第三 公害裁判の前進と課題

二 道路公害裁判の前進と課題


1 道路公害裁判の前進と課題

(1) 道路建設差止裁判について
 公害道路の建設を差し止める裁判も,圏央道建設に関連して「高尾山にトンネルは掘らせない」を合言葉にした高尾山天狗訴訟が取り組まれ,自動車排ガスによる公害発生や環境破壊,トンネル建設による自然破壊などを鋭く追及するねばり強い闘いが進められている。この間の経過のなかで,八王子城跡のオオタカがトンネル工事が原因で2002年春に営巣を放棄するなど絶滅危惧種のオオタカへの悪影響が証明され,八王子城跡トンネル工事によって地下水脈が破壊されて史跡が危険な状況に置かれていることが明らかになったり,大気汚染・騒音が環境基準を大幅に超える被害が予測されることも明らかになった。
 圏央道関連では,あきる野市牛沼地区の事業認定取消訴訟で,2003年10月3日,東京地方裁判所民事3部(藤山雅之裁判長)が,圏央道あきる野の土地収用を本裁判の判決後10日間停止するという画期的な決定を出した。この決定では国土交通省の内部に激震が走り,マスコミも「行政の暴走に歯止め」と報じた。しかしながら,国交省・東京都は即時抗告を行ない,2003年12月25日東京高裁民事16部(鬼頭季郎裁判長)は行政主張を鵜呑みにして地裁決定を覆し,最高裁も停止を認めなかった。東京都は,2004年2月10日に収用の執行を行う旨,関係住民に対して執行令書を発行するという事態になった。
 東京地方裁判所民事第3部(藤山雅行裁判長)は,2004年4月22日,圏央道(首都圏中央連絡自動車道)建設に関する国土交通大臣の事業認定(2001年1月19日),及び東京都収用委員会の収用裁決(2002年9月30日)をいずれも取消す判決を言い渡した。本判決では,上記決定にくわえて,さらに圏央道建設事業の必要性まで否定する判断を下した画期的判決であった。
 しかし,他方では,上記のように執行停止決定が覆され,最高裁も停止を認めなかったため,収用裁決にもとづいて,代執行手続きが進められ,地権者・住民らは,家の取り壊しや退去を余儀なくされ,司法の限界を示される結果となったのははなはだ残念である。
 広島においても,国道2号線の上に高架道路の建設が強行されていることに関して,工事差止めを求める裁判が提起され,差止請求の適法性,大気汚染,騒音・振動問題,交通政策論などの総論主張を行い,個別の立証について,各原告の陳述書の提出も進めているところである。裁判の取り組みの前進の中で,「見直し委員会」から出された第2次中間報告によれば,国道2号西広島バイパス都心部延伸事業(2号高架)も一旦中止することが適当な事業の中に含まれた。その後,広島市議会側の巻き返しがあり,2004年4月以降,広島市公共事業見直し委員会の活動がストップし,明確に一旦中止するという方向から後退しているが,沿道住民が本件訴訟を提起していることや広島市の財政難の状況が深刻であることを受け,2007年度まで第2期工事部分の着工を凍結するという状況になっており,さらなる取り組みが求められている。
(2) 公害調停での闘い
 公害道路の建設をめぐる公害調停も各地で闘われている。名古屋では,環状2号線東南部の沿線住民3902名が,道路及び関連施設の工事を行ってはならないことを求めて公害調停を申し立て,現地視察が行われるとともに,双方が,調停案を提出するなどして,現在,調停委員会から,「供用開始時点から環境基準等を遵守する」ことなどを骨子とした調停案をがだされており,引き続き闘いをを進めている。
 神戸市の西須磨地域における高架道路建設計画をめぐる公害調停(申立人約3700名)では,6年間の闘いで,住民も参加した詳細な環境調査の実施や住民参加で中央幹線の道路構造を変更させるなどの貴重な成果を勝ち取り,現在,高架道路の建設の最終的な中止に向けて,ツメの取り組みが進められている。
 また,大阪・茨木市の美沢ハイタウンの市道建設をめぐる公害調停(申立人約3000名)では,茨木市に大気質と騒音の現状調査と環境影響調査を行わせ,とりわけ交差点設置による環境への影響を予測されるということまで行わせ,その結果も踏まえて,2004年2月17日,市と住民が供用開始前と供用開始後の公害対策を公開の場で協議する協議会の設置などを内容とする調停が成立した。
 さらに,大阪・門真市の住民が提起している第2京阪道路建設に関する公害調停では,従来の環境アセスメントが現状でも誤りであることが明らかになっていることから,新たなアセスメントを行うかどうかが焦点となって闘われている。2003年5月,門真市の住民約2600名が公害調停を提起し,追加申し立て分を含めて現在門真市の申請は約3300名となっている。さらに,2004年8月27日には寝屋川市,四条畷市でも約2700名による公害調停が提起され,第2京阪道路をめぐる公害調停は,現在6000名を超える全国最大規模の道路公害調停に発展している。
(3) 以上のように,道路公害の根絶と公害道路の建設を差し止める裁判等の取り組みは,大気汚染裁判の着実な前進を受けて,全国各地でねばり強い闘いが続られている。

2 道路製作の抜本的な転換を

 国・地方公共団体の多額の財政赤字,無駄な公共事業への広範な批判,さらに環境破壊の進行など,公共事業の見直しを求める世論は今や大きな流れとなっている。こうしたなかで,最大の公共事業である道路建設に関しても,道路公団の民営化や道路特定財源の見直しの議論も活発になっている。しかしながら,高速道路建設問題では,引き続き高速道路を作り続ける仕組みが温存され,さらに特定財源の見直しに関しても,都市再生と称して都市内の道路建設に振り向けようとする動きが活発化するなど,依然として真の政策転換に背を向ける方向が顕在化してきている。
 わが国の道路政策の最大の問題は,自動車交通の増大を野放しにして,増え続ける交通量に追随して道路を作り続けるという道路建設至上主義あるいは交通量主義にある。そのために,都市内を中心に深刻な大気汚染や騒音などの公害の発生が続き,地方においては採算を度外視した無駄な高速道路の建設が行われてきた。
 従って,道路政策の抜本的な転換は,過度に進行している「くるま社会」の転換の方向を明確にする中で,自動車交通総量の削減を行い,早急に道路公害対策を実施すると共に,公害道路の建設見直しを行っていくことである。

3 総合的な交通政策でくるま社会の転換を

 くるま社会の転換を,道路公害の根絶という側面はもちろん,交通安全や交通弱者(高齢者や障害者)のモビリティーの保障,住み良い街づくりという側面からも重視することが必要になってきている。過度に進行しているくるま社会は,道路公害を深刻化させているばかりでなく,今なお年間1万人近くの交通事故死を発生させ,多数の交通事故傷害者を発生させている。また,公共交通機関の衰退のなかで広範な交通弱者の移動の自由も阻害されている。住民が住み続けられる街づくりという視点からも,従来のくるま中心の交通体系の見直しが求められている。その点では,「交通基本法」の制定や地域交通計画の策定など,くるま社会の転換に向けた法制度を創設することも求められている。
 交通総量の削減と道路政策の抜本的な転換に向けて,道路公害裁判と公害道路建設反対の運動が緊密に連携し,一層の闘いの前進を目指していくことが求められている。