「大気汚染公害と自動車メーカーの法的責任」
- 公害弁連総会シンポジウム -

弁護士 大江京子

 2005年3月21日、東京で、標記のタイトルで第34回公害弁総会記念シンポジウムが約100名の参加を得て開催された。以下、その概略を報告したい。

1、シンポジウムの目的
 2002年10月29日の東京大気汚染公害裁判1次判決は、理論的にも過去の公害裁判の進展と到達点を無視し、杜撰で誤った事実認定に基づき判断を行なうなど不当な判決であった。すなわち、1次判決は、(1)ディーゼル車にはガソリン車にない長所があること(燃費の良さ、出力、トルクが高い、耐久性等)(2)大型のトラック・バスは、ガソリン車に代替することが困難であり、ディーゼルトラックバスの社会的有用性があること(3)ガソリン車に代替することが技術的に可能な乗用車や小型トラックまでもディーゼル車に変えたことは望ましくはなかったが、乗用車小型トラックの占める割合は20パーセントにすぎず、これらが汚染に関係した割合は少ないこと、(4)直噴式エンジンは、副室式エンジンよりも、(ディーゼル排気微粒子)の排出量が概して少なく、副室式ディーゼルと比べて長所があること(5)どの程度の措置をとれば汚染がどの程度減るかということを予測することはむずかしいことなどの理由から、ディーゼル車・直噴車の製造販売行為には結果回避義務違反(過失)は認められないとした。
 現在、2次〜5次訴訟(東京地裁民事6部)は、今年3月29日の水谷証人反対尋問により総論立証を終え、今年度中には結審も見込まれている。この時期に、1次判決以後の原告〈控訴人〉側の主張・立証の到達点を確認し、2次〜5次判決において、今度こそ自動車メーカーの法的責任を認めさせるための具体的展望と道筋を検証することが、今回のシンポジウムの目的であった。

2、基調報告
 シンポジウムは基調報告とパネルディスカッションの2部構成で行なわた。
 第1部では、まず原告の石川牧子さんが、原告らの被害の現状に加え、不当な1次判決を受けたときの原告の失望と怒りが、逆に原告たちを逞しく変えたこと、今度こそ面的被害を認めさせ自動車メーカーの責任を認定させたいと決意を語り、その後3名のパネラーから、基調報告がなされた。
 小沢年樹弁護士からは、1次判決を踏まえたこれまでの原告側の主張・立証のポイントとして、(1)1次判決が、自動車メーカーの過失を否定する根拠として挙げたディーゼル車の長所(出力・トルクの高さ、耐久性、地球温暖化対策に資する等)につき、科学的具体的資料に基づき誤りを明確に指摘しえたこと、(2)水谷洋一助教授らの行なった研究により、ガソリン車代替により大幅なPM削減効果を実証的に明らかにしえたこと、(3)本件地域の大気汚染被害の最大要因であるディーゼル化・直噴化は、とりもなおさず自動車メーカーの主導的積極的な企業行動によって推進されてきた事実を明らかにしたことなどの到達点が語られた。
 水谷洋一静岡大学助教授からは、技術的に代替可能性のある車両総重量8トン以下(中型小型ディーゼル車)のガソリン車代替シミュレーション研究調査について詳しく報告がなされた。これによると8トン以下のトラックがディーゼル車ではなくガソリン車であったなら、1980年時点では54パーセント、1990年時点では、74パーセント、1999年時点では、75パーセントのDEP(ディーゼル排気微粒子)が削減できたという注目すべき結果が出たことが報告された。小型トラック・乗用車に限ってのガソリンシミュレーションでみても、1次判決の認定した20パーセントという数字は明確に誤りで、30パーセントの削減が可能であったことも明らかとなった。このガソリン代替シミュレーションは、初の調査研究であるが、使用したデーター自体は東京都や環境省が公表しているものであり、その手法も特別のものではないことから、自動車メーカーもやろうと思えば当然に算出可能な調査結果であったとの指摘がなされた。
 淡路剛久立教大学教授からは、これまでの四日市公害裁判からの大気汚染公害裁判の法律論の発展の流れが話され、東京大気汚染公害裁判の特徴につき、民法709条の要件との関連で以下のように言及された。加害行為(侵害行為)の内容として、集中・集積すれば被害を発生させる自動車を製造販売したことがまず挙げられる。加えてより積極的にディーゼルエンジン化を図った行為をもって第2段の侵害行為と捉えることができる。第1の侵害行為を基礎に置きながら、第2の積極的作為の侵害行為を考えることがポイントになるだろう。1次判決は、侵害行為の内容について、第1の侵害行為のレベルで捉えているので、過失の内容としても、集中集積しても被害を発生させない自動車を作る義務(防止対策をとる義務―結果回避義務)に違反したかどうかを問題とし、かかる結果回避義務はないとした。しかし、侵害行為の内容を(第2段のディーゼル化行為のように)積極的作為であるとすれば、あとは、結果を回避するためにこういうこともできた(たとえばディーゼル化を行なわなければよかった、あるいはガソリン車に代替できた等)と指摘すればすむことになる。すなわち結果回避措置の問題として論じることで足りるのであって、自動車メーカーの法的責任がより認定される可能性が高まる。このような意味で、侵害行為の内容を(第1の基礎となる侵害行為の中身も含めて)どのようなものと構成するかが法的責任追及の最大ポイントである。と同時に侵害行為との関係で原因物質の特定も重要になるであろうと指摘された。更に、淡路教授は、これまでの大気汚染裁判と根本的に異なるとするメーカー側の主張に対しても、自動車メーカー自体が汚染物質の排出行為を直接行なっていないこと、あるいは自動車と製造販売行為と結果(被害)の間にユーザーの行為が介在しているとしても、ユーザーは製品(自動車)の通常の用法に従って使用しているにすぎないのであって、そうであるならば、行為と結果の過程の一部にすぎず、自動車メーカーの不法行為を否定する根拠とは何らなりえないことは、民法709条からも製造物責任論の考え方からもともに自明であると指摘された。また、1次判決の過失判断の手法(ハンドの定式)は政策指向型のケースでは妥当することがあっても、本件のように現に身体的被害が発生している公害のケースには妥当しないことを説明された。

