川辺川利水事件の最近の動向

弁護士 板井 優

1 破綻しつつある国営利水事業
 去る7月15日午前3時前,熊本県庁2階AV室で第78回事前協議が混乱のうちに終了した。
 この日農水省は,国営川辺川新利水事業について平成19年度予算に間に合わせるぎりぎりの日であり,農水省新案を選択して事前協議を解体しなければ,平成20年度予算も含めて予算請求することはないと宣言していた。
 しかし,利水訴訟原告団・弁護団は,現状ではダム案でしかない農水省新案に反対し,事前協議で粘り強く話し合うことを求めた。そして,水源である川辺川を抱えた最大の受益地の相良村(矢上雅義村長)は原告団・弁護団に同調した。
 これに対し,相良村を除く地元5市町村は,事前協議を解体し,農水省新案での事業の実施を強く,要求した。しかし,去る7月18日,石原葵農水省事務次官(当時)は事業が実施できるほど農水新案に絞り込まれたとは言えないとして,事業実施に消極的な態度を示した。そして,熊本県も農水省抜きに事業実施を強行することを思いとどまっている。

2 事前協議の経緯
 2003年6月16日,福岡高裁は土地改良法で定める3分の2以上の農家の同意がないので違法として,国営川辺川利水事業変更計画を取消した。これを受けて,農水大臣は上告を断念し,今後は農家の意向に沿って利水事業をやるとの談話を出した。
 さらに,同年6月6日,農水省,国交省,熊本県は,この地域の融和を図って水の必要な農家には水を届けるという立場から,熊本県を総合調整役,農水省・県農政部,地元6市町村,ダム利水推進農家,原告団・弁護団で事前協議を作ることを合意した。
私たちは,「ダムによらない利水」という立場から,「農家が主人公」「情報の共有」「水源はダムに限定しない」「事業規模に予断をもたない」という基本的合意事項を確認してこれに参加した。
 しかしながら,国交省や農水省,地元市町村やダム推進派農家は,あくまでも「始めにダムありき」の立場に固執した。その結果,推進派の人吉市長は今年3月9日ダム以外利水案をつぶすために事前協議を欠席し,事前協議を中断させた。
 その上で,同月24日,熊本県議会,熊本県,相良村を除く関係5市町村は,農水省に対し農水省案(事実上のダム利水案)を出すように迫った。
 そして,農水省が今年5月31日,農水新案を出すと,8月の概算要求まで時間がないから事前協議での検討は出来ないとして,強引に農水新案への絞込みを強行したのである。

3 川辺川ダム建設問題は今?
2005年9月15日,国交省は川辺川ダム建設変更計画を前提にした共同漁業権などの強制収用申請を全て取下げた。これは,熊本県収用委員会から,利水事業がダム利水か,ダム以外からの利水かがいつまでも決まらず,その結果特定多目的ダム法によるダム計画が立てられないというのであれば,これによる審理の中断は土地収用法上違法なので,強制収用裁決申請を却下する,それがいやなら取下げろと勧告されたことが原因であった。
 その後,国交省は,球磨川水系(川辺川は最大の支流)について改正河川法に基づき,河川整備基本方針を策定するとして,今年4月から社会資本整備委員会の検討小委員会を開いた。
 しかし,国交省は河川整備基本方針を策定することになっても,特定多目的ダム法によるダム計画は生きており,農水省が利水計画からダムをはずすかどうかを明らかにしてもらわなければ特定多目的ダム法によるダム計画を策定できないとしている。国交省としては,河川法に基づいて治水専用ダムを作りたくても,特定多目的ダム法による計画が存在している以上,どうしようもないのである。
 したがって,現状では,農水省が新利水計画を策定できない以上,農水省として国交省に対して,水源をダムに依拠するかどうか通告することは出来ない。したがって,国交省は特定多目的ダム建設再変更計画を策定できないことになる。
 要するに,新利水事業がこのまま膠着して動けないのであれば,ダムも出来ないことになるのである。まさに,進むも退くことも出来ないのである。 こうした中で,検討小委員会では,潮谷義子熊本県知事が,国交省がダム建設を前提に出している基本高水(たかみず)流量の設定に疑問を提起している。これは,まさに「始めにダムありき」の立場に立った国交省に対し,知事が住民の立場に立って説明義務の履行を求めているものである。

4 農家や流域住民こそが主人公
今,川辺川では,利水問題は「農家が主人公」「情報の共有」を前提に「ダムの水の押し付けを許さない」闘いを展開し,治水問題でも住民が主人公となって,御用学者主体の委員会の中で県知事に国交省に対する説明責任の履行を求めているのである。
  今年8月 26日・27日の川辺川の現地調査はダム湖に沈むことを予定されている五木村で開催された。そしてこれまでダム推進を呼号してきた村長や,村議会議長も現地調査のシンポジウムに参加をした。
 今後,単なる住民参加ではなく,住民が無駄な大型公共工事を許さない闘いで,歴史的な成果を上げるかどうかが現実的な課題となっている。


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