予防接種肝炎訴訟(B型肝炎訴訟)判決
弁護士  奥泉尚洋


 札幌高等裁判所は,2004年(平成16年)1月16日,集団予防接種により控訴人らにB型肝炎ウイルスを感染させたとして,国に損害賠償を命ずる判決を言い渡した。

1 予防接種肝炎訴訟(B型肝炎訴訟)は,5人のB型肝炎患者が,B型肝炎ウイルス(HBV)に感染した原因が乳幼児期に受けた注射針・筒を連続して使用した集団予防接種にあるとして,国に対して損害賠償を求めた訴訟である。
 B型肝炎はB型肝炎ウイルス(HBV)によっておこる肝炎であり,HBVは血液を介して感染する。乳幼児期にHBVに感染するとHBVが肝細胞に住みつく状態(HBVキャリア)となり,キャリアの一定割合は20〜30歳代になると,肝炎を発症し,肝硬変に進行して死に至る。肝炎を発症しないでも肝がんを引き起こす可能性がある。
 本訴訟の原告はいずれもHBVキャリアであり,4人は慢性肝炎を発症しており,1人はキャリア状態にある(1人は控訴中死亡,受継)。
 わが国のB型肝炎患者は,キャリアを含めると百数十万人と言われ,同じウイルス性肝炎であるC型肝炎を含めると,感染者は300万人とも400万人とも言われている。このように多数のウイルス性肝炎患者がなぜ存在するのか。
 第2次世界大戦前後から血液を介して感染する肝炎(血清肝炎)の存在が知られていた。1953年,WHO肝炎専門委員会は,注射針・筒の連続使用した予防接種は血清肝炎感染の危険があることを勧告していた。それにもかかわらず,わが国では1980年代まで連続接種が行われていたのである。
 わが国のウイルス性肝炎蔓延の原因がこのような集団予防接種にあることは,医学界では常識であった。本件訴訟は,この常識を法的責任に結び付け,全国のC型も含めた肝炎患者の救済を目指した裁判である。

2 提訴及び第1審判決
 1989年6月に札幌地裁に提訴し,2000年3月26日,1審判決がなされた。
 1審判決は,(1)「昭和44,45年以前になされた予防接種においては,注射針・筒を1人ごと取り替えないで連続使用され,それ以後も注射筒の連続使用がなされた。」 (2)「このような集団予防接種が一般に原告らに対しHBV感染をもたらす可能性があったことは否定できない」としながら,(3)「HBVの感染力は極めて強く,集団予防接種とは別に,一般の医療機関での医療行為による感染の危険性は相当程度あったし,対人的な接触による感染,家庭内での感染,その他,「想像を超える感染経路」が存在し得ると考えられる,(4)よって,原告らのHBV感染が集団予防接種に起因するものであることについての高度の蓋然性は認められず因果関係を肯定できないと判示した。

3 高裁での争点
 何よりも因果関係の立証の問題であった。
 まず,法的因果関係論として,本件訴訟においては因果関係の証明の程度は軽減されるべきであり,1審での立証の程度で,「高度の蓋然性」の証明は十分であることを主張し,民法学者の意見書を提出した。同意見書は,「証明責任の軽減」に関する判例,学説を詳細に検討したうえ,信義則原理あるいは証明妨害の点から,本件訴訟においては因果関係の立証の程度は軽減されるべきであり,因果関係は認定できると結論づけた。
 また,事実的因果関係論として,HBVの感染力が強いとしても現実の感染経路はあくまで血液感染であり,日常生活での感染はほとんどなく,想像を超える感染経路などとの概念を持ち出すことは医学的常識に全く反することを,肝臓専門医(大学教授)の意見書,証言を得て立証した。

4 高裁判決
 判決は,因果関係を認め得る直接証拠はなく,疫学的な因果の連鎖を的確に示す客観的な間接事実を認め得る間接証拠も見当たらないとした上で,「いずれの控訴人についてもB型肝炎ウイルスに感染した時期が集団予防接種を受けた時期であり…原因と結果との間に大枠ではあるが疫学的観点からの時間的関係において因果関係を認め得ること」,「各集団予防接種がいずれも一般人においてB型肝炎ウイルス感染を危険性を覚えることを客観的に排除し得ない状況で実施されたこと」及び「感染原因として他の具体的な原因が見当たらないこと,すなわち,集団予防接種以外の原因に基づく感染の可能性の事由について,…感染の可能性を排斥しきれないといった消極的な意味における可能性を認め得るにとどまるものであり,他の原因を排斥し又は他の原因との比較において優勢であると認めるに足りない具体的可能性を伴わないものであること」から本件各集団予防接種と控訴人らの各B型肝炎ウイルス感染との因果関係を肯定することが相当であると判示した。
 そして,国には予見可能性があり結果回避義務を怠った過失があるとして,1人あたり500万円の慰謝料の支払い義務があるとした。
 ただ,2人の原告については,最後の予防接種から提訴まで20年以上を経過しているので,請求権は消滅したとして控訴を棄却した。

5 上訴
 除斥期間の経過を理由に敗訴判決を受けた2人について,最高裁に上訴した。何よりも除斥期間を理由に請求権が消滅したとなると,今後,同様の訴訟の提起を不可能とされてしまうのである。
 国も因果関係の立証に関する判断が従来の最高裁判決と異なるとして上訴した。

6 今後の課題
 除斥期間の壁を突破することが最大の課題であるが,同時に,高裁判決を運動に生かして,国に肝炎対策を迫ることである。国はこれまでウイルス性肝炎の感染原因について集団予防接種の問題を一切覆い隠し,個別患者に対する救済策を取ってこなかった。本判決を武器に,国に肝炎対策の実施を迫る大きな運動をつくらなければならないと考えている。