京都議定書の発効と今後の課題
弁護士 早川光俊


1 京都議定書が発効
 今年2月16日に京都議定書が発効した。京都議定書は、地球温暖化防止のための唯一の国際的枠組みであり、議定書の発効を心から歓迎したい。
 京都議定書は、1997年12月に京都で開催された第3回締約国会合(COP3)で合意され、その後、京都メカニズムといわれる排出量取引、クリーン開発メカニズム、共同実施などの運用ルールや森林など吸収源の定義や計算方法などについての議論が続いていた。2001年3月にはアメリカが京都議定書から離脱したが、同年7月のCOP6再開会合で政治的合意が成立し、同年11月のCOP7で運用ルールについての最終合意が成立した。
 今年1月末現在で、京都議定書を批准した国は139ヵ国にのぼる。国連加盟国が191ヵ国であるから、国連加盟国の4分の3近い国が京都議定書を批准していることになる。まさに、世界の意思は京都議定書を進めることにあり、京都議定書を批准しないと明言しているのはアメリカやオーストラリアなど極少数に過ぎない。

2 増加する温室効果ガス排出量
 「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」は、二酸化炭素濃度を現在のレベルに安定化させるためには、直ちにその排出量を50〜70%削減する必要があるとしている。京都議定書の削減目標は先進国全体で2008年から2012年までの平均年排出量を1990年レベルから5.2%削減するというもので、この削減目標は地球温暖化防止のためには極めてささやかな削減目標に過ぎない。
 それでも、この削減目標を確実に達成することが地球温暖化防止の重要な第一歩であることには変わりはない。ところが、付属書・国が提出した第3回国別報告書に基づく先進国の温室効果ガス排出量と今後の予測によれば、1990年から2001年までの経済移行国以外の先進国の温室効果ガス排出量は8.3%の増加し、このままでは、2010年には先進国全体で約10%、経済移行国を除く先進国全体では一七%も増加してしまうとの予測になっている。
 日本でも、温室効果ガスの排出量は増加し続けており、2003年度の排出量は90年比で8%も増加してしまっている。経済産業省などの試算によれば、現在の「地球温暖化対策推進大綱」の施策がすべて実施されても、2010年に90年比でエネルギー起源のCO2排出量は5%も増加してしまうとされている。

3 削減目標の確実な達成が最大の課題
 日本政府は現在、「地球温暖化対策推進大綱」の評価見直し作業を進めているが、対策の先延ばしや、対策の強化を回避しようとする動きが産業界や政府の一部から強まっている。また、炭素税の導入や国内排出量取引に対しても、産業界などは強く反対している。
 そもそもこの大綱は、日本の6%の削減目標のうち、5.5%を吸収源や京都メカニズムによって達成するというものであるうえ、2010年までに原子力発電量を2000年比で約三割増加することを前提とし、省エネルギー対策の約三割を経団連の「環境自主行動計画」に頼っている。しかし、原子力発電所の新増設計画は日本でもほとんど不可能となっており、経団連の自主行動計画はその実効性を担保する政策がない。
 結局、排出量取引などの京都メカニズムにより数字あわせをするしかないとのことで、日本政府はルーマニアやブルガリアなどと「排出量」取引の交渉に入ったとの報道もなされている。
 COP3の議長国であった日本が、議定書の削減目標を達成できないのでは話しにならない。日本政府は炭素税の導入を含めたエネルギー税制のグリーン改革や国内排出量取引制度の導入、日本経団連「環境自主行動計画」の社会協定化など抜本的な施策を早急に検討すべきである。

