イタイイタイ病とカドミウム汚染のたたかい
弁護士 青島明生


第1 イタイイタイ病認・判定問題

 患者・要観の現状(04年末現在)は以下のとおりである。
  (1) 認定患者総数188名(生存者3名、新規認定者1名)
  (2) 要観判定総数334名(生存者2名、新規判定者0名)
 03年末から2回の認定審査会が開かれ、4名(実質3名)の申請者に対し、患者認定1名、不認定1名。前回不認定に対する2名の異議は棄却された。要観察者は新たな判定はなかった。
 この間の度重なる不認定に対して03年10月16日2名、04年1月17日2名の計4名が国の公害認定補償不服審査会に審査請求を申し立て、反論書の提出と、県側が審査会に過去のX線写真を全て出していないので物件提出要求などを行った。このうち一名が再度の認定申請後死亡し、剖検が行われ骨軟化症が認められ認定となった。しかし、前回の不認定時には既にイタイイタイ病であったと見られるので審査請求を維持している。
 昨年、長年イタイイタイ病患者の病理解剖に当たってきた北川元医薬大教授が認定審査委員から外された。委員の中で唯一直接患者を診てきた方であり、その余の委員は患者の診療経験に乏しい。
 これらのことからわかるように、相変わらずイタイイタイ病の認定行政は患者切り捨てであり、不服審査手続きでその不当性を明らかにし、改善を求めていく。

第2 イタイイタイ病研究について

1 最大の成果=イタイイタイ病研究の社会学的研究の発表
 これまで行われてきた環境省委託のイタイイタイ病の研究については、例えば妊娠等の負担をかけないオスザルにカドミウムを投与するなど巨額の費用をかけて不適切な実験を行い、その結果は住民の予想どおり、イタイイタイ病の再現ができない状態が続いたが、これをカドミウム原因説に疑いがあるようにまとめたり、研究班員が個々に優れた報告を出しても、評価委員と称する幹部がこれを「未だ明らかではない」とまとめたりする等、イタイイタイ病の医学研究には重大な問題があった。しかし、住民、弁護士は十分に問題点を解明、指摘できないできた。
 しかし、昨年この問題を社会学の立場から解明する報告書が出された。故飯島伸子元都立大教授の研究を受け継がれた、奈良教育大の渡辺伸一先生と明治学院大学の藤川賢先生が出された「イタイイタイ病およびカドミウム中毒の被害と社会的影響にかかわる環境社会学的研究」(平成11年度〜平成13年度科学研究費補助金基盤研究(B)(1)研究成果報告書)がそれである。
2 イタイイタイ病セミナー
(1) この内容を04年11月27日富山県民会館において開催された第23回のイタイイタイ病セミナーで報告していただいた。このセミナーは,被害地域住民がイ病に関する先端的研究の成果と現状を知り,患者救済,汚染土壌復元,カドミウム発生源対策等の運動を広げる目的で,81年から毎年開催されているものだが、今回は被害地域住民をはじめとする約130名が参加し,渡辺伸一氏と社団法人海外環境協力センター顧問の橋本道夫氏(厚生省の初代公害課長として,イ病の発生原因が神岡鉱業所から排出されたカドミウムによるものであることを明言し,イ病を公害病と認定したいわゆる「厚生省見解」(68年5月発表)策定の中心となられた人物で「私史環境行政」を著しておられる。)の講演に聴き入り,盛んな質疑が行われた。
(2) 渡辺伸一氏は、「環境省研究班における「医学論争」を考える−因果関係の認否をめぐって−」と題し、次のように報告された。
  1. 環境省イ病研究班はなぜカドミ暴露とカドミ腎症の因果関係を認めないのか、その理由は,カドミ説批判論者(研究者)が「因果関係を認めたくない」との非科学的態度をとっていること,そして,70年代以来のいわゆる「まきかえし」の影響を受けてカドミ説批判論者(研究者)が研究班内でいまだに発言力を持っていることなどである。すなわち,イ病研究班の分科会段階ではカドミとカドミ腎症との因果関係が認められているにもかかわらず,その報告を受けた研究総括委員会では,「まきかえし」の影響を受けた論者たちが「未解明」な点があることを強調して因果関係を否定するのである。これは一見科学的に見えるが,因果関係を肯定する様々な研究が多数存在しているし,「未解明」ばかりを強調する態度では永久に因果関係を否定することになるから,非科学的である。
  2. 環境省はなぜカドミ腎症を公害病であると認めないのか、環境省は,カドミ腎症を公害病として指定しない理由を「自覚症状に乏しい」「日常生活には支障がないので病気とは言えない」と説明している。しかし,カドミ腎症は不可逆的な疾患であり,カドミの摂取を止めても増悪し,生命予後も短縮することが明らかとなった現在,環境省の説明は苦しい言い訳にすぎず,患者の健康が害されている以上は,これを公害病と認めるべきである。そして,68年の「厚生省見解」がそうであったように,イ病研究班がカドミ腎症の原因をカドミであると断定しなくても,環境省がカドミ腎症を公害病として指定することは可能である。その指定をしない同省の姿勢が問われる。
     環境省がカドミ腎症を公害病に指定しないのは,「まきかえし」の影響によるものである。すなわち,74,75年頃までは,環境庁(当時)も公害病指定に積極的であった。しかし,それ以降,日本鉱業協会や自民党等の「まきかえし」が始まり,他省庁からも農地復元費用の負担について不満が出始め,79年頃以降,環境庁が公害病の指定に消極的な態度をとり続けている。
  3.  今後の課題について、重篤患者の救済だけではなく,ミニマム影響を解明することが必要である。
(3) 橋本道夫氏は、「イタイイタイ病と厚生省見解」と題して次のように報告された。
  1. 渡辺助教授は公害行政の本当の姿を代弁して下さった。謝意を表したい。
  2. 公害に係わる健康被害としての疾病については,因果関係をめぐる論争が大きな問題となるのが常である。イ病についても同様の問題が生じていたため,「イ病という疾病とその因果関係をどのように取り扱うか」について,厚生省としての立場を明らかにする必要があった。厚生省として,その立場を表明したものが68年5月8日に発表した「富山県におけるイタイイタイ病に関する厚生省の見解」である。
     当時公害課長であった自分は,「因果関係をめぐっての科学的議論はいくらでも出来る。議論することは大切だが,公害行政においては『不確定要素による決断』『論争のなかでの決断』に踏み切ることが必要であって,そうでなければ,ただでさえ後追いになっている被害者への救済が一層遅れてしまう。救済がこれ以上後追いになってはならない。」との信念で,省内及び関係各省庁と折衝したが,通産省との交渉は非常に難航した。
  3. 公害行政においては情報公開が非常に重要と考えていたので,これを常々強調し,積極的に情報公開をした。情報公開によって事実を知れば,民衆は怒る。民衆の怒りが向けられることによって行政が動くと考えたからである。残念ながら,怒ってもらわないと行政も動かない,伸びないという側面がある。行政に対してどんどん怒ってもらうことが,公害行政を進展させていくために非常に重要だとの思いは現在も変わらない。
(4) このように、今回のイタイイタイ病セミナーでは、イ病をめぐる公害行政の実態や問題点について,社会学的側面からアプローチするという従来にない視点からの講演に,盛んな質疑が行われ,地元住民からも「長年の思いを代弁してくれた」など満足の声が聞かれた。その一方で,イ病をめぐる公害行政に依然ブラックボックスの部分が残されている実態もまた明らかにされた。座長の加須屋實富山医科薬科大学名誉教授は、「被害住民の怒り」によって,こうした行政の姿勢を動かしていくことが今後の運動の重要な課題の一つであると総括された。

