〔3〕普天間基地爆音訴訟報告
普天間基地爆音訴訟弁護団


1 外国軍駐留の異常性を示した事故
 2004年8月13日に海兵隊所属の大型輸送ヘリコプターCH53Dが普天間基地に隣接する沖縄国際大学に墜落した事故は,この狭い沖縄に2万6千余もの米軍が駐留している異常性をあらためて浮き彫りにした。
 ヘリコプターは大学事務棟に衝突して炎上するとともに,周辺50箇所近くに機体の1部や破片を飛散させる極めて甚大な被害をもたらした。それにもかかわらず,県外での関心は極めて薄く,米軍に至っては,大学構内に墜落させて人身被害を防いだ,とパイロットを賞賛する始末である。ここでは,8万7000の人口を有する市の中心に軍事航空基地を設置する欠陥ゆえの事故であることは忘れられている。
 米軍の事故処理にも重大な問題があった。それは,事故発生後米軍は地元消防より早く現場に到着したが,初期の消火活動を終えてからも現場を封鎖し,沖縄県警や大学関係者らの立ち入りをも拒んだことである。
 そもそも,在日米軍地位協定では,犯罪捜査についての日米「相互援助」を定めているだけであって(17条6項a),基地外での米軍の警察権は「合衆国軍隊の構成員の間の規律及び秩序の維持のため必要な範囲内に限る」(同条10項b)とされている。したがって,本件事故においては,消火活動や人命救助のための出動は緊急避難として認められるとしても,その後の米軍による現場封鎖や報道機関に対する取材妨害などは地位協定の解釈以前の違法行為である。米軍は,現場の管理権者である大学の許可を得るか,もしくは日本警察による強制捜査への補助者として現場に立ち入って,自らの財産である機体の検証もしくは撤去をなすべきであった。
 今回の事故は,外国に駐留する軍隊はその派遣先の市民の人権を侵害することについて何の痛痒も感じないという事実を示したものといえる。

2 辺野古海上基地建設問題への影響
 ヘリ墜落事故後の県民世論調査では,名護市辺野古への基地移設賛成は6%にまで落ち込んでいる。保守系が多数を占める宜野湾市議会でも,SACO合意見直しと辺野古移設再考を求めるという画期的な決議が事故後直ちになされた。
 しかしながら稲嶺県政と那覇防衛施設局は,事故を利用して逆に辺野古移設をスピードアップするという暴挙に出てきた。
 2004年4月19日以来の辺野古漁港でのテント座り込みによって阻止してきた建設予定海域のボーリング調査についても,ついに那覇防衛施設局は9月9日に調査開始を強行した。ボーリング調査は63箇所に櫓を設置して海底20数メートルまで掘削して地質調査をするというもので,この調査自体がサンゴや海草などに打撃を与え,ジュゴンの棲息環境にも重大な影響を与えることが懸念されている。さらに防衛施設局は,11月半ばからは,ボーリング調査のための潜水調査を終えて予定箇所の海域で仮設櫓の設置工事を強行しており,これに対しても,阻止船やカヌーなどで連日海上での阻止行動が続いており,2月時点ではまだボーリングのための杭打ちを一本もさせていない。

3 辺野古の環境アセス問題
 海上基地については,環境影響評価法に基づいて2004年4月28日に方法書が公告縦覧された。しかし,方法書には建設後の航空機の運用状況や莫大な埋土用の土砂の確保先など必要な情報がまったく記載されてなく,方法書の体をなしていない。
 地元では,市民が沖縄ジュゴン環境アセスメント監視団を結成し,アセスの各手続に関与する取り組みを進めており,方法書に対する意見書提出の運動を行ったところ,1000通以上もの意見書が提出された。
 この方法書については沖縄県環境影響評価審査会の審議が重ねられたが,この過程で,沖縄県当局は公聴会を開催しないというかたくなな態度をとったものの,審議の途中で傍聴者の発言を1時間以上にわたって聴くなど,審査会は事実上の「住民討論会」の様相を呈した。その成果もあり,審議会答申では,ボーリング調査については「少なからず環境への影響が生じることから,環境への影響を十分に検討させた上で実施させる必要がある」とまで記載させることができた。
 ところが,答申を受けた11月29日の沖縄県知事意見書では,40項目もの環境保全措置を求めたものの,ボーリング調査に関してはアセス対象事業ではないとしてこの審査会答申を無視した内容とされた。

4 爆音訴訟の進行状況
 さて,普天間基地爆音訴訟は,まだこの間も弁論で双方の主張が継続している状態である。
 この中で,弁護団では,沖縄国際大学へのヘリ墜落事故を訴訟で取り上げられないかと考え,事故現場の検証を求める証拠保全申立をなした。爆音の精神的被害は墜落と戦争の恐怖によって増幅されており,この恐怖はまさに本件の事故によって現実のものとなったからである。報道で間接的に見る墜落現場と現実に足を運んで見る墜落現場は全く異なる。現場を直接見た誰もが,このような狭い市街地の民家が間近にある場所で事故が起こったということに改めて驚きを感じるはずである。しかし裁判所は,事故の事実は公知であり,立証は報道や写真,電磁的記録によって十分に可能である,として証拠保全申立を却下した。検証という証拠調べ手続きの意義を看過する極めて不当な決定であるが,今後弁護団は別個の機会をもうけて法廷での事故当時のビデオ上映などを実現させたいと考えている。

5 被告普天間基地司令官に対する訴訟
 普天間基地司令官個人に対する損害賠償請求については,那覇地裁沖縄支部は,司令官が職場住所地(普天間基地内)での受領を拒絶しており住所も不明であることから訴状の公示送達に踏み切り,その後2004年6月17日の弁論期日(通算第6回)でいきなり分離結審を宣告し,同年9月16日,原告らの請求を棄却する不当判決をなした。
 公示送達をなした以上擬制自白は成立しないのであるから,原告に対して十分な主張立証の機会を与えるべきであるが,それを許さないまま判決を強行したのである。地裁判決は,ファントム機墜落事故に関する横浜地裁判決と同様,米軍人個人に対する日本の裁判権自体は肯定したが,民特法1条の解釈により,国家賠償法での公務員個人責任否定論の最高裁判例を引用しつつ,米軍人の公務中の不法行為については個人責任は否定されると,極めて安易に結論を導いた。ここでは,在日米軍地位協定が米軍人個人に対しては単に強制執行免脱の特権を付与しているだけであること,また,日本の公務員と米軍の公務員との間にはその統制上の相違があることなど,弁護団が指摘したことがまったく検討されていない。
 このため弁護団は,福岡高等裁判所那覇支部に控訴し,現在控訴審での審理中である。

6 普天間基地の閉鎖に向けて
 前述のとおり,辺野古の代替施設建設は,那覇防衛施設局が「事前調査」にすぎないと主張するボーリング調査さえ,現場のたかかいによって大幅な遅延をさせている。このため,米国政府内からは普天間基地の辺野古への代替については疑念の声が挙がってきており,移設を立案したクリントン政権のキャンベル元国防次官補も,現時点において辺野古移設は現実的ではないと発言している。また,2005年2月の報道では,SACO合意に固執していた日本政府内からも辺野古移設の見直し発言がなされるようになった。普天間基地の辺野古移設を条件としない無条件返還に向けて情勢は進展しつつある。