3、パネルディスカッション
 第2部では、いわゆるディーゼル車の長所論は事実誤認であること、また、ディーゼル車が急激に増えたのは、ユーザーがその長所を好み、選択したためであり自動車メーカーは、受身の立場でユーザーの選択に従ったにすぎない(だから結果回避可能性がなかった?)とするメーカー側の反論等についてパネラーから意見が出された。前者に関して重要なことは、メーカーが主張し、1次判決も過失を否定する際の根拠とした「ディーゼル車はガソリン車に比べて優れている」「直噴ディーゼル車は、副室式ディーゼル車と比べて排ガスレベルが低い」という説は、明白な誤りであることが、この間の原告側の立証により明らかになったこととの指摘が小沢弁護士からあった。たとえば「ディーゼルエンジンはガソリンエンジンより出力・トルクが高いという長所を有する」は誤りであって、同1の排気量(エンジンの大きさ)では、ディーゼルエンジンのほうがガソリンエンジンより出力・トルクは小さいことや、ディーゼルエンジンはガソリンエンジンからは排出されない排気微粒子(DEP)を大量に排出するとともに、ディーゼル直噴エンジンは副室エンジンと比べて、NOxだけでなくDEPの排出量も多いことが、環境省が委託した調査報告書によって実証的に明らかになった。
 また、ヨーロッパで、ディーゼル車が増えているのは、ディーゼル車の長所が理解されて普及されているとの議論に対して、水谷助教授は、ヨーロッパで特に乗用車を中心にディーゼル車が増えていることは事実であるが、同時に、そのことによる環境悪化並びに人体被害影響という深刻な事態が必ず招来するであろうとの指摘がなされていることを看過してはならないとの指摘がなされ、また、ディーゼル車は燃費がよく地球温暖化対策に資するという議論についても、最新のアメリカの研究では、ディーゼル車の排出するPMは人体被害を与えるのみならず、地球温暖化をむしろ促進するとの結果が出されていることが紹介された。
 そもそも、かかる「ディーゼル長所論」自体が、現にディーゼル車の排ガスにより深刻な人体被害を発生させている現状において、自動車メーカーの過失責任を否定する根拠になりえないことは明らかというべきであるが、1次判決は公害事例では許されないハンドの定式類似の過失判断基準を挙げ、しかも、明確な事実誤認によるディーゼル車の長所を理由にメーカーの過失を否定するという二重の誤りを犯していることが明確になった意義は大きい。
 「ディーゼル化・直噴化はメーカーの意図や思惑で左右できない必然的な現象である」とする自動車メーカーの主張が事実とは異なることも水谷、小沢の両氏から報告された。すなわち1973年の第1次オイルショックから79年の第2次オイルショックにかけての時期の自動車メーカー社史や関連資料を見ると、当時のメーカーらがオイルショック不況によるトラック需要の深刻な落ち込みを打開するために、燃料価格上昇から低燃費・低燃料価格を特徴とするディーゼル車化を小型トラック・乗用車の分野で積極的にすすめ、また中小型トラックではさらにディーゼル副室エンジンから直噴エンジンへの直噴化を推進したことが明らかである。さらに新規開発されたこれらディーゼル車・直噴車については、いわゆる「燃費の良さ」を燃料である軽油価格の安さを含めて最大のセールスポイントとし、ディーゼル特有の弱点である出力の低さ・騒音の大きさ等をできるだけカバーしたことを強調する広告活動・販売促進活動を展開してきたことも、当時の豊富な新聞広告内容によって実証された。メーカー側が自らディーゼル車製造へと積極的にラインを転換するとともにディーゼル車の需要を喚起し創設してきた事実が、メーカー側自身の資料によって明らかにされたものといえるであろう。

4、まとめ
 今後、自動車メーカーの法的責任(民法709条責任)を認めさせるためには、これまで原告側が立証してきた事実のうち何をどのように使うのか、これらの事実のもと、709条の成立要件を如何に説得的に組み立てて主張するか等について、厳格な検討が不可欠であり、また、被告の漠然とした反論をひとつひとつ要件事実におとして検討することも必要となる。今回のシンポジウムは、これらの作業を進める上で、大変に有意義なものであったといえる。