八ツ場ダム報告
弁護士 広田次男


1 反対の理由
 「八ツ場ダム」と書いてヤンバ、「吾妻」と書いてアガツマと読む。群馬県北西部を流れる吾妻川に計画されているこのダムの建設計画反対理由は極めて多岐である。
 第1に、建設予定地付近の吾妻川は強酸性であり、1日当たり60トンもの中和剤が注入されている。この中和剤の大半が八ツ場ダムに流入し、堆砂として蓄積されることになる。 第2に、堆砂として蓄積された中和剤は水質汚染の原因になる事が明らかであり、その汚染は下流の利根川の汚染へと拡大する怖れがある。
 第3に、関東地方でも有数の景観を誇る吾妻渓谷は壊滅し、渓谷美を最大の「売り物」としている川原湯温泉街の衰退は必至である。
 第4に、当初予算2110億が4600億円に増額された。しかし、現時に於いて付帯工事など一切を含めると、総経費は8800億と試算され、やがては9000億から1兆円という金額に「成長」すると思われる。当初はちいさな予算から出発し、追加工事の連発で膨張を続ける「小さく生んで大きく育てる」公共事業の典型である。
 第5に、計画立案が1952年(昭和27年)で、その基礎データは1947年(昭和22年)のキャサリーン台風の際の数値である。昭和22年の日本は敗戦直後であり、山も川も今とは様相を異にした。世間は移ろい変わっても「今時までたっても止まらない」公共事業の一つである。
 第6に、治水上も全く不要と思われる計画であるが、国交省は200年確率、即ち「200年に1度の大雨には役に立つ」の計算式グラフを解説している。その規準の14Pは「実際の雨がこのグラフに一致することは極めて稀である」と記載している。 第7に、昭和45年6月10日、衆議院地方行政委員会に於いて、当時の文化庁文化財保護部長は、建設予定地について「ダムの基礎地盤としてはきわめて不安定である」、「大型ダムの建設場所としてきわめて不安な状況」、「ダムを建設する場所としては非常に不安定な地形」との答弁を繰り返している。
 以上の反対理由のホンの「上澄み」である。その他、浅間山噴火、文化財保護、自然環境、水質、地質、治水、利水、などなど、反対理由を並べたているだけで紙数が尽きてしまう。事実、反対理由を述べる書籍が複数出版されている。

2 反対運動
 昨年2月、永い反対運動の歴史を持つ市民、住民グループとオンブズマングループとの合同会議が持たれ、以後会合が重ねられた。
 その結果、昨年9月10日、八ツ場ダム建設により財政負担が発生する1都5県の住民が一斉に監査せいきゅうをなした。請求人の数は約5400人に及んだ。
 その2日後、東京新宿住友ビルで約450人が参加して監査請求報告集会が開かれ、田中康夫長野県知事が「脱ダム社会への道」と題する講演で最後を締めた。

3 住民訴訟
 1都5県の監査結果は、4件が却下(一部棄却を含む)、1件が棄却であった。棄却の1件は「棄却の理由は、平成13年になされた監査請求と同一であるから」と言って、特別の棄却理由を述べることなく、平成13年時の監査結果をホチキスでとめて棄却理由としている。即ち、却下との表現は避けているものの、実質的な「門前払い」である事は明白であった。却下を明言する5件に共通する大要は、住民監査請求の要件である財務会計行為の違法、不当を述べていないという点にある。財務会計行為の概念および先行行為の違法性を限定的に捉える立場は従来から存在したが、その立場を徹底したものであった。
 そこで1都5県での住民訴訟弁護団準備を経て、11月までに1都5県での提訴が終了した。12月5日、東京渋谷で提訴集会が開催された。280人収容の会場は満席となり、民主、共産、社民の各党代表者の力強い御挨拶もいただけた。

4 展望と課題
 今年になって、現時点で2地裁での答弁書が提出されている。いずれも予想通り、監査請求と同様に次案前抗弁として財務会計行為の違法性なしの主張が提出されている。
 訴訟上の当面の課題としては、財務会計行為の争点を克服すること(万一、この点で敗訴すると、他の住民訴訟への悪影響が予想される)。運動上の課題としては、6地裁における長期裁判に耐える体制の構築が求められている。