西須磨公害調停の到達点と課題
西須磨都市計画道路公害紛争調停団  事務局長 宗岡明弘


 西須磨地区は兵庫県南西部に位置する面積約2平方km,人口2万の古い町である。明石海峡をはさみ淡路島の北東に隣接する同地区は95年の阪神淡路大震災では倒壊率7割とも言われる壊滅的な被害を受けた。このような状況を道路建設の好機と捉えた神戸市は震災直後の95年3月31日,西須磨を東西南北に分断する最大幅員36mの巨大な都市計画道路3本の事業認可を受け整備に着手したが,住民がまだ避難所にいる中で行われたこの強引な事業化決定が地域の強い反発を招き,激しい反対運動が起こる契機ともなったのである。以来9年,地元住民は神戸市と真っ向から対立する中で97年には住民2518名が兵庫県公害審査会に対し公害紛争調停の申立てを行い,99年の第2次申請(申請人1227名)と併せて現在3745名が調停に取り組んでいる。
 公害調停は97年12月の申立て以来6年が経過しているが,その間17回にわたり調停期日が開かれている。期日は毎回多くの住民が参加して対峙方式で行われ,住民と市が直接意見を戦わせる場となっているが,この調停と連携しつつ地元自治会なども道路問題に積極的に取り組んでおり,西須磨の住民運動は近年調停内外においてきわめて大きな成果を挙げている。この公害調停と調停外における住民運動の連携が西須磨の運動の核心であるが,公害調停の存在が道路反対運動のみならず「まちづくり」に取り組む地域住民にとっても強い求心力を与えていることは特筆すべきことである。本稿ではこれらの事を念頭に西須磨公害調停の成果と課題について報告したい。

公害調停の成果

 まず公害調停における最大の成果として,神戸市の幹線道路として計画され大型産業道路でもある高架4車線の須磨多聞線について,事業認可以来9年の間,着工を阻止してきたのみならず事実上原計画の変更が不可避の状況に神戸市を追い込んでいる点を挙げておきたい。これは調停での実質的な話合いが進み,現況調査の実施など成果が具体的な形で現れてくる中で,神戸市が調停を打切る口実を失い長期化を覚悟せざるを得なくなる一方,事業認可後長年月を経過したことで市としても道路整備を急ぐ必要が生じたことなどを背景に,申請人で組織された調停団と地元自治会の連携により市に対し住民との妥協を強く迫り,須磨多聞線と事実上一体である中央幹線の整備について須磨多聞線を考慮せずに行うことで神戸市と合意したことにより実現したものである。
 さらに中央幹線整備については,最大6車線の計画車線数を2車線に減らし,都市幹線道路を地域幹線道路へと性格変更させるとともに,道路の設計を住民自ら行うなど,これ自体きわめて大きな成果と言えるものである。
 これら道路整備については調停外で住民と神戸市との直接交渉により実現したものであるが,背景としての公害調停の存在が交渉の成否を左右する重要な要素であった点は特に指摘しておきたい。
 つぎに,調停での合意に基づき市と住民の協働による地域現況調査を,全国的にも異例の規模で実施していることは調停の直接の成果として大きな意義を持つものである。西須磨地域はすでに日量十数万台におよぶ交通量を負担している事から,住民側は当初から道路整備の可否を判断するについての基礎的情報として地域現況を客観的に把握することの必要性を主張してきたが,調停での話合いの結果,市も漸くにして調査の必要性を認め,2000年から1年にわたり大気質調査を,03年には騒音・振動・現状交通量の調査を実施した。これらの調査はいずれも住民側と神戸市が調査の項目や時・場所・方法・共同調査としての役割分担等について協議を行い,確認書を交わした上で実施されたものである。これにより,大気質調査では各期2週間行われる公定法による調査(5箇所)に加えて,NO2(二酸化窒素)カプセル調査が設置・回収を住民が行うなどの役割分担の上で地域内75箇所で実施され,また騒音・振動調査では低周波騒音や生活騒音の測定も行われるなど,画期的な内容の調査が実現した。さらには,取得データは全て公表することはもちろん,より進めて市と住民との共有とすることなども合意文書に明記せれている。
 また最近では,以前から神戸市が「一般道であり難しい。」としていた3街路の予測交通量を調停に提出するなど,まだまだ不充分とはいえ市側に情報開示の姿勢なども見られるようになっている。
 「事業着手した道路の中止など有り得ない。」と言われる中で,西須磨ではこれらの成果を一つ一つ積み上げてきた事が,結果として局面を大きく動かしてきたことは事実であり,今後の推移次第では原計画の大幅な変更なども含め須磨多聞線の事実上の中止も十分有り得るのではないかと思われる。

今後の課題

 課題としては第1に,今後最大の争点である須磨多聞線問題が急速に焦点化する中で都市計画決定及び事業認可を経て用地買収も9割を超える段階に達している道路(須磨多聞線)について,白紙化の困難性を十分認識しつつ,どのようにして地元住民が受け入れられるような形で終局的解決に導いていくかがある。
 第2としては,現状の道路公害について取り組んでいくことも「まちづくり」の観点から重要な課題と言える。
 震災直後の絶望的な状況から立ち上がり,中央幹線整備や現況調査で圧倒的な成果を挙げてきた西須磨住民の戦いは最終局面を迎えつつある今,その真価が問われようとしている。