこともあり、既に被害が風化している状況に至っているものと思われます。
 しかし、回復不能に近い漁場被害は年を追うごとに深刻になってきており、今なお繰り返される排砂は正に海を「死」に追いやる行為に他ならないといわざるを得ません。
 現在も研究者の協力を得て排砂の影響及び被害状況の追跡調査が行われています。その結果は関西電力側の報道する現状とは全く異なり、初回排砂後の度重なる排砂により黒部川河口の漁場にはどす黒いヘドロ化した物がどぶ川の底のように溜まっており、漁民の方に言わせれば海底はもはや「こえだめ」状態にあるということです。
 このような海底で海藻が育ったり魚が生息するはずもなく、特に刺し網漁民の方々の大きな収入源となってきた「ひらめ」は姿を消しております。「刺し網」とは一般の人になじみのない言葉ですが、漁獲用の網を海底から立てるもので、その高さは漁獲対象の魚により様々です。しかし総じて海底付近に生息する魚を漁獲するものですから、海底がヘドロ堆積状態になり、藻場も消滅している現在、その漁獲高が激減し、今後漁獲を継続していくことが困難となっております。

3 この現実の被害を主張立証し、刺し網漁民の方々が被っている損害賠償を求めていくことが本裁判の眼目ですが、その主張立証は容易ではないことが弁護団に参加し、議論を進めていけばいくほど実感しております。
 本件の直接の被害対象は黒部川、富山湾という自然であり、漁民の方々の被った損害にいたる被害発生のメカニズムは簡単な因果関係では説明し尽くせない複雑なものです。また、被害実態を解明するには、地質学、水産学、流動力学、水質学など総合的な自然科学の知識が必要となりますが、我々弁護士にとってもまた裁判所にとっても、その被害メカニズムを理解することは困難です。従って、月に1回程度開催される漁民の代表者の方を交えた弁護団会議では、訴訟の遂行方法、被害状況の把握、立証方法の検討を科学的因果関係を踏まえた見地から、研究者の方の意見を参考にしながら検討するため、その討論内容は多岐にわたらざるを得ません。そのため、毎回2時間を超える会議が開かれ、議論を交わしております。正直なところ、当初弁護団に参加した時点では、これほどまでに難解かつ大変な訴訟とは認識しておりませんでした。

4 ところで、現在2件の訴訟が継続している中で、1件については富山地方裁判所において「原因裁定調査嘱託の決定」がなされ、本年10月に第1回の審問期日が開かれました。審問期日は東京霞ヶ関の公害等調整委員会で開かれ、原告団を構成する漁民の方々も参加されました。私にとって原因裁定手続は初めての経験でした。その仕組みは既にご存知の方もおられると思います。しかし、当該審問に参加し、改めて現実に生じている被害を明らかにし本件勝訴を目指す決意を新たにした次第です。

5 黒部川が富山県民及び漁民に与え続けてきた豊かな自然が破壊され、その結果海藻、貝類及び海底に生息するひらめを代表とする底物の魚が壊滅的な被害を受けている現在、その被害を裁判を通じて明らかにすることは、少数者の被った被害に対する責任を追究する弁護士に課せられた使命であると認識しております。また、このような訴訟に参加できることを大変誇りに感じております。
 しかし、裁判を通じてその責任の所在を明らかにしても、被害を受けた海が回復する保証はありません。ただ、その1歩として裁判を通じて被害状況の解明を進めていくことにより、被害回復の一助となるよう微力ながらも努力していきたいと考えております。
 自然を不可逆的な状況になるほどまで汚染し、しかも既に汚染された状況は自然の治癒力により解決されたとのスタンスを崩さない加害者の行為は断じて許されるべきものではなく、他の弁護団の方々の指導協力、何よりも漁民の方々の熱意によって、本件訴訟に今後も係っていく所存でおります。