川辺川利水訴訟
判 決 要 旨



1  本件の最大の争点は,国営川辺川土地改良事業(農業用用排水事業,区画整理事業及び農地造成事業)の変更計画に対し,土地改良法87条の3第1項に定められた同法3条に規定する資格を有する者(いわゆる3条資格者)の3分の2以上の同意が得られたか否かである。そこで,当裁判所が認定した3つの事業毎の3条資格者の総数,同意者数,同意率は次のとおりである。
3条資格者総数農業用用排水事業4161名
区画整理事業1640名
農地造成事業1014名
同意者数農業用用排水事業2732名
区画整理事業1063名
農地造成事業698名
同意率農業用用排水事業65.66%
区画整理事業64.82%
農地造成事業68.84%
(同意者数÷3条資格者総数×100,小数点第3位以下四捨五入)

 なお,同意者数の認定について敷衍すると,上記変更計画にかかる同意署名簿に,同意の署名押印のある者が,農業用用排水事業について3417名,区画整理事業について1343名,農地造成事業について841名それぞれ存するが,この中から,実際には3条資格者でないのに同意の署名押印が徴求されていたり,重複して同意の署名押印が徴求されていたりして,同意者数から明らかに控除すべき者を差し引くと,農業用用排水事業について3200名,区画整理事業について1257名,農地造成事業について828名となる。
 さらに,控訴人らが同意の成立ないし効力を争う者(農業用用排水事業につき1907名分,区画整理事業につき758名分,農地造成事業につき453名分 )について,同意署名簿の署名押印を共に争う者(農業用用排水事業につき470名,区画整理事業につき205名,農地造成事業につき124名)のうち同意の成立が認められる者は,農業用用排水事業につき197名,区画整理事業につき87名,農地造成事業につき50名であり,他方,農業用用排水事業につき273名,区画整理事業につき118名,農地造成事業につき74名については,同意があったとは認められない。次いで,同意署名簿の署名を争う者(農業用用排水事業につき318名,区画整理事業につき122名,農地造成事業につき78名)のうち同意の成立が認められない(印影が本人の意思によるとの推定が妨げられる)者が,農業用用排水事業につき2名,区画整理事業につき1名(他は同意の成立が認められる。)。次いで,控訴人らが同意の成立につき調査不能との理由で同意の効力を争う者(農業用用排水事業につき223名,区画整理事業につき89名,農地造成事業につき64名)のうち同意の成立が認められる者は,農業用用排水事業につき30名,区画整理事業につき14名,農地造成事業につき8名であり,他方,農業用用排水事業につき193名,区画整理事業につき75名,農地造成事業につき56名については,同意があったとは認められない。なお,控訴人らが,錯誤,変造,その他の理由で同意の効力を争う者については,それらを理由に同意の効力がないと認められる者はいない。
 そうすると,控訴人らが同意の成立ないし効力を争う者のうち,上記を合計した農業用用排水事業468名,区画整理事業194名,農地造成事業130名については同意の成立が認められないが,その余の者については,同意の成立及び有効性が肯定される。したがって,前記の農業用用排水事業3200名,区画整理事業1257名,農地造成事業828名から,同意の成立が認められない者を控除すると,結局,有効な同意者数は,農業用用排水事業につき2732名,区画整理事業につき1063名,農地造成事業につき698名となる。
 したがって,同意者の割合は,農地造成事業については3分の2を上回るが,農業用用排水事業及び区画整理事業については,3分の2に達しない。

2  3条資格者の3分の2以上の同意取得という問題を除くと,本件の変更計画やその同意取得手続に前記決定の取消自由となるほどの違法はない。2,3の論点について敷衍すると,次のとおりである。
(1) 事業の必要性及び費用対効果について
 土地改良法87条1項,3項は,3条資格者の申請にかかる国営の土地改良事業を開始するに当たって,農林水産大臣が定める土地改良事業計画につき,これに基づいて施行される土地改良事業が同法8条4校号の政令で定める基本的な要件に適合するものとなるように定めなければならないと規定しており,同号を受けた土地改良法施行令2条は,基本的な要件の1として,事業の必要性(自然的,社会的及び経済的環境上,農業の生産性の向上,農業総生産の増大,農業生産の選択的拡大及ぶ費用対効果(当該土地改良事業のすべての効用がそのすべての費用を償うこと)を掲げている。
 控訴人らは,本件の変更計画に基づいて施行される土地改良事業は,この事業の必要性及び費用対効果の要件に欠けると主張するが,これらの要件は国営の土地改良事業を開始するに当たって定められる土地改良事業計画において必要とされるものであって,その土地改良事業の変更計画については,いずれも要件とはならない。したがって,控訴人らの主張は採用することができない。
(2) 同意取得手続における説明義務違反の有無について
 本件において,被控訴人は,同意取得手続に当たって,土地改良法の要求する公告手続をとるだけでなく,3条資格者に対し,本件の変更計画の内容を公告事項に即して説明するべき条理上の義務があったというべきである。しかしながら,その説明義務を負う範囲は,本件の土地改良事業の変更計画の概要に限られ,関連事業や別途事業の内容にまで及ぶものではない。
 控訴人らは,同意取得手続について,被控訴人が説明義務に違反した違法があると主張するが,被控訴人の同意取得担当者は,3条資格者に対し,多数回にわたってその参加を呼びかけて説明会を実施し,同意取得のための個別訪問に際しては変更計画の内容を簡潔明瞭に記載したパンフレットを持参交付して,本件の変更計画の概要等必要な事項を説明しているものと認められ,説明内容に虚偽もない。したがって,控訴人らの主張は採用することができない。
(3) 被控訴人が行った本件の同意取得手続において,3条資格者として把握されていなかった者,すなわち本件の変更計画への同意,不同意の意思表明の機会が与えられなかった3条資格者が,農業用用排水事業について405名,区画整理事業について277名,農地造成事業について147名おり,その3条資格者の総数に対する割合は,9.7パーセントから16.89パーセントにも達する。この事態は,決して軽く見ることはできないが,このことだけを捉えて同意取得手続全体が違法であると評価することはできない。

3  以上のとおり,本件の変更計画のうち3条資格者の3分の2以上の同意という要件を充足しない農業用用排水事業及び区画整理事業に関する部分は違法であり,これに対する控訴人らを含む多数の関係農家からの行政不服審査法並びに土地改良法に基づく異議申立てを棄却した被控訴人の決定は,上記2事業に関する部分において違法である。したがって,控訴人らの本件控訴に基づき(ただし,原告適格がないことからその訴えが却下されるべき控訴人を除く。),被控訴人がなした上記の異議申立てを棄却する旨の決定のうて,農業用用排水事業及び区画整理事業に関する部分をいずれも取り消す。