〔1〕 川崎公害裁判とまちづくり
川崎公害裁判弁護団


1 川崎公害は,昨年5月20日,国(道路公団)和解から5周年を迎え,それを記念して10月16日に「川崎公害裁判国和解5周年記念シンポジウム」を開催した。集会の中心は「市民がつくる,わがまち川崎」のタイトルのパネルディスカッションで,下記4本の報告をもとに行われた。
  1. 「川崎の今後のまちづくりの課題と展望」 篠原義仁(弁護団)
  2. 「1960年代以降の川崎臨海部開発の問題点と今後の発展方向」 佐無田光(金沢大学)
  3. 「臨海部の産業空洞化と川崎FAZ,KCT(川崎港コンテナターミナル)問題の意味」 山口不二夫(明治大学)
  4. 「まちづくりとしての国道15号線の環境対策」 本谷勲(元東京農工大学)
 ここでは,国和解後の公害防止対策,環境対策がどう進行しているか,その到達点の確認と問題点の指摘が行われ(昨年報告ずみ),同時に,今後のまちづくりを展望するためには1960年代以降の臨海部開発の総括と,臨海部の産業立地構造が崩れ,産業空洞化が進むなかで「臨海部の活性化」のもとに行われた,そして行われつつある再開発の妥当性とその評価が必須のものであるとして,討議が深められた。結論的にいえば,10・16シンポの総括は12月5日に行われたが,今春をメドに研究者と協力して,その内容を整理した形で,住民側から臨海部開発のあり方の方向性を明示し(政策の提起),あわせて,従来の国和解に係る環境対策の課題とを結合して具体的に取り組んでゆくことが確認されている。

2 各論的にいうと,国道15号線(京浜第一国道)対策は,私たちの要求を基礎におきながら,国交省川崎国道事務所との間で「森林帯をイメージした道路の緑化」を基本にその事業が進行している。
 川崎と東京都の境の六郷大橋からハローブリッジまでの第1区間につづき,本年にはハローブリッジから旧川崎警察署までの第2区間の緑化対策が進もうとしている。その計画の中核にハローブリッジ直近の稲毛公園周辺の緑化計画があり,住民参画の検討会も設置され,私たちとの間の「道路連絡会」での意見交換を基礎に検討会意見の補充もえて,検討,準備が進んでいる。
 但し,その検討,準備は,私たちの「森のような道路」を作るという視点からみると後退的要素もあり,注意深い対応が必要となっている。そして,現在では,旧川崎警察署交差点の緑化対策が焦点となっていて,緑はもちろん水をキーワードとした私たちの要求に対し,国交省側の「引けた対応」のなかで,それをどうにつめるかが課題となっている。
 ところで,国道15号線の緑化対策のためには,同国道に係る対策では不十分で,これと交差する市役所通り,新川通りの緑化対策を合わせ行うべしとした私たちの要求につき,国交省においても川崎市においてもその認識が深まっている。
 また,JR川崎駅東口・北口と前記道路との関係,東海道をはさんだ東口・北口(川崎区)と西口(幸区)との一体的対策の重要性も認識され,5年前に私たちの提起したまちづくり政策における面的,一体的な対策についての検討が開始されようとしている。

3 一方,国道1号線(京浜第二国道)の拡張問題は緊張感をもった対峙が続いている。
 従前の経過は報告ずみであるが,昨年12月24日,川崎国道1号線問題協議会は,国交省横浜国道事務所と直接交渉を行った。協議会側は従前の交渉の到達点に立って
  1. 今までの交渉で双方が合意に達している住民配布用のリーフレットを国が再修正して持参すること(地権者同意が必須要件の沿道法の条件を意図的にすりかえリーフを作成した問題)
  2. それを前提にしての住民説明会の開催についての再検討
  3. 歩道上の段差の解消や柱の移設などの改善の実施状況の説明を求め,交渉が行われた。
 ところが,国交省は,前回双方が確認した内容を反古にして一方的に悪しき方向に「再修正」したリーフ案を提示した。すなわち
  1. 「沿道法」の適用には「地権者全員の同意が必要」なことを削除
  2. 30mの都市計画決定が50年前の「昭和26年」であることを明記することを削除
  3. 「事業の目的」としてあった「騒音の環境基準達成」と「自動車の排出ガスによる影響の緩和」を削除し,またまた大幅後退の姿勢を示した。
 他方,この間,多摩川大橋直近の御幸公園周辺のモデル事業は一定程度進行し,しかし,本体部分の計画は地域住民の反対の前に容易には進みえない状況をも生み出すに至っている。
 いずれにしても,・国道1号線の拡幅反対・環境対策として現状片側3車線を横浜区域なみに2車線に削減し,その1車線分を歩道の拡幅,緑化にあてることを基本要求とするたたかい(幸区)は,国和解で環境対策が順調に進む川崎区とは別に,きわめて対立的に緊張感をもって推移している。

