バリ会議報告

CASA専務理事 早川光俊

 12月3日から15日まで、インドネシアのバリの国際会議場で気候変動枠組条約第13回締約国会議(COP13)、京都議定書第三回締約国会合(COPMOP3)が開催されました。
 今回のCOP13、COPMOP3の最大の任務は、2013年以降の削減目標と制度枠組みについての交渉期限と、それに至る具体的な作業計画を内容とするバリマンデート(ロードマップ)に合意することでした。協議は難航し、予定を1日延長してようやく合意が成立しました。結果的には、交渉期限を2009年までとし、アメリカや主要な途上国の参加にも交渉の窓が開かれた作業計画が合意され、IPCC第四次報告書の中長期の削減数値が決定文書に記述されるなどの成果を勝ち取ることのできた会議でした。
 また、オーストラリアのケビン・ラッド新首相が会場で潘基文国連事務総長に京都議定書の批准書を直接渡したり、IPCCとゴア元米副大統領のノーベル平和賞の授賞式がライブで上映され、授賞直後のゴア元米副大統領が来場して講演したり、京都議定書10周年の誕生祝いのパーティが開催されたり、参加者数がCOP3を超え過去最高になるなど、いろいろな意味で盛り上がった会議になりました。

京都、モントリオールそしてバリ

 1997年12月京都で合意された議定書は、運用ルールの合意を経て、2005年2月にようやく発効しました。京都議定書は2008年から2012年までの先進国の排出削減目標を法的な義務としていますが、2013年以降の削減目標については何も決めておらず、京都議定書三条九項は、第一約束期間の終了する2012年の7年前の2005年から、2013年以降の議論を開始することを求めていました。
 2005年11月にカナダ・モントリオールで開催されたCOPMOP1では、京都議定書の運用ルールであるマラケシュ合意を採択するとともに、2013年以降の枠組みの議論に関する行動計画(モントリオール・アクションプラン:MAP)に合意しました。
 モントリオール・アクションプランでは、次の三つのプロセスで2013年以降の削減目標と制度枠組みについて議論していくことになっていました。
  1.  特別作業グループ(AWG):京都議定書三条九項に基づく先進国の更なる約束
  2.  ダイヤログ:気候変動に対処するための長期的協力の行動に関する対話
  3.  京都議定書九条に基づくレビュー(見直し)
 今回のバリ会議の最重要課題は、こうしたプロセスを今後、どう進めていくか、いつまでに交渉を終了するかを決め、2013年以降の削減目標と制度枠組みについての具体的な道筋をつけることでした。
 また、2007年2月から相次いで公表されたIPCC第四次評価報告書の科学的知見を、世界の政策決定者がどう受け止め、2013年以降の交渉にどう活かすかが問われていました。

2013年以降の削減義務と制度枠組みを考える視点

 2013年以降の削減義務と制度枠組みを考える上で、まずしなければならないのは、人間を含む地球の生態系がどこまでの平均気温の上昇に適応できるのか、そのためには、いつまでに、どの程度の削減が必要なのか、について検討することです。この中長期の削減必要量については、IPCC第四次報告書は、産業革命からの平均気温の上昇を2.0〜2.4℃に抑えるためには、大気中のCO2濃度を350〜400ppmとし、世界全体の温室効果ガス排出量を2015年までにピークから減少に転じさせ、21世紀の半ばまでに2000年レベルの半分以下(50〜85%)に削減する必要があり(IPCC第三作業部会報告)、先進国は2020年までに1990年レベルから25〜40%削減する必要がある(第三作業部会報告)としています。
 また、2013年以降の削減義務と制度枠組みの交渉を進めるためには、地球温暖化の原因者である先進国が、京都議定書の基本的構造である法的拘束力のある国別総量削減目標を引き継ぐことを明確にし、次期削減目標について現在の京都議定書の削減目標より高い目標に合意することです。歴史的に温暖化に責任のある先進国が率先して対策を進めなければ、途上国に参加を促すことはできません。アメリカが主張する法的拘束力のない制度や削減どころか抑制目標では地球温暖化を防止できないことは明らかです。
 今の京都議定書に参加する先進国の合計排出量は世界全体の排出量に比べ3割程度しかなく、地球温暖化を防止するためには最大の排出国であるアメリカを議定書交渉に復帰させることや、今や世界最大の排出国になろうとしている中国、日本を抜いて世界第四位の排出国になったインドなどが対策をとることが必要です。しかし、歴史的排出量や一人当たり排出量の少ない中国やインドなどに、日本などの先進国と同じ法的拘束力のある国別総量削減目標を今すぐ持てというのは、条約や議定書の基本原則である「共通だが差異ある責任」に反するだけでなく、現実的ではありません。

難航した交渉

 2013年以降の枠組みについての交渉期限については、昨年6月のドイツのハイリゲンダムG8サミットや10月にインドネシアのボゴールで開催された閣僚級の準備会合などで、2009年末までとすることがほぼ合意されており、大きな争点にはなりませんでした。
 最大の争点は、IPCC第四次報告書の10―15年ピークや中長期の削減数値を決定文書に記述するかどうか、また、条約のもとでの「対話」をどう進めるか、具体的にはアメリカや途上国の参加についての道筋をつけられるかでした。
 IPCC第四次報告書の10―15年ピークや中長期の削減数値については日本やカナダが、これを決定文書に記述することを強硬に反対し、またアメリカや主要な途上国の参加については、アメリカや中国、インドなどがこれを拒否する強硬な態度を崩さなかったため、協議は難航しました。12月14日深夜には、「対話」についての非公式会合で、アメリカが京都議定書を根本から覆すような提案をし、日本がこの提案を検討すべきだと暗に賛意を示すという事態も起こりました。
 予定された会期を過ぎた12月15日朝に再開された全体会議でも対立が続き、会議は何回も中断され、一次は決裂を覚悟しなければならないような状況になりました。潘基文国連事務総長やユドヨノ・インドネシア大統領が登壇して、会議に参加している各国代表団に直接歩み寄りを呼びかけ、12月15日午後6時にようやく合意が成立しました。

