新横田基地公害訴訟控訴審判決報告

新横田基地公害訴訟弁護団
弁護士 加納 力

1 概要
(1) 去る2005年11月30日、東京高等裁判所第1民事部(江見弘武裁判長、橋本昇二裁判官(退官)、市川多美子裁判官)において、新横田基地公害訴訟の控訴審判決がありました。前年12月8日の結審から約1年を要したことになります。
(2) 原審の東京地裁八王子支部判決は、従来の基地空港騒音裁判の形式を踏襲し、夜間早朝の飛行差止請求をいわゆる第3者行為論によって棄却する一方で、告示コンター(当時)W値75の内側に居住する住民について米軍機の騒音による睡眠妨害や日常生活妨害の被害を認定し、国に対し総額約24億円の損害賠償を命じるものでした。しかし、その実態は、被害陳述書を提出しない原告は被害感がないものと扱い、かつて被害地域に住んだ者は騒音被害の存在を知っていたはずとして、いわゆる危険への接近論を広範に適用し、住宅防音工事が実施されている世帯は、防音室数1室あたり10%ずつ機械的に賠償額を減額するなど、大規模化する同種訴訟に対して強く牽制する判断となっていました。
(3) これに対し、今回の控訴審判決は、原判決の問題点を克服し、基地空港騒音裁判としてはこれまでで最も前進した判決となりました。
 すなわち、差止請求は依然認められなかったものの、被害陳述書の有無にかかわらず、W値75以上の被害地域の住民についてはすべて救済の対象とし、対象期間も結審日まででなく、判決言渡日まで延長しました(将来請求の一部認容)。さらに、危険への接近論を全面的に排除し、住宅防音工事についてもその効果は大きくないとして、室数にかかわらず賠償額を一律10%減額するにとどめました。その結果、損害賠償額は約32億5000万円にまで上りました。
 もっとも、後に述べるとおり、被害認定においては、告示コンターによらず、その正当性が十分に検討されていない修正コンター(平成10年コンター)を用いるなど、看過しがたい問題点も含まれています。
 以下、特に注目される論点を中心に判決内容を紹介します。

2 危険への接近論の全面排除
 危険への接近論は、1998年の旧嘉手納爆音訴訟控訴審判決で沖縄の特殊性などを理由にその適用が排除された後、2002年の第3次厚木基地爆音訴訟地裁判決で個別の入居事情等から被害の容認が認められないとして適用が排除されていました。
 本判決では、(1)騒音被害を積極的に容認して入居した者はいないこと、(2)被害地域で日常的に被る騒音被害の程度及び影響をあらかじめ認識していたとは認められず、そのことに過失もないこと、(3)被害地域内に生活基盤を形成した者が、転出後に再び元の居住地に戻ることを避けるべき義務はないこと、といった被害住民側の事情に加えて、(4)騒音被害の深刻性・重大性、(5)騒音の違法性を認定した2つの確定判決の後にも違法状態が解消されないままであること、(6)国民を保護すべき立場にある国が、住宅建設規制や十分な情報提供も行わず、むしろ被害地域への人口流入を促すような住宅政策をとっていたにもかかわらず、危険への接近論を主張することは、被害防止に関する自らの不作為を住民に転嫁するに等しく失当である、と、実に手厳しく国の無策ぶりを糾弾して、その適用を排除しました。
 この論理は、各地の基地騒音裁判にも当てはまるものであり、危険への接近論を巡る論争に終止符を打とうとするものとして、評価できると考えています。

3 判決言渡し日までの将来請求認容
 本判決では、結審後判決言渡し日までの「将来の」損害賠償請求を認容しています。将来請求は、不法行為の原因事実が止むまで認めるのでなければ根本的な解決にはつながりません。しかし、これまでかたくなに将来請求を排斥してきた裁判所がわずか1年弱とはいえ将来請求を認めたことは、恒久的救済制度創設にもつながる重要な蟻の一穴になりうるものです。

4 受忍限度と騒音コンターの縮小
 2005年2月17日の新嘉手納地裁判決では、救済範囲を告示コンターW値85以上に限定する判断が示されていたので、本判決では、従来の基地騒音裁判の獲得水準であるW値75以上の地域についてもれなく救済されるかが、注目点の一つでした。
 結果として、本判決は受忍限度をW値75として、新嘉手納地裁判決の不当性を浮き彫りにしたものの、従来の告示コンター自体が現在の騒音実態を正確に反映していないとして、原審で国が提出した平成10年コンター(告示なし)を無批判に採用し、これによって賠償額を算定したのです。平成10年コンターは、騒音の比較的少ない年の測定データを用いているため、全体として被害地域が縮小される線引きになっており、これに基づいて認定をした本判決では、約1割の原告の請求が被害地域外になるという理由で排斥されてしまいました。しかも、平成10年コンターについては、原判決でその適用が排除された後、控訴審では主要な争点にもなっておらず、国の賠償額を圧縮するための便法として、平成10年コンターを急きょよみがえらせたという疑いを払拭できません。

5 国の無策を厳しく批判
 本判決は、「おわりに」という章を設けて、横田基地周辺の騒音が受忍限度を超える違法なものであるという最高裁の判断が示された以降も、訴訟によらなければ救済されない現状は、「法治国家のありようから見て、異常の事態で、立法府は、適切な国防の維持の観点からも、怠慢の誹りを免れない。」とし、「住民の提起する訴訟によるまでもないように、国による適切な措置が講じられるべき時期を迎えているのではあるまいか。」との見解を示すなど、単なる賠償命令判決というにとどまらず、国防や安保体制の維持の重要性を振りかざして地域住民に被害の受忍を強いてきた国の態度を厳しく断罪した判決でもあります。

6 今後の課題
 国は、本判決に対して、上告受理の申立てをしました。理由は、判決言渡日までの将来請求が認容された点1本に絞っているようです。
 米軍再編問題を控え、予算化しやすい過去賠償だけで騒音問題に決着をつけたい国の思惑が窺われます。
 こうした国の態度に対して、訴訟団も差止請求棄却の点について上告及び上告受理申立てをしました。訴訟団・弁護団としては、まずこの上告審でのたたかいを中心としつつ、今度こそ静かな夜を取り戻すための新たな運動の立ち上げを並行して行う考えでいます。
 今後とも更なるご支援をお願いいたします。