第3 発生源対策について

(1) 04年は,5月の大量降雨時神岡鉱山の会社施設の処理能力を超える濁水が発生し,ポンドから溢流した。また、11月には施設から重油が高原川に流出する事故,台風23号来襲時のサンプリング採取の遅れ等々,危機管理に対する会社側の体制の脆弱性が露呈した年であった。危機管理体制の抜本的見直しを求めていく必要がある。会社も不備を認め,本年6月を目処に体制の整備・確立に努める旨,約束した。
(2) 廃止鉱山内の坑道の維持・管理は発生源監視に不可欠であるところ,8月に行われた全体立入調査時の質疑において,会社から,主要幹線坑道,通気用竪坑及び水系統チェック用の坑道は将来にわたって維持・管理すると確約した。
 現在,維持・管理すべき坑道の範囲につき具体的な詰めの作業を継続中である。
(3) 会社の生産工程の変更等は事前に住民側に報告して了解を得るとの合意・慣行に反して,ストック煙灰が溶鉱炉に投入され,この件については会社側から遺憾の意の表明があった。
(4) 会社は,05年度から,現在のバッテリーに加えて小型シールドバッテリー(国内1万4000tのうち6000t受入)を原料とする鉛精錬工程に移行する計画。コークスのコスト高のため,重油を燃料とする直接溶解炉を新たに設置・稼動させる。新工程については,監視が必要である。
(5) 排煙関係
 煙灰からのカドミ抽出率の向上と鉛銀残渣中のカドミ濃度の軽減を求めてきたが,一定の成果をみた。引き続き改善・工夫を求めていく。 新しく設置・稼動する鉛直接溶鉱炉工程について排煙対策を求めていく必要がある。
(6) 植栽関係
 銅平地区での植栽・道路付け工事は,事業計画は出来ているものの,台風の影響で道路が崩落したため,進展しなかった。道路復旧の見通しは現在のところ立っておらず,事業の遅れが懸念される。 栃洞露天掘り跡地の裸地の植栽は徐々に進んでいる。
 以上、豪雨・台風時に十分な対処ができないこと、重油流出事故の発生、住民に無断でストック煙灰を投入するなど、今年ほど会社側に問題ある対応が相次いだ年は少ない。
 社長が交代したが、会社側に一種の弛緩した姿勢が認められるというべきであり、会社役員・従業員も含めた会社全体の公害防止意識の徹底を改めて求めた。

第4 復元について

 これまで未解決であった市街化区域の復元問題について、一定の条件が付されたとはいえ、復元工事実施の考えが県側から示された。前進でありこれまでのねばり強い、道理のある要求の成果と評価すべきであろう。

第5 その他

1 内外からの清流会館の見学など
 韓国のKBS韓国放送の4名が取材のため、また、韓国環境援助団体も視察のため、清流会館に来館した。韓国でカドミウム被害が生じ始めたための取材、訪問ではあると思われるが、カドミウム被害防止・救済についての情報や人材が清流会館で得られるためであろう。また、活動報告のとおり、学童、学生から専門家まで来館が少なくない。カドミウム被害の実情を知らせるための充実した資料館が必要なゆえんであり、単なる資料の保存だけではなく積極的に情報を発信するなり、環境教育の場、交流の場となるように、早急にカドミウム被害総合センターが設置されるよう、ますますの取り組みの強化が必要である。
2 市町村合併
 本年4月からカドミウム汚染地域である大沢野町、八尾町、婦中町は富山市と合併し、全ての汚染地が新富山市となる。このように運動が長年続く中で地域の状況は変わり、また、関係者の高齢化という困難な条件もあるが、再発防止、被害救済、復元というカドミウム被害の根絶に向けて、新しい世代、環境に関心のある多くの人々の参加が得られるように、引き続き取り組みの強化が必要である。