公害弁連と司法改革
弁護士 篠原義仁


 この1年の公害弁連の司法改革問題の取り組みは,弁護士報酬の敗訴者負担の導入阻止に集中して行われた。同問題に取り組む組織としては全国連絡会があるが,公害弁連も加入する「司法に国民の風を吹かせよう」実行委員会(通称「風の会」)は全国連絡会に団体加入し,その組織の中核となって奮闘した。

1   司法制度審議会報告書は,敗訴者負担制度の検討にあたっては,「国民の理解にも十分配慮すべき」と明記した。この報告書は,いったん同制度を原則導入するという議論が主流を占めるなかで,その導入に反対する国民の大きな声がこれを 揺り戻し,日弁連も正規の方向に舵取りをとるなかで,灰色ゾーンの記載を含め,最終の判断を司法改革推進本部に委ねるところとなった。
 これをうけた推進本部司法アクセス検討会は,圧倒的多くの委員が制度導入に強硬姿勢を示すなか,消費者団体選出委員,日弁連選出委員,建築家委員の3人が同制度に問題ありと主張をしつづけ,多数派対絶対少数派という,緊迫した議論のなかで推移していった。この中にあって選出母体及び関係団体での勉強会,日弁連とのタイアップはもとより「風の会」に随時出席していた消費者団体選出委員の発言は,公害・消費者団体など国民の側に身を置いて終始一貫して絶対導入反対の姿勢を貫き通し,全国連絡会でも「風の会」でも高く評価されるところとなっている。

2   導入反対の国民の声は,推進本部への要請行動,自由法曹団が中心を担う司法総行動実行委員会提起の葉書運動,メール・郵送による意見書送付運動に加え,日弁連と全国連絡会の提唱による署名運動として展開され,その署名の集約数は100万を優に超えるところとなった(署名の集約は,日弁連集約の方が圧倒的に多い。さすがと言うべきである)。
 こうしたなかで,検討会の議論は2003年春から夏にかけて,原則導入という多数派意見を前提としつつ,導入しない例外分野(訴訟)をどう定めるかという議論が進められ,その結果,行政訴訟,労働訴訟,人事訴訟,人身損害の損害賠償訴訟,消費者訴訟には敗訴者負担は導入すべきではないという意見が,大衆的な運動と前記3委員の奮闘で多数を占めるようになり,さらにこれをどう拡大するかを,今後の討議課題としつつ,少なくとも前記分野にはこの制度は導入すべきではないとの概ねの意見形成が検討会内部に形成された。
 そして,この意見形成に対応するものとして,検討会は昨年8月,お盆休みという国民としては最も対応しにくい時期(正しくは7月29日から9月1日)を設定して,この制度についての意見募集(パブリックコメント)を行った。
 日弁連,全国連絡会,とりわけ「風の会」,「司法総行動」,自由法曹団は,真夏に提起された,しかも短期間の緊急事態に対し,精力的なオルグ活動,働きかけを行い,総計5,134件の意見提出の成功の大半の部分を担った。この意見は,数を追及した画一的,統一的意見提出の外,各戦線,各分野においてなぜこの制度の導入に反対するのか,詳細な理由を付した意見(論文といってもいいような意見書)の提出(質の追及)をも合わせ行い,質の面でも量の面でも成功する画期的な成果を収めるに至った。ちなみに,筆者の知る限りでも公害弁連,大気全国連,基地問題関係,公害地球懇,全国患者会,東京大気原告団等々の多くの公害環境団体で量だけでなく質の高い意見書提出を行った。
 5,134件の意見書のうち,賛成意見は約100件(検討会事務局)で,5,000件を超える圧倒的多くの意見は,「導入全面反対」であった。
 世論が署名で,パブリックコメントで,要請行動で,葉書運動で検討会を圧倒した。その力の中で原則導入に対置する例外の分野がどんどん拡大していった。この事態に導入推進を図る事務局等推進勢力はあわて驚き,不意打ちの非民主的なやり方でその巻き返しに転じた。

3   パブリックコメントの結果は,1ヶ月のまとめの作業を経て,10月10日の検討会に「結果概要」として配布された。「結果概要」については事務局から極めて簡単なコメントがあっただけで詳細な説明は全くなく,この一方で当日の議論で今まで提起されたことのなかった,いわゆる「合意論」が唐突に,そして突然に提起されるところとなった。この「合意論」は,(1)推進派ないし事務局から,(2)何がなんでも敗訴者負担を導入するという姿勢に基づいて,(3)将来敗訴者負担を拡大するための制度として突然に提起されたものであった(2003年11月15日付自由法曹団意見書参照)。
 パブリックコメントの土俵にも乗せていない「合意論」を,パブリックコメントに寄せられた反対意見を,あるいは100万を超える反対署名,数万規模の葉書運動を無視して,国民の司法参加(アクセス)を検討すべき検討会が,焦りにあせって,しかし,何が何でも強行突破しようとの強い「意志」を持って「合意論」を,非民主的に提起してきた。検討会の座長(高橋宏志東大教授)とこれに同調する多数派の会議運営の非民主性は,たびたび指摘されてきたが(「風の会」等は,これに抗議して昨年6月,推進派の中心メンバーを出している新日鉄本社前と高橋座長のいる東大赤門前で抗議の宣伝行動を行った),これと軌を一にして,自らの議論が不利と見ると今までの土俵を勝手に投げ出し,新たな土俵の「合意論」を作り出してきた。
 この制度の評価はもはや明白で有害無益の実態は,国民的批判にさらされている。それを土俵を変えて「合意論」ですり抜けようとするグループの意図は見え見えというほかない。