4 環境税について
 環境省は、昨年11月5日、環境税の導入試案を発表した。この試案では、炭素1トン当たり2400円を課税するとされ、ガソリンは1リットル当たり約1.5円、電気は1キロワット当たり0.25円を料金に上乗される。石油などの輸入段階又はガソリンなどの蔵出し段階で課税する上流課税とされ、税収の使途は各界各層が行う省エネ対策などを支援するとされる。税収を、特別会計にするか、一般会計に組み入れるかは別途検討するとしている。
 環境税については、国民の誰もが対策を担うように促すことができる唯一の施策であり、税という手段が広くインセンティブを与えるには適切だという側面がある反面、消費税と同じように低所得層に加重に負担がかかる逆進性の問題や、地域的な格差も指摘されている。また、産業構造や雇用の移動などへの影響も指摘されている。
 今回の環境省の試案は、1990年の温室効果ガスの排出量の2%の削減が可能な環境税を検討し、炭素1トン当たり2400円としたとされているが、税率が低すぎて効果が疑問であること、大排出源への軽減措置により効果が減じられること、軽油の税率をガソリンの半分程度にすることによる大気汚染激化の懸念などの問題が指摘されている。

5 第二約束期間以降の将来枠組みの議論
 京都議定書第3条第9項は、第1約束期間の終了する少なくとも7年前の2005年末までに、第2約束期間以降の目標について検討を開始しなければならないとしている。
 第2約束期間以降の将来枠組みは、総量削減、法的拘束力、遵守制度などの京都議定書の骨格を引き継ぐもので、その削減目標は、少なくとも第1約束期間の削減目標を大幅に上回るものでなければならない。
 ところが、日本の産業界や一部の省庁に、将来の枠組みを、総量削減ではない原単位目標にし、法的拘束力もなくし、遵守制度も緩める、京都議定書とは全く異なる枠組みにしようとする動きがある。
具体的には、産業構造審議会の環境部会地球環境小委員会将来枠組み検討専門委員会の中間とりまとめ(案)「気候変動に関する将来の持続可能な枠組みについて」が、以下のような提案をしている。
(1) 各国別の数値目標は必ずしも実効性の高いアプローチではなく、将来枠組みにおけるコミットメントの中核は途上国支援、技術開発などの具体的取組にすべきであり、各国別の数値目標については、国内削減努力のインセンティブとして導入される補完的なコミットメントと考えるべきである。
(2) 次期約束期間は、2013年から2030年〜2050年といった長期で設定し、それまでの期間は排出原単位での目標設定などを検討する。
 しかし、この提案は、第1に、気候変動が引き起こす生態系や人間社会への深刻な影響があまりにも軽視されており、予防原則の考え方が全く見られないこと、第2に日本が議長国を務めて採択された京都議定書であるにも関わらず、その内容が不公平であるとしてすでに決着済みの問題への不満を連ね、削減義務を達成する意思に欠けていること、第3に温室効果ガスの大幅な削減が必要であるというIPCCの警告にも関わらず、将来の技術開発に大きく依拠し、京都以降によりゆるやかな枠組を求めていること、第4に提案されている約束期間の設定では、中短期的には何も対策が施されない可能性が極めて高いことなどの問題がある。すなわち、中短期的には温室効果ガスの削減努力はしなくてよいとの提案としか思えない。
 平均気温の2度程度の上昇が、地球温暖化の様々な影響が大きく変わる変換点と考えられ、長期的視点から見た時、地球の平均気温の上昇を2度未満に抑えようとすれば、今後の10〜20年の取り組みが決定的な意味をもつ。IPCC第三次評価報告書からも明らかなように、早急に行動を起こさなければ、この目標を達成する選択肢すら失われてしまう。長期的な技術開発は不可欠であるが、長期的視点で見たときに、むしろ短期的な対応が緊急に必要であることを軽視してはならない。

6 急速に進行する地球温暖化、残された時間は・・・
 これまで大気中の二酸化炭素濃度は年に1.5ppm程度上昇しているとされていたが、最近数年は年2ppmを超えて増加している。地球温暖化は急速に進行しつつある。
 世界の環境NGOのネットワークである気候行動ネットワーク(CAN)は、「気温上昇幅を産業革命以前から2度未満に抑えなければ、地球規模の回復不可能な環境破壊により人類の健全な生存が脅かされる可能性がある」と警告している。大気中の二酸化炭素濃度では450ppmが限度とされる。
 すでに産業革命以前から0.7度上昇、二酸化炭素濃度は374ppmに達している。残された時間は多くない。