【若手弁護士奮戦記】 圏央道あきるの訴訟

弁護士 渡邊 隆

 今回は、圏央道あきる野IC事業認定取消訴訟の弁護団員として若手弁護士の右往左往ぶりを皆さんにお伝えしたい。
 私は、56期であり、たまたま同訴訟の中心となっている三多摩法律事務所に入所した。入所当時、同訴訟は既に地裁に係属中であったが、私は、事務所の多くの先輩弁護士が関与していることを除いては、いかなる訴訟なのかということすら、明確に把握していなかった。その後、平成16年4月、東京地方裁判所において、住民側の意を見事に汲み取った住民側全面勝訴の画期的な判決が出され、全国的にも1躍注目される事件となった。しかし、国側が控訴を行ったため、弁護団員補充が検討され、私へと声がかかった。きっかけは、事務局長である吉田健一弁護士の隣で私が偶々執務を行っていたという些細なものだった。私が弁護団に加わったことにより、見事に勝ち馬に乗った若手弁護士という構図が出来上がってしまった。
 とにもかくにも、右も左も分からない状態で、私の弁護団員としての活動が始まる。私は訴訟の舞台になっている「あきる野」という土地とは全く地縁のない人間である。そこで、まず「あきる野」を知る必要があった。偶々、青年法律家協会の大学生向けの企画で原告らによる現地でのレクチャーがあったので、そこに同行させて頂いた。あきる野初上陸である。現地では、判決が出たにもかかわらず圏央道の建設工事が当たり前のように進められおり、周囲の豊かな自然とは不釣り合いな巨大建造物がそそり立っていた。人権擁護の最後の砦であるはずの司法の弱さを感じざるを得なかった。
 その後、私の担当が割り振られる。黙示の前提要件(公共事業に公害等の瑕疵が認められる場合において、認定庁の裁量自体を否定する理論)を含めた行政裁量論。行政裁量については大学時代や司法試験受験時代、少々耳にしたことがあるが、黙示の前提要件については用語自体全く聞いたことが無かった。それもそのはずである。黙示の前提要件は、行政法学者の中でも、議論すらされてこなかったものであり、理論武装の必要性があった。そこで、専門家である行政法学者に協力を求める必要性が生じた。幸いにも、地裁判決については、学者の間でも大きな話題になっており、多くの専門誌に、行政法学者が評釈等を掲載していた。それを頼りに、弁護団として数人の学者にあたってみることとした。まず、不躾にもお願いの手紙と判決を同封のうえ、最初にあたらせて頂いたのが立命館大学の見上教授である。運が良かった。突然のお願いにもかかわらず、見上教授には快く裁判への協力を約束して頂いた。そのうえ、行政裁量について専門的に取り組んでいるという北海道大学の亘理教授をご紹介頂き、同教授にも訴訟に協力して頂けることとなった。結果2名の専門家の意見書を裁判所へ提出することができた。
 訴訟においては、国側はアセスの結果、騒音被害が生じることはないと主張していたが、アセスは複合騒音を考慮していない等、極めて杜撰なもので全く信用し得ないものであった。そして、アセスでは自動車専用道路(高速道路)において時速80キロで供用車両が走ることが前提とされていた。かかる前提自体が現実離れしたものであることは、車を運転する人間であれば、誰しもが分かることである。もっとも、当然のこととはいえ、相手は裁判所。現実離れしたものであることの立証をするため、中央自動車道で車両の速度調査を行うこととした。実験方法として、まず、走行車両の横に付けて、走行速度を確認するという方法が挙げられた。しかしながら、この方法には最大の問題があった。速度違反の車と同じスピードで走ることは当然、調査車両も速度違反となる。そして、その実験結果を裁判所に出すことは、自らの速度違反を裁判所に申告することに他ならない。いわば自首のようなものだ。まずい。そこで、一定の区間を制限速度である時速80キロで走行し、抜き去った車の台数をカウントすることとした。私も原告と一緒に調査に立ち会ったのだが、実験は大成功。平日の昼間にもかかわらず見事に抜かれまくった。台数を懸命にカウントするものの、あまりにも抜かれすぎて、途中からかなり不正確になってしまった気がするが、わずか30分で200台近くの車に追い抜かれた。当初の目的は十分に達成できた。
 この他にも、控訴理由書をはじめとする書面作成や、高裁の結審の日には、準備書面の陳述などもさせて頂いた。私自身、大型訴訟は殆ど経験がなく、様々な意味で大いに勉強させて頂いている。同訴訟は、平成17年6月に結審し、現在は判決待ちの状態である。既に結審から半年が経過するが、いまだ、判決日時すら指定されず、落ち着かない状態が続く。しかし、長時間をかけることにより、国側も仰天するような判決を書いてくれているのであれば、まぁ許そう。この判決が、私にとって、初の大型事件の判決となることは間違いない。いかなる結果が出るとしても、今後の弁護士活動に大きな影響を及ぼすものになるだろう。住民側勝訴の判決を切望する日々が続く。