4   いわゆる「合意論」は,第1案から第3案の3つが提起された。しかし,第1案と第2案は論外で11月,12月の検討会で「合意論」としては,第3案に是非の議論がしぼられるところとなった。その第3案とは,「裁判上の合意による敗訴者負担」の導入といわれているもので,簡略にいうと
  1.  原則各自負担(現行どおり)とし,合意がある場合に敗訴者負担(訴訟代理人の報酬の一部)とする。
  2.  対象となる手続は訴訟に限定し,かつ,当事者双方に代理人がついている場合とする(合意後の撤回不可)。
  3.  合意の時期は,訴訟提起後で双方の書面による共同申立とする。
の3点に要約できる。
 しかし,この「合意論」が,国民の議論を経ておらず,国民の理解を得られていない,問題については,すでに述べたとおりである。
 また,この第3案について検討してみても,これは各界各分野から直ちに
  1.  この制度は全面導入推進派ないし事務局が敗訴者負担導入の目的を貫徹し,将来この制度を拡大してゆくための足がかりにすると位置づけていること
  2.  訴訟当事者が合意をしなければ,勝訴の自信がないとの心証を裁判所に持たれかねず,他方合意すればそのリスクを負うことになること(「踏み絵論」,「リスク」論)
  3.  労働事件の労使関係紛争を見れば明らかのとおり,当事者間の力関係が対等でない場合は,強い者に有利に働くこと(「強者有利」論)
  4.  この制度の導入の結果,「契約上の敗訴者負担」条項が普及し,就業規則等の労使関係契約,消費者契約,請負・下請間の請負契約,建築契約等,労働者,消費者,中小零細業者は,この条項が足かせとなり,司法アクセスが抑制されること
  5.  この制度の導入の結果,不法行為などで認められている弁護士費用が減額の方向に機能すること
  6.  最も根本的にはこの制度はいかなる内容のものであっても司法アクセスを前進させる機能を有せず,司法アクセスを抑制する機能を持つことなどの弊害,問題点を有する
として強く批判されているところである。

5   しかし,12月25日の検討会では,全国連絡会に結集した諸団体の司法改革推進本部前抗議行動(この行動は,ときに全国連絡会の300人デモ,ときに日弁連主催の1,300人デモと結合し,また,抗議宣伝行動単独企画として毎回少ない時で30人,多い時で70人規模で検討会のたびごとに10回を超えて実施)の声を,そして,国民の圧倒的な反対意見を無視して第3案のまとめを強行し,次いで年明けにも第3案を基礎に事務局において法案作りに着手し,次期通常国会への提出が予定されている。
 残された法案作りの期間での推進本部への働きかけ,そして,本番としての国会闘争に向け,新年早々から日弁連もそして全国連絡会に結集する諸団体も,敗訴者負担制度の導入を断固阻止するとの強い意思の確認と,引き続く闘いでの奮闘を誓いあうことが求められている。
 今,「司法改革」は,もろもろの「せめぎ合い」の闘いがあったものの多くの点で政府,財界らいわゆる権力側の意図にそった『改革』として若干の改善点を勝ち取りつつも「押し切られる」かの様相を呈している。そのなかで,敗訴者負担制度導入反対の闘いは,国民の側の声を相当程度反映させ,善戦した闘いとなっている。その善戦している闘いをどの水準で着地させるのか,重ねていえば,この半年(第159回通常国会は1月19日招集,6月16日会期末)の私たちの奮闘の水準がその着地の水準を用意しているといってよい。

(付記)
 なお,最後に特に付記するとデモの参加はもとより,とりわけ司法改革推進本部前の抗議宣伝行動への東京大気裁判原告団の結集はめざましい。
 全国連絡会の動員は,名称は大きいものの参加動員の比重では司法総行動関係者と「風の会」関係者によっているところが大きい。そして,両者の比重では「風の会」の比重がより大きく,風の会での比重は,横田,高尾山,有明等々の参加もあるが,その中心は大気(東京,川崎)であり,さらにいえば,東京大気にほかならない。
 30人規模の時は,5〜6割がが東京大気で,70人規模の時も2〜3割が東京大気といってよい。しかもこれが10回以上にわたり継続的に行われているのである。その結果,消費者訴訟,労働訴訟,変額保険訴訟など,今まで公害弁連として比較的つながりの薄かった関係団体との交流も東京大気原告団の奮闘によって大きく切り開かれようとしている。労働事件でよくいわれることは「共闘は義理人情のつき合いから」ということである。これは自らの要求でオルグし,自らの闘いに参加すること,参加してもらうことでは義理人情のつき合いといえず,他人の,つまり自らの課題でない取り組みに目一杯参加してはじめて評価され,共闘も,そして自らの闘いの課題も進む。東京大気の敗訴者負担問題の取り組みは,掛け値なしに最も奮闘した団体といえるのであり,東京大気としても,そしてそれと連携する被害者総行動・公害弁連としても今後の取り組みの前進を約束させる,この奮闘振りは高く評価してよい。