日本での10日間
―韓国司法修習生の日本での研修記―

崔 載弘

 研修所での忙しい日々を離れ、海外に出ること自体が楽しみだった。正直に言うと、日本の環境訴訟への関心より、自由を満喫することへの期待が大きかった。
 だが何たることか!私たちを待っていたのは研修所に匹敵する忙しい日程だった。しかし、その日程の中で、私たちは、実際に息づいている法と、法を息づかせる法律家や市民と出会うことができた。このような日程を用意して下さった公害弁連と環境法律家連盟の皆さんにまず感謝を申し上げ、短い日本滞在記を記したい。

 研修所の環境法学会員、環境法指導教授、グリーンコリア活動家で構成された私たちは、2006年7月3日午後2時に関西国際空港に到着し、日本での研修がはじまった。ちょっとしたハプニングから私たちだけで宿舎に行くことになったが、通訳なしでの行動は、むしろ刺激的で面白かった。「よく整頓されていて綺麗だ」というのが地下鉄で見た日本の第一印象だ。宿舎に到着して村松昭夫弁護士から研修日程についての説明を受けた。多くの講義が予定されていたが、それらの講義を通して、私たちは、日本の環境訴訟の歴史、現状、将来を学ぶことになった。

 中島晃弁護士から受けた講義は、「日本の公害裁判の歴史と到達点」というものだ。日本の公害訴訟は、開発重視政策が生んだ被害者を救済し、過ちを犯した国家と企業の責任を問う過程であった。困難な公害訴訟の歴史は、ある時から勝訴の歴史に変わっていった。これには、被害者の運動の盛り上がり、人権問題に没頭する若い弁護士の増加、運動経験の蓄積、専門家の結集、マスコミや国会の役割強化等の要因がある。この講義は、法曹である私たちの役割の重要性を深く認識させる契機になった。

 あおぞら財団設立の契機になった西淀公害訴訟についての講義もあった。被告は、この地域に工場を持つ大企業10社と、国道や高速道路の設置管理者である国、阪神高速道路公団であり、請求の趣旨は、汚染物質の排出差止と損害賠償請求である。この訴訟で大きな争点となったのが因果関係であったが、講義を通して、机上で学ぶ理論が実際の裁判においてどのように展開され立証されるのかを見ることが出来た。

 この研修で最も記憶に残ったのは、藤原猛爾弁護士の自然保護裁判についての話だった。わが国でも自然の権利訴訟についての関心が高まっているところだ。樹齢370年、高さ43メートル、太さ5、6メートルの「日光太郎杉」という樹木を守るための訴訟では、道路拡張のための土地利用の必要性と文化的自然環境を保護する必要性の狭間で、裁判所がとるべき判断基準は何かが焦点になった。
 裁判所は判決で、考慮しなくてもよいことを考慮し、考慮すべきことを考慮しないことは違法であり、判断過程の誤りは裁量権の濫用にあたるとして、原告である日光東照宮を勝訴させたという。わが国にも、ポンウン寺と関連した隣接地のビル建築に対する工事禁止仮処分事件の例があり、類似性があると感じた。また奄美の黒ウサギを原告とする自然の権利訴訟の例も紹介された。貴重な動植物が生息する奄美大島の森林を開発するゴルフ場建設計画について、山林法の開発許可処分の取消しを求める行政訴訟が提起され、誰に原告適格を認めるかが大きな問題となった。この訴訟で裁判所は自然物のみならず自然保護団体の原告適格も否定し原告が敗訴したが、これを契機に世論が形成され、ゴルフ場建設計画は結局白紙撤回されたという。このケースは、わが国におけるチョンソン山貫通トンネルに関連したイモリ訴訟と類似点があると思う。それ以外にも、廃棄物処理場の建設差止訴訟の例を聞くなどしたが、具体的な法的利害関係の構成が難しい場合にどのような方法で開発行為を抑制し得るのかを考えてみる契機になった。貴重な自然を破壊する工事がわが国でも再び進行した場合、我々の法制度下では自然の権利をどのようにして保護することが出来るのだろうか。環境影響評価や事前環境検討協議制度があるにはあるが、実質的な効果がないので悩ましいところである。

 講義の中で最も独特だと思われたのは、東京大気汚染公害裁判についてのものだった。日本の弁護士達の独創性と証拠収集能力には感嘆するしかない。東京大気汚染公害裁判は、被告の特殊性と自動車という物の特殊性のために非常に興味深い訴訟になっている。96年にはじまったこの訴訟は、気管支喘息、慢性気管支炎等を発病した患者、又はその遺族を原告とする。被告は国、首都公団、東京都、自動車メーカー7社である。一審ではメーカーの責任が認められなかったが、控訴して控訴審が続いているという。原告である患者の方々との懇談を通じ、私たちは、自動車による大気汚染問題の深刻性を知らされた。そして、自動車メーカーを被告にしようと着想し、実行している日本の弁護士達に感嘆した。

 このような講義の他にも、金閣寺、清水寺等の伝統文化遺産の見学や、東京での自由時間での様々な経験が、日本を理解するための大きな助けとなった。

 9泊10日の日程で日本の公害訴訟の全体を見ることは、初めから不可能なことだったかも知れない。しかし、短い期間とはいえ充実した日本での経験を通し、事実を探求し立証して被害を予防し回復する法律家の役割の重要性を知ることができた。また、私たちの国では「よちよち歩き」の段階である環境公害訴訟と環境法学の研究を深化させる必要性を感じることもできた。日本が通ってきた開発優先時代に発生した環境破壊と公害被害に対する取り組みを学んだ9泊10日の環境法学会の研修は、素晴らしい選択であった。


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