第三 公害裁判の前進と課題

五 海・川を守るたたかい(ダム,埋立・干拓)の前進と課題


1 海・川を守るたたかい(ダム,埋立・干拓)と到達点

(1) ダム
a 戦後のダムの乱建設
 戦後60年間,日本中の主な河川は,その上流に巨大なダムが建設され,蛇行していた流れは不自然なまでにコンクリートでまっすぐに固められた。
 水資源の確保,災害の予防,電力の安定供給など,様々な目的をつけて,巨大ダムは建設されていった。
 その結果,村は水没し,河川上流域での人々の生活は奪われていった。
 そして,ひとたびダムで川の流れを堰き止めると,澄んでいた川の水は濁り,かつての清流は濁流へと変わり果て生態系を破壊する。その上,ダムの内側には堆砂がたまり,ダム自体に寿命があるばかりではなく,その堆砂によって,下流域の環境,そして,河川が流入する海域の環境をも徹底的に破壊し,河川及び海域で暮らしている人々の生活,とりわけ漁業者に壊滅的な打撃を与えかねない。
 しかしながら,水資源の確保,防災,電力の供給などのお題目のもと,ダムの建設はとどまるところがなかった。
b 脱ダム宣言,そして川辺川
 安易な理由でのダム開発が止まらない中,2001年,田中康夫長野県知事が「脱ダム」宣言を行い,ダムに頼る治水のあり方に疑問を呈する世論が高まっていった。
 そして,2003年5月16日,福岡高等裁判所は,熊本県相良村に計画されている川辺川ダム(国営川辺川土地改良事業)の建設に対して,「ダムの水はいらん」と立ち上がった農民たちの声を聞き入れ,事業推進に必要な法が求める農家の3分の2以上の同意がないとして,農民側完全勝訴の逆転判決を下した。同月19日,農水大臣は上告を断念し,この福岡高裁判決は確定した。
 一度計画されると完成するまでは決して止まることがないと思われていた巨大公共事業であるダム建設に農民たちが待ったをかけた歴史的画期的な瞬間であった。
(2) 埋立・干拓
a 干潟の開発
 かつて日本中には広大な干潟が数多く存在していたが,平野部の少ないわが国において,戦後,干潟は格好の開発の標的とされ,戦後数十年の間に,わが国の干潟の約40%が消失するに至った。
 しかし,干潟は,栄養塩等が豊富で生き物たちの楽園であり,しかも,そこに暮らす底生生物の作用により汚濁した水を浄化するいわば天然の浄化槽ともいえる役割を担い,また,渡り鳥にとっては貴重な中継地であり,干潟の消失は地球規模での環境破壊につながる愚行であると認識されるに至った。
 そこで,1971年にいわゆるラムサール条約が採択され,干潟をはじめとした水辺環境の賢明な利用と保全が国際的に重要な課題となった。
 ところが,わが国では,戦後の食糧難時代に計画された干潟の開発計画が亡霊のように生き続け,開発優先の傾向には歯止めがかからなかった。
b 干潟開発に反対する国民の声  〜よみがえれ!有明海訴訟〜
 このような中,1997年4月,国営諫早湾干拓事業における潮受堤防の締め切り(いわゆるギロチン)のショッキングな映像が日本国中に流れ,それを契機に,干潟に対する埋立や干拓などの安易な開発と環境破壊に反対する国民世論が沸きあがってきた。
 この世論の盛り上がりを背景として,全国各地の干潟の開発に対して計画の見直し,事業の中止の動きが出てきた。
 しかしながら,世論を喚起する契機となった有明海の諫早湾干拓事業については,計画の抜本的な見直しがなされぬまま事業が進んでいった。
 2002年11月,有明海の漁民と全国の市民らが,諫早湾干拓事業の差止めを求めた「よみがえれ!有明海訴訟」の本訴と仮処分が提起された。
 ただ,この間もずっと事業は継続され,2004年の段階で事業は約94%の進捗率に達していた。
 2004年8月26日,佐賀地方裁判所は,総工費2500億円,約94%工事が完成した諫早湾干拓事業に対して,事業の続行禁止を命じる仮処分決定を出し,同日,止まることがないと思われていた無駄で有害な公共事業の典型である諫早湾干拓事業のすべての工事はストップした。
 さらに,2005年1月12日,佐賀地方裁判所は,上記仮処分決定に対して国が出していた保全異議及び執行停止の申立をいずれも退けた。

2 今後の課題 〜工事の差止から環境の再生へ〜

(1) このように,目的が破綻していようと,効果がなかろうと一度決めた計画であれば決して止まることがないと思われていた巨大公共事業であるダム開発と干拓であるが,近時,川辺川利水訴訟の勝訴判決,そして,よみがえれ!有明海訴訟の仮処分の勝利など,事業の中止を命じる裁判所の判決・決定を勝ち取るに至っている。
 ただ,首都圏での八ッ場(やんば )ダム建設事業など,治水上も利水上もその必要性に疑問が呈されている事業が継続されているなど,なお予断は許さない状況にあり,今後は,川辺川,有明海で切りひらいた流れを確かなものとし,さらに前進させていくたたかいが重要になってくる。 
(2) また,同時に,従来型の裁判所の訴訟手続きを中心としたたたかいにはおのずと限界があることも明らかとなってきた。すなわち,判決の基礎となる因果関係の問題については,海・川の自然環境の解明には物理・化学・生物などの学際的な知見が必要であり,科学的な複雑さを極めているし,また,工事の差止あるいは損害賠償といった司法による解決方法によっては,破壊された環境の回復といった目標にまで司法が関与することには限界がある。
 そこで,公害問題に関する因果関係の認定に関して専門的な機関である公害等調整委員会の原因裁定を活用することによって,より精緻かつ能動的な因果関係の調査検討,裁定を実現することも十分に考えられる。現に,よみがえれ!有明海訴訟においては,いわゆる有明海異変と諫早湾干拓事業との因果関係について,公害等調整委員会に原因裁定を求めており,間もなくその裁定が出る予定である。
 さらに一歩進んで,公害等調整委員会の調停手続きや,川辺川問題における調整役である熊本県にみおられるような公正・中立的な行政機関を利用することで,事業の差止,損害賠償にとどまらず,自然環境の回復にまで含めた問題の解決を図ることが今後の課題となろう。