第二 公害・環境をめぐる情勢


一  わが国の公害・環境破壊の現状

 わが国の大気汚染,水質汚染,廃棄物問題,温暖化問題などの公害,環境破壊の現状は,次の通りであり,その特徴的な状況を指摘する。
 第一に,都市部を中心とする窒素酸化物(NOX)や浮遊粒子状物質(SPM)の汚染は依然として深刻である。
 全国の有効測定局の2002年度のNO2年平均値は,一般局0.016ppm,自排局0.029ppmとほぼ横ばいの傾向にある。
 また,2002年度に環境基準が達成されなかった測定局の分布をみると,一般局については,東京都,神奈川県及び大阪府の3都府県に,自排局については,埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県,愛知県,三重県,大阪府及び兵庫県からなる自動車NOX・PM法の対策地域に加え,京都府,福岡県,長崎県の3府県にも分布している。自動車NOX・PM法に基づく対策地域全体における環境基準達成局の割合は,1998年度から2002年度まで43.1〜69.3%(自排局)と低い水準で推移している。一方SPMについてみると,全国の有効測定局の2002年度平均値は,一般局0.027mg/m3,自排局0.035mg/m3と前年度に比べてわずかながら減少しているが,近年ほぼ横ばい傾向である。またSPM環境基準の達成率(長期評価)は,2002年度は一般局52.5%,自排局34.3%と前年度に比べていずれも減少しており,環境基準未達成局は全国42都府県に及んでいる。
 第二に近年長期曝露による健康影響が懸念される有害大気汚染物質についてみれば,2002年度でベンゼンについては,月1回以上の頻度で1年間にわたって測定した409地点の測定結果で,環境基準値の超過割合は8.3%であった。
 第三に自動車交通騒音の状況も2002年度の自動車騒音の常時監視の結果をみると,大幅に緩和された1999年4月施行の新基準に照らしても,全国1,934千戸の住居等を対象に行った評価では、昼夜とも環境基準を達成したのは1,549千戸(80.1%)で、このうち、幹線交通を担う道路に近接する空間にある781千戸のうち環境基準を達成した住居等は537千戸(68.7%)であった。
 第四に,水環境においても,2002年度において有機汚濁の環境基準(河川ではBOD,湖沼と海域ではCOD)の達成率が,河川で85.1%,湖沼で43.8%,海域では76.9%となっており,特に湖沼,内湾,内海等の閉鎖性水域で依然として達成率が低くなっている。また地下水においても,2002年度で,調査対象井戸の6.7%において環境基準値を超過する項目がみられており,1999年に環境基準項目に追加された硝酸性窒素および亜硝酸性窒素について5.9%の井戸で環境基準値を超えていた。
 一方,市街地等の土壌汚染問題については,近年,企業のリストラ等に伴う工場跡地の再開発、売却の増加に伴い、土壌汚染事例の判明件数が増加している。
 1991年8月に「土壌環境基準」が設定されて以後,都道府県や水質汚濁防止法に定める政令市がこれに適合しない土壌汚染事例を把握しており,2001年度に判明したものは211件にのぼっており,鉛,砒素,六価クロム,総水銀,カドミウム等に加え,金属の脱脂洗浄や溶剤として使われるトリクロロエチレン,テトラクロロエチレンによる事例が多くみられる。
 第五に,現在の大量生産,大量消費,大量廃棄の社会経済構造を背景にして,廃棄物問題も,廃棄物量の増加,廃棄物の質の多様化,最終処分場の残余容量の逼迫など問題は引き続き深刻である。わが国の一般廃棄物の総排出量は2001年度で年間5,210万トン,国民1人1日あたりの排出総量も1,124グラムで,焼却などした後の最終処分量も995万トンにのぼっている。産業廃棄物の総排出量も,2001年度は約4億トンで,最終処分量も約4,200万トンと膨大である。一方,最終処分場の残余年数は,全国平均4.3年で,一般廃棄物よりも厳しい状況にある。
 最後に,地球温暖化問題に関連して,温室効果ガスの主要な物質であるCO2につき,2002年度の排出状況についてみると,わが国の排出量は12億4800万トン,1人あたり排出量は9.79トンであり,1990年度に比べ1人あたり排出量では7.8%,総量については11.2%増加している。これを部門別にみると,産業部門は,1.7%減少しているのに対し,運輸部門は,20.4%の増加で,自家用乗用車の台数が1990年から2001年の間に31.4%増加し,乗用車が大型化(重量化)したことが主な要因となっている。また業務その他部門は,36.7%の増加で,延べ床面積の増加が排出量の増加に大きく寄与している。

