1 2004年10月15日、最高裁判所は、水俣病関西訴訟で(1)国(水質二法)と熊本県(県漁業調整規則)の責任と、(2)行政認定を拒否された原告38名をメチル水銀中毒症として救済する勝訴判決を下した。
この判決は、(1)水俣病における行政の国家賠償責任を熊本・京都地裁判決に引き続き最高裁でも認めた点と、(2)現在の行政認定制度で水俣病ないとされた人を司法手続きで水俣病として救済することを水俣病第二次訴訟福岡高判決に引き続き裁最高裁判決でも認めた点で、画期的なものであった。
ところで、1995年12月の政府解決策は、村山富市首相の談話とともに、(1)メチル水銀濃厚汚染地域に居住しているという要件と四肢末梢性感覚障害を有する者につき、裁判をしていない患者も含めて11,149人(新潟799人、熊本7,989人、鹿児島2,361人)を,(2)国と新潟・熊本・鹿児島県の責任で医療費・健康管理手当(30数億円/年)の救済と、原因企業であるチッソと昭和電工の責任で一時金(死亡者も含め、260万円と団体加算金)を補償することを実現した。
この解決は、水俣病全国連に結集する水俣病被害者・弁護団・支援が水俣病第二次訴訟福岡高裁判決、水俣病第三次訴訟熊本地裁判決(相良、足立裁判長)、水俣病京都地裁判決をテコに広汎な国民世論を結集して勝ち取ったものである。すなわち、この解決は、(1)例えば現在の行政認定患者2,955人(2004年10月現在)に過ぎないことからすれば、裁判で争っていた原告だけでなくその当時救済を求めていた水俣病被害者の幅広い救済を実現したものである。(2)さらに、解決策で救済された者が今回の最高裁判決の時点で3,000人近くが死亡していることからすれば、生きているうちの救済を実現した点は高く評価されなければならない。(3)また、この解決は加害企業チッソや昭和電工だけでなく、国・県も含めて費用を負担させたものであり、判決に示された国家賠償責任の範囲を超えて行政に責任を取らせた点でも大きく評価されなければならない。
今回の最高裁判決は、こうした政府解決策で国の責任に基づき四肢末梢性感覚障害を持つ患者を救済したことを前提に、この解決が国の責任に基づき水俣病患者を救済したものであったことを、追認したものである。
2 水俣病訴訟弁護団は、2004年11月7日、弁護団声明で次の点を明らかにした。
(1) 今回の最高裁判決は、法律についてはハンセン病国家賠償訴訟熊本地裁判決、省令については筑豊じん肺訴訟最高裁判決に引き続き、水質二法上の政令についての広義の立法不作為責任を認めたもので、もはやこの国の司法にとって人権救済において立法や行政は聖域ではなくなったことを明らかにした。
(2) 今回の最高裁判決は、現行の行政認定制度が広く水俣病患者を救済するものとなっていないことを司法の最終的判断として明らかにした点で、高く評価されなければならない。
ところで、水俣病患者は公害患者であり,もとより医療救済が必要なことは政府解決策からも明らかである。したがって、政府解決策で除外された水俣病第二次訴訟原告はもちろん、水俣病関西訴訟原告にも判決一時金の外に、国・県の責任で直ちに医療救済を行うことは当然である。
二 判決の課題
1 国はこの最高裁判決を受けて、昭和31年から現在に至るまで、裁判で明らかにされた水俣病における行政の責任を抜本的に見直し、地球規模で再び水俣病のような惨禍が起こることのないように十分な調査の上に抜本的な報告書を作成し、公表すべきである。これは、国立水俣病総合研究センターが作成した「水俣病の悲劇を繰り返さないために」が、昭和43年までの事実関係に限定し、水俣病関係者の一部だけの関係者で作業したという不十分なものであったことの反省の上に立って行われるべきである。
2 最高裁判決後、熊本・鹿児島両県で500名を超す認定申請者が出ており、これまでの研究でも長期微量汚染や妊婦・胎児に対する汚染、環境ホルモンとしてのメチル水銀の被害などが指摘されていることも含め、早急に次の施策を実現すべきである。
- 行政は以上の水俣病被害の総体を胎児性患者の社会的な救済策も含め、余すところなく明らかにする調査・研究を行い、これを公表すること。
- 現在の行政救済制度では救済されない者を、さらに幅広く水俣病として救済するために新たに一時金・医療救済・定期的な給付などを定めた制度を早急に実現することを含め、その周辺のメチル水銀に汚染されたことを否定できない者に必要な医療救済を実現すべきこと。
- 以上を踏まえて、現行の総合対策医療事業の対象者を水俣病として認め、医療救済・定期的な給付などを拡充する施策をとること。
第二 水俣病の教訓を未来に伝えていく闘い
一 環境賞関係
- ノーモアミナマタ環境賞(熊本関係)
