第三 公害裁判の前進と課題

三 基地騒音裁判の前進と課題


1 今年度の動き

 今年度の基地騒音裁判で大きく注目されたのは、新嘉手納が7月に那覇地裁沖縄支部で、新横田が12月に東京高裁で、それぞれ結審を迎えたことに加え、さらに、新嘉手納については、2005年2月17日に判決が言い渡されたことである。
(1) 新嘉手納訴訟
 新嘉手納基地爆音訴訟は、沖縄県健康影響調査を軸に爆音による健康被害の立証に力を注ぎ、結審を迎えた。基地騒音訴訟は、爆音の健康影響ばかりでなく、睡眠妨害、電話妨害、テレビ・ラジオ鑑賞の妨害、学習妨害、団らんの妨害等々、様々な日常生活妨害をすべてを被害として捉え、一定のうるささ指数(WECPNL値75)以上の地域に居住するすべての住民について、これらの被害が発生しあるいは発生する危険にさらされている(共通被害)ことについて、精神的損害を蒙っているとする法律構成をとっている。しかもこうした被害の発生は、医学的、科学的立証ではなく、いわゆる疫学的立証をもって行うことにより精密な立証の負担を軽減し、原告団の拡大に大いに資することとなったことは間違いない。しかしながら、この従来の手法では今ひとつ抜けなかったのが「差止め」の壁である。米軍機の飛行差し止めには、第三者行為論と主権免除論という別途の問題も存在するが、健康被害そのものを全面に出して積極的に医学的立証を試み、健康被害まで発生させる爆音を放置させないという筋道で差止勝利判決獲得に打って出たのが新嘉手納爆音訴訟であり、訴訟手続上も重要な争点として審理された。
 しかしながら、2005年2月17日の那覇地裁沖縄支部判決(飯田恭示裁判長)は、爆音と健康被害との因果関係を認めなかったばかりか、沖縄県健康影響調査についても、公衆衛生学上の立場から、政策的判断として、爆音を健康被害の要因と結論づけているに過ぎず、法的因果関係を示すものではないとして、医学的判断すら殊更に排除した。更には、W値85未満の地域は被害も小さく受忍限度内にあるとして、被害地域を極端に狭く認定するなど、基地騒音裁判の歴史の中でも著しく後退した判断となった。無論、原告・弁護団は直ちに控訴の意向を表明している。
 控訴審では、地裁判決では過小評価された被害実態を正しく認定させ、まずこの後退した判断を撤回させることが最低限度の目標であり、さらに差止勝利判決獲得のための新たな闘いを展開していかなければならない。
(2) 新横田訴訟
 新横田基地訴訟は、2002年5月の地裁判決で危険への接近論と陳述書による個別被害立証の不足を理由に、損害賠償の大幅な縮減を強いられたものの、東京高裁では、裁判長自らが進行協議期日においてこれらの地裁の判断を見直す考えを示しており、これまで築き上げられてきた基地騒音裁判の流れに沿った判断が見込まれている。しかしながら、控訴審を担当する江見弘武裁判長は、大阪空港訴訟最高裁判決に調査官として関与したと目されている人物でもあり、同最高裁判決以来の判断枠組みについても見直しの必要があるのではないかという見解を示しており、5〜6月にも言渡しが予想される判決に対しては予断を許さないところである。
 まして、先の新嘉手納の地裁判決の後であるので、その判断内容は、今後の基地騒音裁判の行方を占うものであると言っても過言ではない。
(3) 対米訴訟
 新横田訴訟のうちアメリカ合衆国を被告とする裁判について、東京高裁は12月28日、2002年4月の最高裁判決を全面的に引用する判決を出しており、米軍機による騒音裁判においてはアメリカ合衆国政府が被告となることはないという判断を改めて示した。
 先の新嘉手納地裁判決でも、併せて対米訴訟判決が出されているが、新横田最高裁判決を無批判に踏襲するものとなっている。
 これらはいわゆる主権免除論による判断であるが、他方で国を被告とする飛行差し止め請求については、1993年の最高裁判決以来いわゆる第三者行為論によって請求を棄却する判断が続いており、何よりもまず原因を取り除くという、公害事件における救済の大原則が、こと基地騒音裁判では果たされないまま今日に至っているのであり、不法行為の中止を誰に対しても求めることができないという大矛盾が裁判所の判断に生じているのである。
 こうした矛盾を克服するための工夫が試みられたのが、普天間基地爆音訴訟であった。これは、アメリカ合衆国政府ではなく、基地司令官を被告として訴えることにより、主権免除の壁を乗り越えようとするものであった。しかし、2004年9月、那覇地裁沖縄支部は、日米地位協定を理由に司令官に裁判権免除を与える判断を示し、差止め判断を回避した。しかし、この判決も翻ってみれば国の責務を問うものでもあり、むしろ、いよいよ争点は絞られてきたと見るべきであろう。
(4) 小松訴訟
 今年度は小松基地訴訟控訴審も審理に入った。2002年の地裁判決では、救済範囲の拡大を勝ち取ったばかりか、自衛隊機差止め請求についての適法性の壁を突破している。控訴審では健康被害調査を梃子として、平和で静かな空を取り戻す闘いに、さらなる前進が期待されている。

2 飛行差し止め獲得に向けて

 新年度の最大の目標は、何より飛行差し止めの獲得である。
 爆音が住民の睡眠を妨げ、健康被害をもたらし、人間らしい生活を破壊し、ひいては地域社会さえ破壊することは、裁判所の認定において避けて通ることのできない問題である。裁判所がこれ以上、この不正義を放置することは、到底許されない。
 基地騒音裁判では、これまでとかく判決の獲得に力を注ぐあまり、運動面でのエネルギーに欠ける傾向があったことは否めない。差止め判決を獲得することが最大の目標としても、背景としての法廷外での運動を一層強め、裁判所の英断をバックアップする態勢なしには、判決の獲得は覚束ない。各地の訴訟団、弁護団の連携した運動こそが、今年度最大の課題と言える。
 新嘉手納判決及び新横田判決は、こうした運動を強める絶好の機会であり、これを足掛かりとして政治課題に持ち込むほどの勢いが必要である。

3 在日米軍再編による影響と課題

 アメリカ合衆国では、ブッシュ大統領が2期目に入ることとなり、これに合わせるように在外米軍の再編が急ピッチで進められている。無論在日米軍も例外でなく、更には自衛隊の再編にまで影響を及ぼしている。
 東西冷戦構造に対応した編成から対テロ戦争への布陣へと再編が進められ、在日米軍基地の利用のされ方も自ずと変化を余儀なくされ、自衛隊基地を含む国内の基地のあり方自体が変化していくことは確実である。日本政府の対応はといえば、沖縄の負担の軽減を眼目の1つに据えているものの、その実は日本列島の総沖縄化であり、米軍専用基地から自衛隊との共用基地への変更が取り沙汰されている横田基地の例などは、地元市町にさえ情報が開示されないまま事は進められているのが実態であって、各地の基地周辺住民は「再編」の大波に翻弄されているのである。
 こうした再編問題に対しても手を拱いているのではなく、各地の訴訟団、弁護団が積極的に情報を入手し、防衛庁、防衛施設庁、外務省、内閣府、更には各自治体に働きかけ、継続的に運動を展開していくことが必要であろう。