〔2〕黒部川排砂ダム(出し平ダム、宇奈月ダム)被害事件
出し平排砂被害訴訟弁護団 事務局長 青島明生


1 被害の概要
 まず、経緯は、関電が黒部川に設置した全国初の排砂ゲートを有する出し平ダムの排砂によって真っ黒のヘドロが排出され、黒部川を流下したことに始まる。ヘドロは海底に堆積して漁業被害が発生。これに対して、富山県漁連が県内全漁協の委任を受けたとして関電と交渉して数十億円の被害補償を受け取った。しかし、直接被害を受けた漁業者にはごく僅かしか配分せず、残りは「振興対策費」だから被害者に配分する必要はないとして、県議会議長でもあった県漁連理事長の選挙対策のために選挙地盤の自治体に数億円を寄付したり、余った数億円のお金を保管しながら詳細を明らかにしなかった。他方関電は、これでお墨付きを得たとして毎年のように排砂を繰り返した。さらに出し平ダムの下流に国土交通省が同様の排砂ゲートを有する宇奈月ダムを完成させ、「連携排砂」と称して両ダム同時に排砂してさらに被害を拡大しているというものである。
 排砂開始後海流の影響により黒部川河口以東の海底でヘドロの堆積は進み、地区によって多少の違いはあるが94年頃から、ヒラメ、マゴチ、車エビなど底魚が捕れなくなり、養殖ワカメも発芽しなくなった。これによって、ワカメ養殖は壊滅、刺し網の漁獲量は排砂前の数分の1に減少した。当地では回遊魚を狙う定置網、沖合でズワイガニやバイなどを狙うカゴ漁、そして遠洋と様々な漁業が営まれているため各漁協では刺し網漁業者は少数に過ぎない。周辺漁協は経営が苦しいため県漁連がばらまく補償金や振興対策費等は貴重な財源となり、排砂に反対しなかった。結局直接被害を受けている20人程度の刺し網漁業者、ワカメ養殖組合が、富山湾の環境とキトキト(活きがいいという意味)の富山湾の魚を守るために、被害の調査や環境に影響の少ない排砂方法の検討を求めて立ち上がったのである。

2 これまでの取り組みの概要
 被害者、弁護団、支援組織のこれまでの取り組み次のようなものである。
(1) 関電との補償内容の報告を求める民事調停
 漁業者20人余が県漁連を相手に申立。県漁連は漁業権は漁協に属しているから個々の漁業者は権利者ではなく、委任も受けていないとして報告義務を争い、不調終了。
(2) 富山県公害審査会に公害紛争調停
 01年6月11日 関電と国土交通省に対して、排砂の中止、海底環境等の調査の実施、海底のヘドロの除去、被害補償等を求めて申立。排砂時の河川、海域の水質等を調査してきた金沢大学理学部の田崎和枝教授の参考人陳述も含め10回の調停期日の末、調停委員長が、「魚類、底棲生物、海藻に与える影響について申立人らの意見を聴取して調査を実施する」旨の私案を提案しましたが、関電らはこれすら拒絶し、02年11月6日打ち切り。
(3) 被害訴訟を富山地裁に提訴
a 訴訟の内容、訴訟救助決定
 02年12月4日関電を相手に、漁業者らの操業している漁業行使権海域へのヘドロの流入差止、除去、漁業被害の補償を求めて提訴。なお、訴訟救助を申し立て、裁判所はこれを認めた。
 関電は、被害は存在しない、排砂とは因果関係がない、漁獲の減少を損害とすることはできない、漁業権の主体は単位漁協であり漁業者ではなく当事者性がない、県漁連との間で行った示談の効力が及ぶ等と争っている。
b 原因裁定嘱託の申し立て
 海底で起こっていることを立証することは困難を極める。県は関電に遠慮してか被害調査すらしてくれない。裁判手続でこの点の立証をすることは大変である。また、上記の通り因果関係以外に多くの争点がある。そこで原告らは公調委で因果関係を明らかにしてもらうために裁判所に対して公調委に原因裁定を嘱託するように申立てた。関電は、被害の発生すら証明されていないとして嘱託に反対したが、双方意見をたたかわせた後、04年8月4日裁判所は公調委に対して原因裁定を嘱託した。公調委初の裁判所からの嘱託とのことである。嘱託事件のため審問手続では、当事者を原告、被告と呼んで手続を進めている。
 公調委では、同年10月28日、12月26日と2回の審問が行われ、当事者双方に釈明、専門委員の人選について意見聴取が行われ、次回、2月23日には専門委員が選任されて調査が開始される見込みである。なお、裁判の方は、9月22日第9回以降公調委での審問の状況を見るため審理は実質停止中の状態である。
(4) 報告義務履行請求訴訟
 被害訴訟と同時に、県漁連を相手に、受任者として、関電との交渉経過、合意内容、合意書等の状況、金員の総額、配分・費消・保管状況及び会議と記録の状況についての報告に加え、文書の交付(交渉過程で作成・提出文書・資料、議事録、配分基準、配分委員会の議事録等)を、報告義務の履行として求める訴訟を提起した。
 被告県漁連は、既に口頭で報告してある、文書の交付義務はない、などと争った。富山地裁は、03年10月22日、関電との漁業補償に関する交渉の経過、受領した一切の金員の配分基準の報告を命じ、その余の部分と文書の交付については請求を棄却した。
 私たちは、複雑な内容の被害補償交渉について、しかも、県漁連は関電から受け取った金額の相当額を自ら取得していることから利害相反もあるため、請求した内容の全ての報告とこれに関する文書の交付が不可欠だとして11月4日名古屋高裁金沢支部に控訴した。
 控訴審では04年2月4日に第1回があり、同年12月13日第7回で結審し、本年2月28日判決予定である。控訴審では、裁判所は県漁連に対して、報告・交付できるものはできるだけすべきだと指示し、相当程度の報告をさせた一方、PTA役員に対して緩い説明義務しか認めなかった過去の判例を引き合いに出したり、「排砂実施について今後一切の異議請求をしない」との領収書兼確認書の記載を指摘するなどして、必ずしも当方の請求に理解がある姿勢には見えなかった。判決内容が注目される。

3 支援ネットワークの活動と今後の方針
 03年の5月31日富山県内の環境保護グループ「黒部川ウォッチング」が中心となって被害訴訟を支援する県民のネットワークが立ち上がった。ビラ・チラシの作成、ホームページ(http://homepage2.nifty.com/haisa/index.html)の立ち上げ、機関誌「きときと通信」の発行、適宜専門家を招いての講演会の開催など盛んに取り組みをしている。
 もちろん当事者の漁業者も「キトキト」の魚が捕れる富山湾と漁業を子孫に残すことを目標として、地元にチラシを配布したり、アースデーに参加したり、国会要請を行ったりと積極的に運動に取り組んでいる。ぜひ今後のご支援をお願い致したい。