〔2〕新嘉手納基地爆音訴訟のたたかい
新嘉手納基地爆音訴訟弁護団


第1 はじめに

 2005年2月17日,那覇地方裁判所沖縄支部において,新嘉手納爆音訴訟の判決があった。提訴から4年11ヶ月後の判決であった。原告団・弁護団は,健康被害,とりわけ騒音性聴力損失の立証に力を注ぎ,夜間早朝の飛行差止を求めて,精密かつ重厚な主張・立証を行ってきた。それだけに満を持して判決を迎えた。しかし,言い渡された判決は,まさに最低最悪の反動判決であった。嘉手納基地の旧訴訟判決や小松基地・横田基地・厚木基地の新訴訟判決よりも大きく後退した内容であった。原告団・弁護団とも,怒り心頭に発している。以下に訴訟の経過と判決の内容を報告する。

第2 訴訟経過の報告

 嘉手納基地周辺の6か市町村(嘉手納町,北谷町,沖縄市,具志川市,石川市,読谷村)の住民5540名は,2000年3月,嘉手納基地を離発着する航空機の夜間早朝の飛行差止のほか,航空機騒音被害に対する過去及び将来の損害賠償の支払いを求めて,那覇地方裁判所沖縄支部に提訴した。新横田基地訴訟と同様に,アメリカ合衆国を被告とする対米訴訟も提訴している。
 嘉手納基地については,16年にわたる旧訴訟判決において,すでに航空機騒音の違法性が断罪されている。旧訴訟の控訴審判決では,国の主張する危険への接近の法理が排斥され,W値75以上の地域において過去の爆音被害に対する損害賠償が認められ,確定している。新嘉手納爆音訴訟では,旧訴訟の到達点を維持するとともに,さらに進めて夜間早朝の飛行差止を勝ち取るべく奮闘してきた。
 裁判では,これまで,6か市町村における爆音の状況,沖縄における基地形成史,嘉手納基地の行政に及ぼす影響,平和的生存権の侵害状況,小中学校における爆音被害,住民移動の経緯,爆音による生活被害・健康被害,騒音性聴力損失の被害につき,本人尋問・証人尋問を実施して,精密かつ重厚な立証を行ってきた。また,夜間早朝における米軍機の飛行差止についても,学者の鑑定意見書を提出している。
 とりわけ,騒音性聴力損失の立証においては,沖縄県健康影響調査の成果が重要であった。この調査によって,北谷町砂辺地区,嘉手納町屋良地区の住民から12名の騒音性聴力損失者が検出された。そして,法廷では,直接診断にあたった臨床医がその診断過程を証言し,学者証人が嘉手納基地の航空機騒音と騒音性聴力損失との因果関係を明らかにした。さらに,12名の騒音性聴力損失者のうち4名が法廷で証言し,各人が生まれてから現在に至るまでの居住歴,生活歴を明らかにして,騒音性聴力損失が嘉手納基地の航空機騒音によるものであることを明らかにした。