二 公害・環境をめぐる注目すべき動き

 まず何よりも,環境破壊の大型公共事業見直しのたたかいに大きな前進がみられた。
 2004年8月26日,佐賀地方裁判所は,有明海漁民の申請にかかる国営諫早干拓事業差止めの仮処分事件において,漁民の申請を全面的に受け入れ,国に対し,干拓事業の工事続行禁止を命じる画期的な仮処分決定を出した。決定は,まず漁業を営む権利(漁業行使権)に基づく妨害排除請求権を被保全権利と認め,漁民らに漁獲高の減少により,極めて重大で深刻な影響を与えていると認められるとしたうえで,干拓事業が有明海全体の環境に影響を与えているとしたノリ不作等検討委員会の見解を重視したうえで,短期開門調査結果,漁民の実体験,事業後の実測データなどから因果関係の疎明はあると断じた。さらに同決定は,ノリ不作等検討委員会が本件事業による影響の検証に役立つとした中・長期開門調査を国が未だ実施していない点について,これにより,「より高度の疎明が困難となる不利益」を債権者らのみに負担させるのはおよそ公平とはいいがたいとしたうえで,現在予定されている工事が着々と進行した場合,本件事業全体を様々な点から再検討し,必要に応じた修正を施すことが困難になるとして,保全の必要性も肯定した。総工費2500億円,約94%の工事が完成した諫早湾干拓事業に対して,止まることがないと思われていた無駄で有害な公共事業の典型である同事業の全ての工事にストップをかけたことの意義は,はかりしれない。
 同決定に対する周辺県・市議会の支援決議にみられるように世論の支持は大きく広がっており,これに励まされるように,2005年1月12日,佐賀地方裁判所は,同仮処分異議事件において,「一連の事業による漁業被害の継続の可能性は否定できない」「事業の中止によって生じる損害額が漁業被害を上回ると軽々に断定することは相当でない」として,先の仮処分命令を認可するとともに,国が申立てた執行停止の申立てを却下した。これにより,干拓事業の差止めと有明海再生に向けた展望が大きく広がるところとなっている。
 一方,2003年5月16日の福岡高裁判決とこれに対する農水大臣の上告断念で農民側勝訴の判決が確定した川辺川利水訴訟をめぐっては,この間熊本県が同原告団・弁護団も含む関係団体に呼びかけて,新利水計画の策定に向けた事前協議を開催。この中で国(九州農政局)が,ダムによる取水に限らず,他の水源の可能性についても調査を行うとした合意を反故にしてダム案優位のたたき台案を公表し,ダム案に誘導する強行突破戦略に出てきたのに対し果敢にたたかい,これを阻止して,「初めにダムありき」の姿勢を改めさせて決着させたことは,今後の解決にとって大きな意義をもっている。
 次に大気汚染をめぐるたたかいでも,この間前進をかちとっている。国との勝利和解の誠実な履行を求めて公調委へのあっせん申立てを行い,2003年6月26日あっせん合意の成立をみた尼崎公害のたたかいでは,その後大型車削減目標値の設定,43号線の交通規制区域の範囲,ロードプライシング対象路線の範囲などについて抵抗する国・公団を,あっせん合意でかちとった公開での「連絡会」でねばり強く追いつめ,2005年1月21日「大型車交通量低減のための総合調査」実施の合意が成立。3月上旬から調査実施のはこびとなった。国道43号線の大型車削減に向けて大きな前進と評価でき,今後の具体的削減策の実現に向け,展望を切り開くところとなっている。
 一方,東京大気汚染訴訟では,法廷で1970年代以降,中小型トラックのディーゼル化を推進した被告自動車メーカーの責任を追及。これがなければ,自動車由来の汚染物質(粒子)の74%が削減可能であったことをつきつけて,メーカー側を追いつめると同時に,法廷外では,全国的にディーラー要請行動を展開するとともに,2005年2月,昨年を大きく上回る規模で取組まれたトヨタ総行動の成功に貢献するなどトヨタをはじめとするメーカーへの包囲を強めている。他方,未救済の大気汚染被害者に対する新たな救済制度を求めるたたかいでは,東京都に対し緊急の医療費救済を求める取組みを集中し,都の18歳未満の救済条例改悪の動きを阻止している。この点では,川崎において自動車排ガス汚染の広がる中,川崎市の道路公害責任を裁いた川崎公害判決をテコに,中・北部を含めた全市全年令での医療費救済を求めるたたかいがこの間精力的に展開され,2006年度から実施の答弁をひき出し,さらなる前倒し実施を求めた運動が取組まれている。
