有明海漁業被害原因裁定について

よみがえれ!有明海訴訟弁護団
弁護士 堀良一

1 漁民の期待を裏切る裁定結果
 有明海では、諫早湾干拓事業の着工以来、まず工事現場の諫早湾内におけるタイラギの不漁にはじまり、1997年4月のギロチンと称された潮受堤防閉め切り以後は、有明海異変と呼ばれる深刻な漁場環境悪化と漁船漁業、採貝漁業、ノリ養殖業のすべてにわたる深刻な不漁に見舞われている。
 2001年には、漁船デモを始めとした漁民の抗議行動と世論の批判のなかで、事業者である農水省は漁業被害の原因究明のためのノリ第三者委員会を設置せざるをえなくなった。そのノリ第三者委員会は、同年12月に漁業被害の原因は諫早湾干拓事業であると想定されるとして、更なる科学的検証のために短期・中期・長期の潮受堤防排水門を開門しての開門調査を提言した。
 潮受堤防締め切り以後、有明海全域で潮流が鈍化し、赤潮が頻発するようになるなどの異変が生じていることは漁民の実感でもあり、開門調査は犯人は干拓事業であることを明確にするものとして歓迎された。
 ところが、農水省は2002年に、ノリ第三者委員会の提言するものより期間も短く、潮の満ち引きもわずか20センチに制御するというレベルの開門操作ですませる形だけの短期開門調査を実施すると、中長期開門調査をサボタージュしたまま工事を再開した。すでに工事は90パーセント以上を完了していた。
 そういうなかで、佐賀地裁に提起された工事差止めの本訴と仮処分、公調委に提起された有明海漁業被害と諫早湾干拓事業の因果関係の認定を求める原因裁定は、干拓事業を見直し、有明海再生を実現する上で大きな期待をもって迎えられた。
 佐賀地裁は2004年8月に工事差止めの仮処分命令を出し、工事はストップしたが、2005年5月に福岡高裁は、干拓事業と有明海の漁業環境の悪化との関連性を否定できないが、その程度・割合という定量的関連性を認めるまでには至らないと、漁民側に不可能を強いる、自然科学的に厳密な立証のハードルを課して、これを取り消した。
 それだけに原因裁定における因果関係の認定が待たれていた。
 ところが、8月30日に公表された原因裁定の結果は、因果関係はあるともないともいえないなどというはぎれの悪いもので、結局、現在の科学的知見の到達点からすると、高度の蓋然性があるとまでは言えないとして、漁民の期待を裏切り、17名の申請者全員の因果関係を否定した。

2 専門委員意見書を無視した非科学的裁定
 弁護団は、原因裁定の審理の経過からして、漁場と魚種を異にする17名の申請者全員の因果関係が否定されるなどとは夢にも思っていなかった。
 そうした判断の根拠となったのは、昨年12月に出された専門委員報告書である。
 専門委員報告書は、有明海を諫早湾とその近傍、湾奥、対岸の熊本沿岸域などといくつかの漁場に分け、それぞれの漁場毎に、ノリや底生生物などに影響を与える環境要因について事業との関連性についての科学的到達点を分析している。これによると、諫早湾内は言うに及ばず、その近傍場における関連性は科学的にも明確に認定できるとし、それ以外の漁場においても程度の差はあれ、関連性についての科学的到達点を積極的に認定していた。
 他方、国が主張した水温上昇などの原因については明確に否定した。
 この報告書を基礎にすれば、本来、法的因果関係を認定するのはそれほど困難なことではない。少なくとも、諫早湾近傍の申請者を含む17名全員の因果関係を否定する結論などありえない。
 この不当な原因裁定に対しては、さっそく、海洋学会に属する研究者などから、科学的な疫学論の立場からも是認できず、また、裁定は専門委員報告書のなかで因果関係を否定するために都合のいい部分だけを利用し、積極的な部分を非科学的な理由で切り捨てているとする意見書が発表されている。その意見書は結論において裁定書の撤回までも求め、強い調子で裁定書を批判している。

3 有明海再生に向けて
 佐賀地裁仮処分命令の勝利にもかかわらず、その後の福岡高裁保全抗告、原因裁定、最高裁許可抗告決定と不当な判断が続いている。しかし、漁民は決して諦めてはいない。福岡高裁の不当決定の後には、わずか1ヶ月の間に、1147名の漁民とその家族が新たに差止訴訟に参加した。その後、さらに500名から委任状が寄せられており、近く追加提訴の予定である。
 これまでの一連の判断を通じ、科学的因果関係のハードルをどう設定するかによって勝ち負けは別れたが、いずれの判断においても、諫早湾干拓事業は有明海異変とは無関係とする国の主張は明確に否定され、更なる調査が必要と指摘されている。
 また、専門委員報告書、裁定書への研究者意見書にとどまらす、9月には海洋学会から干拓事業と有明海異変の科学的因果関係を解明し、開門による有明海再生への道筋を明らかにした書籍が刊行され、科学的解明も大きく前進した。
 一方で、深刻な漁業被害があり、他方で、これと関連することが指摘され、調査が必要とされる事業があるときに、調査もしないまま漫然とその事業を継続してよいとする道理はない。
 われわれは、この状況をふまえ、前述の専門委員報告書など3点の新たな科学的解明の到達点を前面に押し出し、開門、調査、事業凍結の3つの申請の趣旨からなる新たな仮処分をまもなく提起する予定である。
 諫早湾干拓時漁派、来年、再び時のアセスを迎える。これに向けて、開門を実現し、事業を凍結し、有明海再生へ向けて大きな転換を果たさなければならない。
 有明海漁民の被害は、もはや一刻の猶予も許さないところまできている。