第3 判決内容の報告

1 冒頭に記載したとおり,新嘉手納爆音訴訟の第一審判決は,最低最悪の反動判決であった。結論的には(1)夜間早朝の飛行差止請求を棄却した,(2)健康被害の発生を認めなかった,(3)W値85以上のみ損害賠償請求を認容し,W値80及び75の各区域については損害賠償請求を棄却した,(4)危険への接近の法理の適用を原則として排斥した,(5)防音工事の実施により慰謝料を減額した,(6)将来の損害賠償請求を棄却した,というものであった。以下,(1),(2),(3),(4)につき,少し詳しく述べてみたい。
2 差止請求の棄却
 判決は,「原告らが米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは,被告に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから,本件差止請求は,その余の点について判断するまでもなく,主張自体失当」として,第三者行為論を無批判に援用して差止請求を棄却した。
 原告らは,被告国は嘉手納基地の維持拡大に積極的に加担協力しておりアメリカ合衆国との共同不法行為者であるから,米軍の活動は支配権の及ばない第三者の行為ではなく被告国自身の行為であって,被告国には米軍機の飛行を差し止める責任があると主張してきた。
 しかし,この点についても,判決は,「被告は,米軍の本件飛行場の管理運営の権限を制約し,その活動を制限し得る法的地位にはないから,そもそもその妨害状態を除去しうる立場にある者には当たらないというべきである。そうすると,原告主張に係る,被告が違法な権利侵害状態の惹起に積極的に関与し,現に権利侵害状態を生じさせていると評価できるか否かという点や,権利侵害状態の誘引者か否かという点について判断するまでもなく,被告は本件差止請求の相手方とはならない」として退けた。 また,本判決の直後,対米訴訟の判決があったが,アメリカ合衆国には日本の裁判権が及ばないとして,アメリカ合衆国に対する差止請求も却下された。
 結局,裁判所は,被告国に対しても,アメリカ合衆国に対しても,夜間早朝の飛行差止を求めることはできないと判断したことになる。まさに,自国の主権をかなぐり捨て,違法状態の放置を容認する無責任きわまりない判決である。
3 健康被害を認めず
 判決は,「身体的影響としての聴力損失又はその危険と航空機騒音の間の因果関係を検討する際には,原因行為である各人が現実に曝露された航空機騒音の量やその程度を特定することが必要」であるとし,沖縄県健康影響調査で検出された12名の騒音性聴力損失者につき,法廷で証言しなかった8名については騒音暴露歴が不明であるとし,法廷で証言した4名についても騒音曝露量を特定できないとして,騒音性聴力損失と嘉手納基地の航空機騒音との因果関係を否定した。
 これは,「結論先にありき」の考え方により,航空機騒音と騒音性聴力損失との因果関係を認めるための条件として無理難題を設定し,重箱の隅をつつくような議論をして,意図的に因果関係を否定する結論を導出するものであり,きわめて不当である。
 また,判決は,騒音性聴力損失以外の健康被害に関し,沖縄県健康影響調査によって,幼児問題行動,学童の記憶力,自覚的健康観,高血圧,低出生体重児の各被害につき,航空機騒音の影響が認められたにもかかわらず,量反応関係の判断を誤り(判決は沖縄県健康影響調査がトレンド検定の結果により量反応関係の有無を判断していることを全く理解していない),「航空機騒音と健康被害の間に量反応関係があると認めることや,対照群との間に前記有意確率で有意差があると認めることについては合理的な疑いを差し挟む余地がある」として,健康被害と航空機騒音との因果関係を否定した。
 これは統計学の考え方を全く理解しないまま,独自の観念にもとづき意味不明の検討を行ったというほかなく,全くもって杜撰きわまりない判断である。
4 損害賠償範囲の縮小
 判決は,受忍限度の判断につき,(1)W値80及び75の各区域の航空機騒音の程度は高いとはいえない,(2)W値80及び75の各区域に居住する原告らの被害は低い,(3)W値80及び75の各区域においては年間のほとんどすべての日数において昭和48年環境基準が達成されているなどとして,W値80及び75の各区域に居住する原告の被害は受忍限度の範囲内であるとして,損害賠償請求を棄却した。
 これにより,5540名の原告のうち約3割にあたる1650人あまりの損害賠償請求が棄却された。嘉手納基地の旧訴訟判決はもとより,小松基地・横田基地・厚木基地の各新訴訟判決においても,W値75以上の損害賠償請求が認められており,受忍限度はW値75以上であるとする基準が定着していたが,本判決は,受忍限度を大幅に引き上げ,多数の原告の被害を切り捨てたのである。判決には,爆音被害に対する共感はなく,被害を切り捨て,賠償額を切りつめることに腐心する姿しかみられない。
 もっとも,W値80及び75の各区域における被害が低いとする評価は全くの誤りである。常識的な感覚をもってすれば被害が低いとは到底いえないはずである。
5 危険への接近の法理の排斥
 判決は,「沖縄では地縁・血縁が強いため,自らの出身地から一旦離れていた者であっても,出身地又はその近隣に戻って生活しようとする傾向が少なからず認められること,沖縄本島中部においては航空機騒音の影響を受けないで生活することのできる地域は行政面積のわずか4分の1程度にとどまり,そもそも住居選択の余地が少ないこと,騒音コンターの範囲自体が一般人にとって理解容易なものではないこと,原告らが本件飛行場の騒音コンター内に転入してきたことについてはいずれもそれ相応の理由がある」として,危険への接近の法理を免責の点でも減額の点でも原則として否定した。本判決もこの点だけは評価できる。

第4 さいごに

 上記のとおり,新嘉手納爆音訴訟の第一審判決は,最低最悪の反動判決であった。とりわけ,他の基地訴訟判決と比較しても,受忍限度を引き上げて,損害賠償を認める範囲を大幅に縮小しており,沖縄に対する差別を実感した。
 原告団・弁護団は,判決当日の午後から,那覇防衛施設局,外務省沖縄大使に抗議行動を行い,沖縄県議会,知事に対する要請行動を行った。また,その夜に行われた判決報告集会では,控訴の方針をいち早く確認した。さらに,判決の翌日には,朝一番の飛行機で上京し,国会議員への要請行動を行い,外務省・防衛施設庁への抗議行動を行った(新横田基地訴訟の原告団・弁護団が多数応援に駆けつけてくれた)。
 あまりにひどい内容の判決であったため,控訴審の課題は山積しているが,判決の論理はあらゆるところで破綻しており,必ずや控訴審において正すことができると信じている。原告団・弁護団とも意気が上がっている。