名古屋新幹線公害訴訟弁護団
弁護士 高木輝雄

第1  はじめに
 名古屋新幹線公害訴訟の和解から、今年23年を迎えた。この間、弁護団は原告住民とともに和解内容の履行状況の監視活動を続けてきた。
 ところで、JR東海は、2008年12月19日、2009年3月14日に改正する東海道新幹線のダイヤを発表した。これによると「のぞみ」は、1時間最大で8本だった運行本数が9本に増え、名古屋始発午前6時36分、東京着同8時20分の「のぞみ」を新設。「N700系」の運行本数も現在の1日66本から88本となる。「N700系」はカーブでの減速が解除されるため、当然のこととして速度が上がる。
 全体の運行本数も現在の1日当たり309本が14本増えて323本となる。沿線住民の生活との調和ははかられるのか。以下、昨年の公害弁連第37回総会以降の主な活動を報告する。

第2  1年間の主な動き
1  名古屋高速道路公社と交渉
 原告居住地域の熱田区六番町地内に、東海道新幹線の六番町鉄橋が存在している。
この六番町鉄橋の上に都市高速道路が建設されようとしている。そのことによって新幹線列車の反射音が生じ、騒音の増大が問題となる。
 このため2008年3月5日、原告団・弁護団は、名古屋高速道路公社(道路公社)と交渉を行った。
 道路公社は、資料と模型実験によるスライドを用いて、反射音対策などを説明。
 当方は、①原告が居住する7キロ区間の騒音については、和解協定により、住居地域の騒音環境基準70dB達成が目標となっていること、②六番町鉄橋の騒音は、2007年度の名古屋市の調査で71dBとなっていること、③高速道路の建設によって現在の騒音状況を悪化させないことはもとより、目標の70dB実現を阻害しないこと、④事前、事後の測定を実施し、測定データを提供すること、⑤今後も必要に応じて協議をすること、などを要求した。
 道路公社は、①鉄道の上を高速道をが建設されているところは、ほかに3か所あるが、反射音対策は実施していないこと、②反射音を測定した結果5dBの上昇がみられたこと、③データの提供については時間をいただきたい、提供は市・環境局経由としたいこと、④今後の協議については、市・環境局も同席されたいこと、などと答弁した。
 交渉の終わりにあたって、当方は、①高速道路建設によって新幹線騒音が悪化するようなことは絶対許されない、道路公社は現状非悪化を順守すること、②今後も必要な説明会の開催や情報提供を継続的に行うこと、③定期的な騒音測定を実施し、必要なデータはその都度情報開示すること、を求めた。
 道路公社は、原告側の要求については前向きに検討し、対応していきたいと答えた。
この問題は、和解以来少しずつではあるが騒音改善がはかられてきたものを大きく逆戻りしかねない重大事と当方は受けとめている。

2  環境省との協議
 2008年6月2日、第33回全国公害被害者総行動デーに合わせ、環境省水・大気環境局自動車環境対策課と協議を行った。
 住民側の新幹線の騒音振動対策の進捗状況、今後の予定、アスベスト問題、移転跡地問題についての要請に対して、環境省側の回答は次のとおりであった。
 東海道新幹線は、08年3月15日、従来の運行本数305本から4本増やし309本のダイヤ改正を行った。「N700系」も6編成から24編成となった。JR東海は、「N700系」はカーブでの速度制限が解除されたが、連結部のフラット化、床下機器、先頭形状の改良などで、騒音の悪化は生じないと説明している。
 騒音第4次75dB対策の進捗状況は、JR東海は平成22年度末を対策完了時期として施工中。JR東日本は平成21年度末を、JR西日本は平成20年度末を目標に、それぞれ施工中と聞いている。これまでの1次から3次までの「75dB対策」は機能している。本来の環境基準については、第4次対策の結果を見てから考えたい。
 新幹線鉄道振動の環境基準の設定の要望については、現在鉄道振動の知見の集積に努めているところ。資料については要請に応じる。
 アスベスト含有の防音壁は東海道新幹線に約600Kmにわたって設置されている。JR東海は、いま報告するような非アスベスト材への取り替えの予定はないが、今後、防音壁の取り替えの都度、非アスベスト材使用に切り替える、としている。また、8か所でアスベスト流出の測定をしたが、アスベストは検出されなかった、との報告を受けている。
 JRの移転跡地の有効利用について名古屋市に聞いた。名古屋市は移転跡地全体の無償譲渡というJRの提案には応じかねるとしている。
 協議の終わりにあたって当方は、六番町鉄橋を新幹線が通過するときの騒音は、かつて114dBもあった。住民運動と公害裁判の進展、さらには和解後のJRの対策により、名古屋市の調査結果で71dBに下がっている。ところが、名古屋高速道路公社は、この鉄橋の上に高速道路を建設する案を進めている。このため反射音が心配される。このことをはじめ、引き続き騒音振動の低減にむけて環境省の積極的な協力を要請した。
 これに対し、環境省側は、いろいろな情報や意見をいただいた、行政側にも一定の制約はあるものの、出来る限りの協力をしていきたいと述べた。

