名古屋新幹線公害訴訟(和解後)の報告
名古屋新幹線公害訴訟弁護団


第1 はじめに

 名古屋新幹線公害訴訟の和解が成立してから、今年で19年を迎えた。この間、弁護団は原告住民とともに和解内容の履行状況の監視活動を続けてきた。
 ところで、再び「新幹線神話」をつき崩した新潟県中越地震の状況を見るとき、新幹線沿線が抱える問題は少なくない。以下、昨年の公害弁連第33回総会以降の主な動きを報告する。

第2 1年間の主な動き

1 環境省との協議
 2004年6月1日、第29回全国公害被害者総行動デーに合わせ、環境省環境管理局自動車環境対策課と協議を行った。
 環境省は、名古屋市から03年度のデータをもらっている。全体として騒音・振動とも上がっている。スピードアップの影響と考えている。原状非悪化の原則を守るよう国交省に申し入ると述べたほか、次のとおりの説明があった。
 「第3次75ホン」対策の調査がまとまった。すべての調査地点でクリアしていた。調査結果は提供する。ポスト第3次については騒音制御学会に研究を委託している。新幹線と並行している南方貨物線の処分については、名古屋市に住民の要求をぞんざいに扱うなと申し入れる。
 すぐスピードアップするJRの態度は良くない。その意味でポスト第3次は重要。最終目標をどこに置くかが課題。国交省への申し入れを強める。環境省への相談は、遠慮なく申し入れてもらいたい。日程が合えば、いつでも対応させてもらう。

2 名古屋市の監視測定結果について
 名古屋市は和解協定の趣旨に沿って、毎年新幹線騒音・振動の監視測定を6地点9か所で行っている。04年度の測定結果は04年12月6日に発表された。それによれば、騒音は2か所で環境基準を超えており、振動は緊急対策指針値内とはいえ、03年度の測定結果と横ばいで、03年10月のダイヤ改正による東海道新幹線全列車270キロ走行のスピードアップの影響が出ているといわざるを得ない。

3 JR東海との協議
(1) 和解成立後、毎年定期的に行われているJR東海との協議は、2004年12月7日に名古屋市内で第19回が行われた。JR東海の主な説明は以下のとおりであった。
  1. 騒音対策について
     7キロ区間全線の環境基準(住居地域)70dBの達成を目指し、車両取り替えの効果を見ながら、98年度からの03年度にかけて小トナカイ型吸音装置と吸音板を設置してきた。また、南方貨物線の構造物撤去によって、沿線の環境に悪影響をおよぼさないよう、撤去される個所に小トナカイ型吸音装置を設置する。
     04年度の名古屋市の測定結果によると、2か所について環境基準を超えていた。そのうちの1か所にあたる熱田区二番二丁目付近のレールが摩耗による交換時期が近いことから、次年度にレール交換を実施する。
  2. 振動対策について
     04年度は、二層ラーメン構造の高架橋である南区豊田二丁目付近の上り線側に「まくら木連結工」を計画し、9月末までに完了した。1dBの低減効果が認められたので、次年度も引き続き、同個所の下り線側に「まくら木連結工」を計画している。
  3. 原状非悪化の原則遵守について
     国交省から環境を悪化させるなということを聞いている。当方としては環境基準内であれば逆もどりも許されると思っていた。原告側からの話を聞いて、認識不足であったと言うことである。
  4. 地震対策について
     今回の新潟県中越地震は、阪神大震災を上回る直下型地震といわれている。このような直下型地震に対しては「絶対安全」というのは難しい。国鉄時代には、トンネルや盛土の補強等を実施してきた。阪神大震災以降、さらなる構造物の補強のため高架橋の柱の補強や落橋防止対策を実施している。地震動早期検知システムを現在、検知から警報発まで3秒から2秒に短縮する改良に取り組んでいる。また、今回の新潟県中越地震を受け、高架橋柱の耐震補強計画を前倒しで実施することにしている。
  5. 移転跡地について
     移転跡地の環境空地としての保有と環境保全的活用については、和解協定の考え方をこれまでも尊重してきた。今後は、和解協定等で確認されている「良好な環境保全を目的にして、これを積極的に活用する」基本的な考え方を一層進めるべく、移転跡地全体の名古屋市への無償譲渡にも踏み込んでいきたい。
(2) 和解協定にもとづく公害対策の実施によって、原告居住地域ではおおむね環境基準を達成するなど一定の前進が見られるものの、スピードアップ、列車本数の増大などマイナス要因も多く、和解成立から19年を経たこんにちでも引きつづき綱引き状態である。住民が自らの生存と生活の環境を守るためには、耐えざる営為が求められていると言えよう。