 また自動車排ガス公害根絶を求めるたたかいでは,ディーゼル車対策共闘会議の取組みが前進している。この間,同会議は,国の自動車NOx・PM法と自治体レベルのディーゼル規制条例をめぐって,実効性ある規制の実施と国と自動車メーカーの責任と負担に基づく,後付けの排ガス低減装置の開発,装着を求めて運動を展開。とりわけ,後付け装置の開発を一貫してサボり続け,その一方で新車への買換え特需で大きな利益をあげている自動車メーカーの責任を徹底して追及してきた。具体的には,リコール制度に準じて,メーカーに欠陥車とも云うべき規制対象のディーゼル車を回収し,無償で低減装置を装着することを義務付ける国の改善対策届出制度を発動することを求めて,監督官庁である国土交通省を追いつめるとともに,環境省,経産省も含む3省交渉を通じて,自工会に対し,開発状況に関するヒアリングを実施させ,自動車業界ぐるみで後付け装置の開発をサボタージュしている不当性を浮きぼりにしてきた。そして社会的にも大問題となった三井物産のDPF(排ガス低減装置)データ改ざん事件をめぐっても,三井物産と東京都との癒着の構造と都の責任,ひいては一貫して開発をサボタージュしてきた自動車メーカーにこそ本来的責任があることを強調して様々な行動を展開してきた。
 一方,基地騒音公害に反対するたたかいでは,2005年2月17日,新嘉手納基地爆音訴訟で,那覇地裁沖縄支部は,国に対し28億円の損害賠償を命ずる判決を出した。しかし同判決は,原告側が大きな争点とした基地騒音による健康被害の点について,原告各人の生活様式,防音工事実施の有無など騒音の程度は様々で一定せず,騒音暴露量が特定できないとして法的因果関係を認めず,またW値85未満の地域の住民については,航空機騒音は減少しており受忍限度内として,原告のうち約3割にあたる1,650人余の賠償請求を棄却した。同訴訟では,騒音性難聴をはじめとする健康被害について信頼性ある沖縄県健康影響調査を全面に立てて,健康被害との因果関係判断を迫ったにもかかわらず,これを斥け,旧嘉手納と小松・横田・厚木の各新訴訟の判決で認められ定着していたW値75以上での賠償を根底からくつがえした同判決の不当性は厳しく問われなければならない。
 一方同判決は,国に対する差止請求については,第三者行為論を無批判に援用してこれを棄却。あわせて同判決直後の対米訴訟判決では,米国には日本の裁判権は及ばないとして,米国に対する差止請求も却下した。対米訴訟をめぐっては,2004年10月28日の新横田東京高裁判決でも,全く同旨の主権免除論による棄却判決が下されており,主権免除の壁を乗りこえるべく基地司令官を被告として訴えた普天間基地訴訟でも,那覇地裁沖縄支部は日米地位協定を理由に司令官に裁判権免除を与え請求を棄却した。自国の主権をかなぐり捨て,いずれの道からも差止請求の道を閉ざしたまま,違法状態を放置し続ける司法の矛盾は,いよいよここに極まっているというべきである。
 さらに道路建設をめぐるたたかいでも,大きな前進がみられている。2004年4月22日,東京地方裁判所は,あきる野市牛沼地域の圏央道建設に関する国土交通大臣の事業認定と東京都収用委員会の収用裁決を取り消す,画期的な住民勝訴判決を言い渡した。判決は,受忍限度を超える道路公害を生じる瑕疵ある道路の事業認定は,行政の裁量を論ずる余地なく違法であると断じ,かつ事後の公害対策では実効性が認められず,賠償責任のため国家財政にも多大の損害を生ずるとしたうえで,国の主張する交通渋滞の緩和も具体的な裏付けを欠き,事業の必要性は低く,公共性の判断過程に過誤欠落があるため事業認定は違法とした。そのうえで事業認定の違法性は収用裁決に承継されるとして収用裁決も取消し,最後に,計画行政一般につき,事前に司法のチェックを受け得る制度が設けられていない不備を指摘し,都市計画法などで事業計画の適否につき早期に判断する制度の新設まで求めるといった実に画期的な内容となっている。今後の道路建設をめぐって判決の持つ意味は,計り知れない。
 一方,これと併行して各地で道路建設の差止め等を求める裁判・調停のたたかいが進められている。高架バイパス道路建設差止訴訟を提起した広島国道2号線のたたかいでは,裁判の取組みの前進と広島市の財政難が相まって,2007年度までの第2期工事部分の着工を凍結するという前進をかちとっており,名古屋の環状2号線公害調停では,調停委員会から前進的な調停案を引き出してたたかいが進められており,また大阪・茨木市の市道建設をめぐる公害調停では,市に環境影響調査を行わせたうえで,市と住民が道路供用後の公害対策を公開の場で協議する協議機関の設置を内容とする調停が成立している。さらに第2京阪道路建設をめぐっては,門真市・寝屋川市・四条畷市のあわせて6,000名を超える全国最大規模の公害調停が提起され,新たなアセスメントの実施をめぐって果敢な取組みが進められている。