3  名古屋市の騒音・振動の測定結果
 名古屋市は和解協定の趣旨に沿って、毎年新幹線鉄道騒音・振動の定期監視測定を6地点9か所で実施している。2008年度の測定結果は、08年11月28日に発表された。
騒音は66ないし72dB。振動は51ないし64dBであった。

4  JRとの協議
和解成立後、毎年定期的に行われているJR東海との23回目の協議は、2008年12月10日、名古屋市内で行われた。

(1)  当方の申入事項に対するJR東海の主な説明は次のとおりである。
①  騒音対策、南方貨物線(南貨)撤去後の対策について
 7キロ全体を視野に車両対策の効果を見ながら対策を実施し、計画もしている。処分が終了した南貨側の対策を含めた内訳は次のとおりである。
 小トナカイ型防音壁は、平成20年度分も含めて、これまでに3,088mを設置した。平成21年度分として334mを計画しており、合計で3,422mとなる。
 吸音板は、平成20年度分を含めて、これまでに2,435mを設置。平成21年度分として660mを計画しており、合計で3,035mとなる。
 逆L防音壁は、平成20年度分を含めて382mを設置した。
 遮音ボードの非アスベスト材への取り替えは、平成20年度分を含めて、これまでに2,235mを完了。平成21年度分として600mを計画しており、合計で2,835mとなる。

②  振動対策について
 振動については、確定的な研究成果は出ていない。引き続き、当社の研究所で主要なテーマとして研究を重ねている。
 定期的な対策としては、騒音にも効果のあるレール削正を年2回確実に実施している。
 これまでの対策の実績は、「マクラギ連結工」を平成17年度までに380m実施した。「高架橋端部補強工」は平成15年度までに3基を設置した。それぞれ1ないし2dBの低減効果を確認している。そのほかに、「深層攪拌杭工」があるが、場所によって低減効果のちがいがある。また、振動を65dB以下にとの要求が出されているが、ここ数年の名古屋市の定期監視測定結果によれば、65dB以下となっている。引き続き振動の低減に努めていく。

③  高速道路建設計画について
 六番町鉄橋の上に高速道路を建設する計画については、平成19年6月9日に名古屋高速道路公社より申し入れがあり、協議した。JRは、騒音が悪化しないよう要請した。

④  現状非悪化について
 7キロ区間全体の騒音70dB達成を目標につとめている。一度下がったものは逆戻りさせないよう、レール削正、架線の取り替えは年2回確実に行う、防音壁と吸音装置の間の隙間詰めなど、こまめにやっている。
 「N700系」は、カーブでの速度制限が解除されるので名古屋球場付近で速度が上がるのでは、との指摘があった。08年5月、名古屋球場付近の測定をした。「N700系」は152km、「300系」は146kmで、それほど上がっているとは思えない。また、7キロ区間の運行速度は変わっていない。