合意された内容

 合意された条約のもとでの「対話」の決定(バリ・アクションプラン)には、10―15年ピークや2050年半減目標、先進国の2020年目標などの具体的な数値は、アメリカ、日本、カナダなどが反対したため記述されませんでした。
 しかし、前文に「IPCCの第四次報告書に、地球規模の排出量の大幅な削減が必要なこと、気候変動への対処が緊急であることが強調されていることを認識する。」との記載がなされ、脚注に10―15年ピークや中長期の削減数値の記載されているIPCC第四次報告書第三作業部会報告書の該当頁が記載されました。また、協議機関については新たに条約のもとに特別作業グループ(AWG)を設置することになり、このAWGでの検討課題として、「すべての先進国による、計測可能で報告可能で検証可能な、数量化された抑制・削減目標を含む、適切な緩和のためのコミットメントまたは行動」と、「途上国による、計測可能で報告可能で検証可能な、技術、資金および能力向上などの支援を受けて行う、国別に適切な緩和のための行動」があげられています。この「すべての先進国・・・」の項目は、事実上、アメリカ条項で、後の条項が途上国条項です。逃げ道も用意され、弱い表現ですが、こうしたアメリカと途上国の参加についての道筋をつけられたことは、今回のバリ会議の大きな成果のひとつです。COPMOP1でのダイアログについての決定に、「このプロセスが新しい削減目標などの約束に繋がるものではない」との条件が付いていたことを考えれば、その意義は明らかです。
 一方、京都議定書のもとで先進国の次期削減目標を議論する特別作業グループ(AWG)についての決定には、10―15年ピークや2050年半減目標、先進国の2020年目標などの具体的な数値が記載されました。条約のもとでの「対話」の決定にこうした中長期の削減数値が記載されなかったことから、京都議定書のもとでの決定からもこうした数値が落とされることを心配しましたが、12月15日午後に開催されたAWGの会議で、カナダとロシアがこうした数値を記述することに反対したものの、EUや途上国から記述を支持する意見が相次ぎ、結局、カナダやロシアが譲歩して、こうした数値が記述されることになりました。日本は発言しませんでした。京都議定書のもとでのAWGについての決定に、10―15年ピークや2050年半減、先進国の2020年削減数値などの具体的な数値が記述されたことも大きな成果です。何の目標もなく削減目標について議論するのと、こうした具体的な中長期の削減数値をIPCCが示唆していることを前提にしながら議論するのとでは、大きな違いがあります。
 京都議定書九条に基づくレビューについては、何をレビューするかが論点となっていました。このレビューを途上国の参加の議論につなげたい先進国は2013年以降の制度枠組みについて検討することを主張し、逆に途上国は、2013年以降の議論より現在の条約や議定書の実施状況について検討し、先進国が途上国に対する資金や技術移転などの義務を履行しているかどうかを検討すべきだと主張しました。結局、レビューについての決定は、「議定書の実施の更なる強化と議定書の様々な要素、特に適応について更に詳細につめることを目標」との文章になり、レビューの対象については曖昧な表現で合意されました。

その他の主要な論点

 今回のバリ会議では、適応基金の運営主体の問題や、途上国における森林減少の防止による排出削減問題、技術移転なども大きな論点となりました。
 適応基金については、運営主体をめぐって主に先進国と途上国で対立し、なかなか議論が進んでいませんでしたが、バリでようやく運営主体とその機能、運営主体についての合意が成立しました。
 途上国における森林減少の防止による排出削減問題は、COP11から議論が続いていますが、バリ会議で、こうした途上国における森林減少と劣化の防止による排出削減を次期枠組みに取り組む方向で検討することが決まりました。
 技術移転については、これまで科学的及び技術的助言に関する補助機関(SBSTA)で議論されていましたが、途上国グループから実施に関する補助機関(SBI)でも議論するよう提案がなされ、これが認められました。途上国への技術移転については、条約でも議定書でも、日本などの先進国の義務とされていながら、目立った成果が見られないことを途上国が問題としており、科学的、技術的な検討だけでなく、実施について検討するよう求めた途上国の要求が通ったことは一歩前進です。

後ろ向きの日本に厳しい批判

 日本政府は一貫して後ろ向きの態度をとりつづけ、厳しい批判を浴びました。その象徴が、会議2日目に「化石賞」の一位から三位を独占したことです。
 受賞理由は、一位が「12月3日のCOPMOPのプレナリーで次期枠組みに法的拘束力のない枠組みを提案したこと」、二位が「京都議定書10周年を自ら冒涜しようとしていること」、三位は「アメリカ、カナダと一緒に実施に関する補助機関の議題の採択を妨害していること」です。化石賞の授与は1999年のCOP5から行われていますが、これまで一位から三位を独占した国は、アメリカとサウジアラビアだけです。日本は、バリの会議中に何回も化石賞を受賞しています。

ポツナム、そしてコペンハーゲンに向けて

 来年のCOP14/COPMOP4はポーランドのポツナム、そして次期の削減目標と制度枠組みに合意をする2009年のCOP15/COPMOP5は、デンマークのコペンハーゲンで開催されることになっています。
 コペンハーゲンに向けた交渉は、これまで以上に困難な道のりになると思います。しかし、この2年の交渉が人類の未来を決めかねないことも明らかです。IPCC第四次報告書が明らかにしたように、気候変動は加速しており、一刻の猶予も許されないことを認識しなければなりません。
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