4 こうした実態のなかで大気汚染地域である川崎区・幸区を面的に捉えて,住民居住地域へのディーゼル車,大型車等の総量規制をどう図ってゆくかを目的として,その前提としての事業所,ドライバー,運行管理者アンケート調査の実施に関する取り組みが進行している。
 この取り組みは,道路連絡会の討議を基本とし,川崎の場合はその準備会の仕組みがない関係上,ワークショップ的に実務担当の川崎国道事務所とその下請けのコンサルタント会社を相手に実務的協議がにつめられている。そして,これを概括的にいうと,きわめて調査設計の内容に踏み込んで進んだかと思うと,他方,もう少し詳細を検討させてくれといって間延びするなどして推移してきている。推測するにそのテンポと間合いは尼崎における同種調査に係る連絡会を強烈に意識しているようで(ちなみにコンサルト会社は尼崎も川崎も同じ),尼崎の連絡会の進行状況に左右されてきたように思われる。
 いずれにしても尼崎での前記調査が確定し(尼崎弁護団報告参照),その結果,今春をメドに川崎の調査設計も大きく動き出すことが見込まれている。但し,尼崎にあっては,国道43号線,阪神高速道路の2階建構造の道路対策が中心であるのに対し,川崎においては前記2階建道路(産業道路と高速横羽線)はもちろん,川崎区,幸区の複数の幹線道路を対象として,その総量規制をめざすもので,別途格別の検討が必要となっている。

5  国道1号線の拡幅問題とともに,川崎にあっては高速川崎縦貫道問題,県道殿町夜光線の拡幅問題など新たな公害発生源となる新増設の課題が山積している。こうしたなかで,これら一連の道路建設と関連する羽田空港「神奈川口」構想がもち上がるに至っている。
 その必要性と有用性に関し,その検討を行うと(別途の目的で寄稿した原稿であるが)以下のことが明白となってくる。
 羽田空港再拡張事業につき,川崎市は,国への無利子の貸付金100億円のうち,初回分として約9億円を平成17年度予算として計上した(1月19日付読売新聞)。しかし,その前日,朝日新聞は,川崎市の目論見に反して羽田「神奈川口」構想に関し,「空港関連施設は困難」と報道した。すなわち,川崎市が求めている航空会社のカウンターや税関・出入国管理・検疫施設(CIQ)の誘致は,航空会社や法務省,厚労省,農水省からセキュリティー(保安)の関係上,難しいと判断されているというのである。その上,需要見込についても問題点が指摘されている。
 ゼネコン・マリコン型大型事業の場合,ありもしない公益性,公共性,必要性の議論を前面に押し出すため,需要予測は,事実に反し「過大予測(アセスメント)」され,他方,事業費用は反対論,慎重論を押さえるため当初時点では「過少予測」し,いったん事業を開始すると既成事実とばかりに事業費見積もりを修正に,修正を重ねて過剰支出する。この官僚の狡猾な手口は,アクアライン,川崎縦貫道事業で暴露され,もはや通用しなくなっている。 将来的事業である川崎市縦貫地下鉄問題でも同様の問題が指摘されている。
 「神奈川口」構想も,無利子貸付金100億円は別途川崎市が金融機関から借り受け,これを国に貸し付けるもので,この利子分50億円は,川崎市の財政負担となっている。その上,道路施設や関連施設の建設に4ケタ(億)にのぼる事業資金の支出を川崎市として余儀なくされるもので,当面の貸付金100億円のみの強調の議論は正しくない。その上,前述したとおり,川崎の目論見は大きくはずれようとしている。
 需要見込の「過大予測」と事業支出の「過少予測」について,徹底した市民討議が求められている。
 川崎の臨海部の活性化は,川崎公害裁判の教訓に学び,「環境再生とまちづくり」(昨年10月16日の川崎公害国和解・5周年記念シンポ参照。12月5日の同シンポの統括会議は「神奈川口」構想につき批判的,消極的)の視点から見直されるべきで,その際のキーワードは,きれいな空気,自然環境の保全,海と川の再生,すなわち「大気と緑と水(辺)」を基本とし,その上で,市民要求にも応え得る市民参画型のものとして体系付けられるべきものとなっている。
6 今年度における川崎での取り組みで特筆すべきものは,全市全年齢対象のぜん息患者に係る医療費救済に関するたたかいである(川崎市における救済条例,要綱の内容は報告ずみ)。
 8万弱の署名の積み上げ,川崎市交渉(市長,局長,部長以下交渉)の展開,医師会要請(会長,副会長と2度にわたり面談),市議会対策(政党毎に担当者を決め,継続的要請。民主,公明,共産,神奈川ネットについては団長面接も実現),議会請願と委員会傍聴,議会(本会議)開催中の週一宣伝行動,川崎駅頭宣伝,「ぜん息救済連」の立ちあげとシンポジウムの開催,マスコミ対策等々この1年半の間,さまざまな取り組みが展開された。その結果,昨年11月から12月にかけての市議会の委員会,本会議で次のような川崎市の答弁を引き出すに至った。