⑤  アスベスト含有の防音壁の取り替えについて
 アスベスト含有の遮音板は、以前にも説明したように外側が丈夫にできており、いま取り替えるような計画はない。吸音板の取り替えなどに合わせて非アスベスト材を使用することにしている。7キロ区間では、平成21年度までに、2,834mの非アスベスト材に取り替える計画をしている。

⑥  地震対策について
 地震対策については、昨年説明したとおりである。大阪の新幹線第2指令所は、08年12月にオープンした。テラス遠方地震計は21か所に設置されている。
 緊急地震速報計も拡充した。7キロ区間の高架橋柱への補強鋼板巻き工事も平成20年度で計画していた1,030本すべてが完了する。

⑦  新幹線の高架下・移転跡地の整備
 高架下、移転跡地を良好な状態に保つため、社員が巡回して不法投棄の防止などに努めており、年2回の除草も確実に行っている。
 移転跡地全体を名古屋市へ無償譲渡する提案については、名古屋市の事情から進展はない。

(2)  当方は、和解から22年が経過し、JRとの話し合いも23回目となった。この間、原告も頑張ったが、JR東海も真摯に対応していただいた。騒音・振動の軽減は平坦ではなく曲折もあったがそれなりに進んだ。和解後の国鉄最後のダイヤ改正でスピードアップした。和解約束に反する騒音・振動の増大をもたらしたスピードアップと分割・民営化が最初の試練であった。和解は国鉄本社の環境管理室が対応したが、分割民営化後、和解内容が教訓としてJR各社に根付くか心配もあった。案の定、建設中の整備新幹線の地元住民から呼ばれることもあった。心配していたように、他のJRへは教訓として伝わらなかった。南方貨物線の処分についても同じことが言える。鉄道・運輸機構の担当者に和解内容を説明し、納得させるのは容易ではなかった。結果として、新幹線の0メートルに住宅が建設され、新たな問題が起きている。和解内容とその精神は結局のところ他に伝わらなかったのか。承知して無視したのか。残念である。こうした沿線の状況を認識し、今後ともお互い協力して和解内容の実現を目指したいとまとめの発言をし、JR側は、いろいろな意見をいただいたし、指摘も受けた、これからも最大限の努力をしていくことを表明すると発言した。

5  おわりに
 和解から23年。この間、弁護団は原告住民と苦楽をともにしてきた。
 廃線となった南方貨物線の処分についても、原告住民とともに和解内容の方向で機構の担当者と渡り合った。おかげで当方の主張の一部が通った。それは、南区の豊代児童遊園地が無償で名古屋市へ譲渡された。同じく南区の明治小学校横の南貨土地については、名古屋市教育委員会が有償で取得した。そのほか、JRの移転跡地と南貨土地との交換も果たした。鉄道・運輸機構は、08年3月をもって名古屋市内の南貨の処分は終了したと、原告団・弁護団へ報告に来た。和解条項を守る立場での当方の成果である。
 新幹線の騒音・振動も一定の軽減を果たした。新幹線沿線25m地点で、かつては、騒音80dB、振動70dBが、騒音は住居地域の環境基準である70dBになりつつある。振動も65dBを切るまでに至っている。たゆまぬ監視活動の成果である。
 しかし、一方で、原告居住地域の熱田区六番町に存在する六番町鉄橋の上に高速道路が建設されようとしている。六番町鉄橋は東海道新幹線のなかでは、1経間のものとしては、最長、最重で、かつて新幹線列車が通過するときの騒音は直下で114dBであった。住民運動と公害裁判の進展で国鉄に対策をとらせ、和解後のJRの発生源対策で、25m地点で72dB(08年度名古屋市調査)にまで下がった。この鉄橋の上に高速道路ができればどんなことが起きるのか。騒音の悪化は自明である。
 他方、建設中の北陸新幹線沿線住民の在来線守れの運動もねばり強い。
これらの状況を見るとき、新幹線公害をなくす取り組みの手をゆるめるわけにはいかない。