4 名古屋市の対応
 04年度に入って、廃線が決定された南方貨物線の撤去工事が始まった。撤去工事に先立ち、鉄道・運輸機構国鉄清算事業本部は、名古屋市に対し、3か所の南方貨物線関連土地の提供を申し出、協議が行われた。その土地の1は、児童遊園地として利用されている。その2は、小学校の隣接地である。その3は、両側をJRの移転跡地に挟まれており、これが民間に譲渡されれば、移転跡地の環境保全目的活用に反するところである。
 名古屋市は「これらの土地の取得について、消極的であり、むしろ拒否している感が強い。また、JR東海の原告居住7キロ区間に点在する約27000・の移転跡地の無償譲渡の提案についても消極的である。和解協定に至るまでの協議(新名古屋テーブル)において、移転跡地に関し、『地元住民の意向を尊重し、国・地方自治体(名古屋市)」と協議しつつ積極的にこれを利用する。』と確認されている。
 04年12月21日、原告団・弁護団は、名古屋市の担当局と、南方貨物線の3か所の土地とJR東海の移転跡地全体の無償譲渡問題について話し合いを持った。しかし、名古屋市の対応は、到底、地元自治体と思われない、住民要求に背を向けるものであった。名古屋市を沿線住民の側に立たせる課題は大きい。

5 おわりに
 昨年10月23日夕方発生した大地震は、新潟県中越地方に大きな被害をもらした。上越新幹線は、走行中の「とき325号」(10両編成)が脱線し、そのまま1.6キロを走り大きく傾き停まった。新幹線開業から40年の歴史で乗客を乗せた列車が脱線したのは初めてのことである。いくつかの偶然が重なり、乗客にけが人が出なかったことは奇跡的といわざるを得ない。
10年前には阪神大震災による山陽新幹線の被害のすさまじさを見ている。原告団・弁護団は、スピードにかける開発費用を災害対策に向けるべきと警告した。JR東海は、高架橋柱等の地震対策を前倒しで実施しているという。果たして東海・東南海などの地震に間に合うのだろうか。奇跡は三度起きるのだろうか。沿線住民の不安は大きい。
 JRの本年3月1日のダイヤ改正で、東海道新幹線は、現行の291本から4本増えて295本となった。さらに、東京〜新大阪間に6本ないし8本の臨時「のぞみ」を増発している。スピードアップに加え、列車の増発で果たして沿線の環境は守れるのか。監視活動はますます重要となっている。
 そして、同時に関心を払わなくてはならないことは、新たに建設されつつある、あるいは建設されようとしている新幹線の公害問題である。弁護団は地元の人の要請で九州新幹線の建設現場を見たが、それはひどいものであった。沿線住民の生活環境無視の建設のされ方は、40年前の東海道新幹線のそれの再来を思わせるものがあった。名古屋新幹線公害訴訟の教訓が全く生かされていないと言わざるをえない。国鉄の分割民営化の弊害はこんなところにも深刻な形で現われている。これに対抗するためには、既設・建設中・建設予定の沿線住民の連携組織づくりが不可欠だと思われる。