川辺川利水訴訟判決と新利水計画
弁護士 森 徳和


1 原告逆転勝訴判決とその意義

 2003(平成15)年5月16日,福岡高等裁判所(小林克巳裁判長)は,川辺川利水訴訟について,原告勝訴の判決を下した。最大の争点であった受益農家(3条資格者)の3分の2以上の同意の有無については,各事業ごとに次のような判断を下した。

用排水(かんがい)事業65.66%
区画整理事業64.82%
農地造成事業68.84%

 その結果,土地改良法が定める3分の2以上の同意という要件を満たさない用排水(かんがい)事業及び区画整理事業については,違法であることが明らかになった。
 控訴審判決は,社会的に注目された川辺川利水訴訟に関して,3分の2以上の同意の有無という事実認定に徹した判決を下した。このことは,農水大臣の上告理由を失わせ,上告断念を引き出した大きな要因である。また,控訴審判決は,3分の2以上の同意の有無については,行政側に立証責任を負わせたうえで,同意署名簿の信用性に関して,弁護士以外の原告・支援者による調査票を基礎にした事実認定を行った。このことは,大量訴訟における立証責任と調査方法に関して今後の重要な指針となると考えられる。

2 農水大臣の上告断念

 農林水産省は,厳しい世論のなかで,最高裁に上告するか否かの決断を迫られた。原告団と弁護団は,支援者の協力のもとに5月19日から農林水産省前で座り込み行動を開始し,農水大臣との交渉を行った。これを受けて,亀井善之大臣は,緊急に記者会見を行い,「今後,本地域の農業用水の確保については,関係農家の意向を確認して,これに基づき必要な整備を進めることが適切であると判断しました」という談話を発表し,上告を断念することを表明した。
 その結果,1994(平成6)年に作成された変更計画は白紙に戻り,新たに利水計画を作ることになった。

3 新利水計画の合意事項

 6月16日,熊本県が,川辺川利水訴訟原告団,川辺川利水訴訟弁護団,川辺川総合土地改良事業組合,川辺川地区開発青年同士会,農林水産省九州農政局,熊本県農政部(以下「関係団体」といいます)に呼びかけ,川辺川土地改良事業に伴う事前協議を開催した。関係団体は,新利水計画策定について,次のような合意(以下「合意事項」という)を行った。
  1.  新利水計画策定に当たっては,国,県,市町村が一体となって取り組み,県が総合調整の役割を担う。
  2.  対象地域への水源については,ダムによる取水に限らず,他の水源可能性についても調査を行う。
  3.  計画の規模等については予断を持たずに臨む。
  4.  対象農家約4400戸,一戸一戸に対して丁寧かつ迅速に意向の把握,集約を図る。それに基づき水源及び水利権の客観調査を行う。
  5.  対象農家に対して公平に説明し,情報の提供と共有を図りながら進める。
  6.  新利水計画策定については,今後1年間をメドとして進める。
 合意事項では,新利水計画について,ダムによる取水に限らず,他の水源可能性についても調査を行うこと,計画の規模等については予断を持たずに臨むことが確認され,「はじめにダムありき」で始まった変更計画を見直して,新しい計画を策定することが基本方針となった。

4 意見交換会と関係農家の意見書

 合意事項に基づいて,7月11日の人吉市を皮切りに,八月六日の錦町まで合計10ヶ所で第一回意見交換会が開催された。意見交換会では,九州農政局,原告団・弁護団から,それぞれ裁判の経緯,新利水計画の合意事項などについて説明を行い,原告団・弁護団は,今後の新利水計画は,「農家が主人公」という農政の基本原則に則って行われるべきだと訴えた。
 第1回意見交換会で集められた関係農家の意見書によれば,「川辺川ダムは必要」と回答した者は,全体の四%に過ぎなかった。
 9月22日から10月21日まで,合計43ヶ所で第2回意見交換会が開催された。第2回意見交換会は,関係団体が集落単位で関係農家との意見交換を行い,新利水計画に関する様々な意見を聞くことを目的として開かれた。これを踏まえて,11月24日から12月13日まで,合計23ヶ所で第3回意見交換会が開催された。第3回意見交換会では,新利水計画の水源案について関係農家に対するアンケートを実施したうえで,2〜3のたたき台を作成することを目的として行われた。関係農家のアンケートの結果,水源について「川辺川ダムが良い」と回答した者は,全体の22.6%に過ぎないことが明らかになり,川辺川ダムを前提とした新利水計画は実現が難しいことが公になった。

5 今後の新利水計画

 コーディネーターの熊本県は,2004(平成16)年3月に第4回意見交換会を開催し,関係農家の水源に関する意見を集約して,水源を一つに絞り込む予定である。その際には,川辺川ダムを前提とした利水計画は崩壊し,新たな水源をもとにする計画策定が課題となる。
 新利水計画は,「農家が主人公」という農政の基本原則に則って行われており,意見交換会では毎回詳細な資料と説明が行われている。新利水計画は,民主主義と情報公開を徹底しながら新たな公共事業の在り方を模索する農民の闘いである。