    《成果と到達点》
  1. 判決後の事後処理として(新規事業ではない)全市・全年齢を対象としたぜん息患者の医療費救済制度を実施していく。(現在の対応では,平成18年度開始。対象人数推定9,100人。予算額5億6千万円。救済水準は現行の「成人呼吸器医療費助成要綱」制度と同じ。)
    《その理由として》
  2. 川崎区・幸区対象の救済制度では,行政区間に格差が生じ,市民から不公平感と疑問が発せられ,是正することによってのみ,その解決が図られること。
  3. 中原区以北の区に救済すべきぜん息患者が全体の6割を超える現状があり,増え続けていること。
  4. ぜん息治療は,初期治療が必要であり,その費用対効果が大きいこと。
    《今後の手順として》
  5. 川崎市は,制度のしくみ,内容について既存の「成人呼吸器疾患医療費助成要綱検討委員会」(=以下検討会という。委員長宮川政久川崎市医師会会長)に2004年12月初旬に問題提起をし,年度内に検討結果の報告をもらう。(予定)
  6. 報告結果を受け,行政として検討し,予算折衝を行っていく。

 川崎市は財政難を理由に,全市全年齢対象の救済には容易に立ち上がらなかった。しかし,1年半にわたる前記闘いの結果,ようやくその先の見通しが開けるところとなった。
 但し,私たちの要求は,平成17年度当初からの救済,それが若干遅れるとしても6月市議会,もしくは9月市議会で補正予算を組んで年度途中でも実施すべきことを要求している(10月30日が川崎市長選投票日)。
 一方,川崎市は平成18年4月1日実施の線を崩していない。そのいみでまだ早期実現に向けてのせめぎ合いはつづいている。
 いずれにしても川崎市の南北に伸びる特性とそれに対応する幹線道路網の存在からして,自動車排ガスによる汚染は,川崎市南部の臨海部に止まらず,その汚染は全市に及び,近年では「緑の多い地域」(但し,近時の乱開発はすさまじい)といわれた北部地域に南部と同等,もしくはそれ以上の被害が発生している。
従って全市全年齢対象のぜん息患者救済は当然のこととなっている。
 その手順としては,前期検討委員会の結論(答申)を必ず本年度3月末までの年度内にあげさせること,それに基づいて直ちに川崎市をして補正予算の検討を行わせること,その上で6月市議会もしくは9月市議会に補正予算の議案を提出させることが必要となっている。
 ちなみに,川崎公害病患者と家族の会は,川崎の中北部地域の未救済患者対策の受皿として,川崎北部に患者会組織を立ち上げることとし,すでに専従事務局長を配置し,本年2月5日に北部事務所の事務所開きを行い,患者の組織化と組織強化に乗り出している。