巻頭言 歴史の歯車を逆もどりさせてはならない

代表委員 弁護士 中島 晃

1、 このニュースに接したときに、時計の針が逆もどりしたのではないかという思いにとらわれた。そのニュースというのは、石原産業がヒ素や六価クロムなどの有害物質を混入させた産業廃棄物を、土壌埋戻剤との名目で、「フェロシルト」という名称で販売して、全国各地にばらまいた、というものである。この事実は、2004(平成16)年末から2005(平成17)年にかけて明るみに出され、全国的なニュースとして報道された。
 周知のように、石原産業は、四日市公害の加害企業として知られている。しかも、石原産業は、四日市で深刻な大気汚染公害を引きおこしただけではなく、それとほぼ同じ頃に、四日市工場から大量の硫酸廃液をたれ流し、1969(昭和44)年3重県漁業調整規則、港則法違反により起訴されて、当時の工場長ら2名が有罪判決をうけている、という事実がある。
2、 この問題については、当時海上保安庁で海のGメンとして活躍していた田尻宗昭さんが、岩波新書「四日市死の海と闘う」を書いて、石原産業の公害たれ流しの実態をきびしく告発している。私は、講演会で田尻さんの口から、直接、このときの経過と摘発に至る苦心談をお聞きして、深い感銘を受けたのを覚えている。
 今回のフェロシルト事件を見るにつけて、石原産業は、この40年近くもの間、公害企業としての体質がいささかも変わっていないことに強いいきどおりを覚える。むしろ、今回の事件では、「フェロシルト」が三重県からリサイクル製品として認定され、行政のお墨付きを得て販売されていたことからいうと、公害隠しがより巧妙になってきたということができる。その意味で、公害問題は、いまだに終わっていないといわなければならない。
3、 私たちは、今回の石原産業のフェロシルト事件から深刻な教訓をえる必要があると考える。公害事件を引きおこした加害企業の体質は、一朝一夕に代わるものではない。公害被害者と住民が、日常不断に、公害企業を監視することが必要であり、こうした監視を少しでも怠ると、今回のような悪質な事件がまた繰り返される危険があることを教えている。
 この点で、私たちが大いにその経験を学ぶ必要があるのは、イタイイタイ病のたたかいである。イタイイタイ病では、いまでも、毎年1回、住民と科学者、弁護団による工場の立入調査が行われており、またカドミウム等によって汚染された土壌復元のための取り組みが、加害企業である三井鉱山の負担で、継続的に実施されている。
 こうした公害被害者と住民のねばり強い活動がなければ、公害の防止とその根絶を実現することは到底期待できない、といわなければならない。
4、 いま私たちは、大気汚染公害や横田、嘉手納などの基地公害、さらには諫早湾の干拓事業の差止等をめぐる、いくつかの当面する公害訴訟裁判で勝利を勝ち取るために全力をあげることはもとよりのことであるが、石原産業のフェロシルト事件にみられる公害企業に対する継続的な監視活動の強化と、こうした企業に対する被害者・住民によるコントロール、民主的な監視・統制の仕組みをつくり上げるための努力も真剣に開始することが、いま何よりも求められていると考える。それは、歴史の歯車を逆もどりさせないために、いま私たちが是非とも取り組まなければならないことである。