「よみがえれ!有明海訴訟」を支援する全国の会
大気汚染測定運動東京連絡会
- みなまた京都賞
乙訓の自然を守る会
深泥地自然観察会
- 新潟水俣環境賞
西村 肇
二 水俣病公式確認50周年を迎えて
水俣病公式確認は水俣保健所が厚生省に打電した56年5月1日の水俣奇病に関する電報であるとされている。したがって、来年の2006年5月1日は満50周年を迎えることになる。
現在、環境省、熊本県などがこの50周年に向けて準備を進めているようであるが、最高裁判決が出た段階で水俣病問題の総括をし、教訓を未来に伝えていくことが求められている。これを、どのように取り組むのかが課題である。
第三 今後の課題
1 被害者救済の課題
(1) 総合対策医療事業を拡充させる課題
公害患者である水俣病に医療は必要にして不可欠である。しかしながら、行政が運営する総合対策医療事業での医療水準と、加害企業チッソ、昭和電工が直接負担する認定患者との医療水準には違いがあり、総合対策医療事業の拡充は必要にして不可欠である。熊本県の解決策(「今後の水俣病対策について(案)」平成16年11月)もこれに言及しており、早急なる実現が必要である。
これは、水俣病患者全国連を中心とする患者団体の課題であり、旧水俣病全国連の課題でもある。
(2) 水俣病第二次訴訟原告に医療救済を実現する課題
1985年8月16日の福岡高裁で画期的な判決を勝ち取った水俣病第二次訴訟原告ら3人は、政府解決策の際、環境省の妨害で総合対策医療事業から排除された。
これに対して、水俣病訴訟弁護団は医療救済を求めて粘り強く闘ってきたところであるが、2004年12月28日には同様の問題を抱える関西訴訟原告団36人とともに、熊本県知事と共同して交渉をした。これに対して、熊本県知事は2005年1月4日の定例記者会見で今年7月までに国との間で解決に向けての施策を明らかにしたいとの見解を述べている。
(3) 新規申請者に対する救済の課題
関西訴訟判決後から2005年1月14日現在までの熊本・鹿児島の行政認定申請者は次の通りである。
| 認定申請者数 | 内新規認定申請者数(%) |
熊本県関係 | 270人 | 226人(83.7%) |
鹿児島県関係 | 285人 | 191人(67.0%) |
合計 | 555人 | 417人(75.1%) |
この数字は、次の二つの点で注目しなければならない。
第一は、水俣病第一次訴訟判決があった1973年は1年で2,000人弱が認定申請をしているが、今回は判決後3ヶ月でその四分の一を超える550人であるので、かつてを上回る状況となっている。
第二は、新規の認定申請者が四分の三となっており、1995年の政府解決策では対象とならなかった人たちが最高裁判決を受けて認定申請をしているのが特徴である。
こうした課題に対し、旧水俣病全国連は政府解決策の際に新たな紛争に関与しないことを確約している。しかしながら、旧全国連が、新たな被害者団体や弁護団、運動体などの要請に応えてこれまでの経験・教訓などを伝えていくことは当然必要なことであろう。特に、熊本県の解決策も新たに救済を要する被害者の存在を考慮に入れており、必要な対応を的確にすることが求められている。
2 全ての水俣病被害を明らかにし、環境回復を図る課題
(1) 水俣病被害は、急性劇症,慢性水俣病などに限定されず、長期微量汚染、妊婦、胎児への影響、さらには環境ホルモンなどの影響も含めて全面的な調査を行うことが求められている。これを、行政に取り組ませることが当面必要な課題である。
(2) 水俣湾の大部分はメチル水銀を含んだヘドロを浚渫して埋め立てられたままである。これは、短期的な課題としては必要・不可欠であったが、長期的には地下水の汚染問題も含め解決を要する課題である。これは、水俣湾の埋立地が欠陥産業廃棄物処理場であることを示している。
この件に関連して、現在、水俣市において巨大処分場問題が浮上している。水俣病を克服したと思われていた水俣で新たな公害問題が起こる可能性があり、弁護団として正面から取り組んでいくことが求められている。
3 水俣病の教訓を世界に伝える課題
これまで、わが国では行政が後手後手の水俣病対策を行っており、被害者・弁護団・支援の必死の努力を受けた司法が解決の方向を指し示して解決を図ってきた。しかしながら、環境省は、これまで1956年から1973年までの事実に基づいて水俣病の教訓を明らかにしようとしてきた。これは水俣病において果たした司法や被害者・弁護団・支援の闘いの役割を無視するものでしかない。
したがって、水俣病公式確認50周年を来年に控えて、わが国における水俣病被害者の闘いの果たした役割を正確に伝えていくことが求められている。