(3) ところで,訴訟に国側の巻き返しに対する対応も看過できない重要課題である。危険への接近論や,騒音コンター見直しに対する対応等がそれである。以下,これらの点について項を改めて検討する。
一昨年の新横田基地騒音訴訟第一審判決では,国の主張する免責型の危険への接近論が一定数の被害者に対して適用された。国はこのことに気を強くし,同訴訟で用いた手法,すなわち,被害住民の転居の経過を騒音コンターとの関係で機械的に分類し,一定の類型に該当する被害住民を大量に尋問申請するという手法を他の訴訟にも持ち込もうとしている。新嘉手納基地爆音訴訟でも,国は被害住民の大量尋問申請を行っているが,旧嘉手納訴訟控訴審判決では,基地による被害は不可避的であるという沖縄の地域的特殊性と,環境基準未達成を放置し続ける国の怠慢などを理由として,危険への接近論は減額法理としても排斥されているにもかかわらず,国がこのような訴訟戦術に出ているのは,危険への接近論の適用を,旧訴訟のような実質判断によるものではなく,機械的判断によって広く適用させようとするものであるか(事実,申請している国側からの尋問内容は形式的なものに過ぎない),あるいは,昨年中にも原告側の立証をほぼ終えるという早いペースで審理が進行していたことに対する遅延工作であるかのいずれかと思われる。機械的処理は,後述する公平補償問題に馴染みやすいところであり,警戒を要する。
この点,一昨年の第3次厚木基地爆音訴訟第一審判決で,国側の同様の攻撃にもかかわらず危険への接近論をほぼ全面的に排斥できたことは画期的であり,我々も共有すべき成果というべきであろう。
3 周辺対策についての国の対応
国は,2001(平成13)年9月,「飛行場周辺における環境整備の在り方に関する懇談会」(座長:青山武憲日本大学教授)を設け,同懇談会は翌2002(平成14)年7月,「飛行場周辺における幅広い周辺対策の在り方に関する報告」を提出している(
防衛施設庁のホームページ http://www.dfaa.go.jp/から入手可能)。
同報告によると,1999(平成11)年,基地騒音に不満を持ちつつも訴訟には参加しない住民から,騒音訴訟の原告に支払われた損害賠償金に相当する金銭補償を求める「嘉手納基地爆音被害公平補償を求める会」が結成されるなど,「公平補償」が政治課題となっているという。
無論,基地騒音の被害者は原告となっている住民にとどまるものではなく,本来国が賠償を行うべき被害者は,原告数の数倍から数十倍は下らないことは,我々もこれまでの訴訟その他で繰り返し主張してきたところである。しかし,この問題がにわかに持ち上がり,政治課題にまでなっているということをいかに安易に評価することには注意すべきである。
同報告は,公平補償問題を強く意識している体裁を取っているが,あくまでも「幅広い周辺対策の在り方」を示しているに過ぎない。公害弁連ニュース第140号の巻頭言で榎本代表委員が指摘しているとおり,公害問題でまず検討されるべき発生源対策が全く欠落しているばかりか,現行騒音コンターの指定告示後に「配備機種の性能向上等が騒音の低下につながり,結果として,事実上の音源・運航対策となっている状況が生じ,総じて騒音区域が縮小する傾向にある」などとして,むしろコンターを見直し,騒音コンターから外れることになる地域住民に対しては「何らかの経過措置や激変緩和策を講ずることにより,周辺住民や周辺自治体等の理解を得ていく」とするなど,「むしろ住民宣撫工作の色彩が濃厚である」(前記巻頭言より)。
騒音コンターの見直しについては,「在り方懇」報告よりも以前から,新横田訴訟などで国側から示唆があり,一時は周辺自治体に対して縮小コンターの指定告示に関し意見を求めていた経緯もあった。これまでの基地騒音裁判ではW値に基づく騒音コンターによって損害賠償額を定めてきた経緯があるため,国はコンター見直しにより裁判上は賠償額の減縮を目論むことが可能であり,しかもそれが公平補償という錦の御旗によって押し進められるおそれがあることを認識すべきであろう。さらに,先に指摘したいわゆる危険への接近法理の機械的適用を行って多くの被害住民が危険への接近者とされる可能性をも併せ考えれば,事実上の救済切り捨てがまかり通ることさえ予期すべきではなかろうか。
4 対米訴訟
対米訴訟については,一昨年の新横田最高裁判決以後大きな動きはない。しかしながら,違法な航空機騒音を差し止めることこそが我々の最大の目標であり,そのためには米政府・駐留米軍に対して訴訟の内外を問わず訴え続けることが必要であり,同時に国の責任追及もないがしろにしてはならない。
なお,昨年度議案書にも紹介したとおり,普天間基地爆音訴訟で基地司令官個人を被告とする訴訟を提起するという新たな試みを行っている。本件において基地司令官個人が主権免除法理の恩恵を受ける理由はないが,米政府・駐留米軍は不当にもこれを主張し,訴状の受領を拒んでいる。国民の自由と権利を守るべき裁判所は,我が国の主権たる裁判権を著しく冒涜するこうした態度に対し,断固として送達事務を行い早期に訴訟手続を進行させるべきである。悪しき前例を作らせないことが肝要である。
静かな夜を取り戻すために,今後も各弁護団で連帯して対米訴訟問題に取り組む必要がある。