名古屋新幹線公害訴訟弁護団

第1 はじめに

 1986年4月、名古屋新幹線公害訴訟の和解が成立してから、17年が経過した。この間、弁護団は原告住民とともに和解内容の履行状況の監視活動を続けてきた。
 ところで昨年は、サッカー・ワールドカップにともなう新幹線の深夜運行問題、新幹線と併行して建設されている南方貨物線の撤去・処分問題など、和解条項に反するような事態も発生した。
 以下、昨年の公害弁連第31回総会以降の主な動きを報告する。

第2 1年間の主な動き

1 環境省との協議について
 2002年6月6日、第27回全国公害被害者総行動デーに合わせ、環境省環境管理局自動車公害対策課との協議を行った。
 環境省は、騒音・振動の軽減に関して、国土交通省・鉄道局を通してJRへの指導を要請していると述べたほか、次のとおり説明した。
 低周波音については、全国調査の結果を踏まえて低周波音防止対策事例集としてまとめたので提供する。振動対策の見直しを目的とした01年度分の調査結果はパンフにまとめたので提供する。なお、02年度についても予算がついたので引き続き調査を実施する。新幹線の深夜運行については、鉄道局に環境に十分配慮するよう申入れをした。南方貨物線の処分については、鉄道局から聞いた。用地の処分は周辺の良好な環境に役立つ方法が必要。現地の実態を鉄道局に知らせる。

2 ワールドカップにともなう深夜運行について
 2002年2月22日、JR東海の葛西社長は記者会見で、静岡県の要請に応えるとして「6月11日夜の静岡スタジアムでのサッカー・ワールドカップの試合終了後の観客を運ぶため、新幹線の深夜運行を準備中」「降雪などで遅れた時には深夜便になるので沿線住民の理解は得られる」「国家的イベントでもあり、1日だけだから」などと発言した旨報道された。
 原告団・弁護団は、葛西発言は和解協定を無視するもので看過できないとして、JR東海に抗議の申入書を送付した。
 深夜運行問題は、原告団・弁護団とJR東海の間で2か月間にわたり5回の事務折衝と2回の協議を重ね決着した。
 JR東海は、協議のはじめに、「原告住民に相談することなく深夜便の運行を発表し申し訳ない。今後は和解協定に関する社内の認識の一致に努める」と謝罪した。そして、当初計画していた深夜便の運行速度220キロメートルを撤回し、原告団・弁護団が要求した次の3条件を基本的に受け入れた。①走行本数は必要最小限とする(下り実車2本、上り回送6本)。②使用する車両は軽量の300系とする。③原告らの居住地域では時速120キロメートル以下で走行する。回送列車についても同様とする。
 通常は、新幹線列車は午前0時ごろから午前6時ごろまでは走行しておらず、この深夜時間帯が沿線住民にとって唯一騒音・振動から解放されるときである。この時間帯に列車を走行させることは沿線住民にとってはきわめて深刻なことであり、また「現状非悪化」の和解条項にも違反している。不断の監視活動が不可欠な所以である。

3 南方貨物線の撤去・処分問題について
 原告住民の居住地域7キロメートルのうち約3キロメートルにわたり、新幹線に並行して南方貨物線(以下、南貨)が存在している。現状は高架構造物は概ね出来ているが、貨物需要の落ち込みのため、、工事が中断している。
 2002年3月27日、国の02年度当初予算が成立した。その中で南貨の撤去費総額300億円のうち02年度分の撤去費用約46億円が決まった。南貨は深夜走行が予定されており、新たな公害源として沿線住民は心配していた。その南貨の撤去はそれ自体朗報であった。しかし、どのように撤去するのか、撤去後どうなるのかという新たな問題を持ち込むものでもあった。
 この予算成立の前後、原告団・弁護団(以下、当方)は名古屋市の担当部局をまじえ、鉄建公団の国鉄清算本部と南貨撤去に関する協議や打合せ等を行ってきた。この中で当方は、南貨撤去後の用地の処分については、和解協定および和解締結に至る間の協議内容の議事録確認(以下、和解協定等)の内容に沿って、新幹線沿線の良好な環境保全に役立つ方法をとるよう主張してきた。
 また、国鉄清算本部から名古屋市になされた「南貨土地等の処分開始について」の協議申入れの書面には、和解協定等の文言が引用、添付されていた。
 そして、国鉄清算本部は、南貨の処分方法について、当初は原則として高架構造物を撤去して行うと説明していた。ところが9月段階になって、高架構造物を残したまま用地とともに売却処分すると変更してきた。このような処分の仕方は「良好な環境の保全を目的とした活用」という和解協定等の内容に明らかに反するものであるため、当方は国鉄清算本部と名古屋市に対し抗議すると同時に、処分の見直しを要求した。
 当方の要求は、高架構造物を撤去したうえ、用地の処分は周辺の環境保全・新幹線公害の緩和に資するように(例えば、緑道等)、沿線住民・名古屋市・国鉄清算本部で協議して行えというものである。
 これ以上、新幹線沿線の環境の悪化を許すわけにはいかない。

4 名古屋市の測定結果について
 名古屋市は和解協定の趣旨に沿って、毎年新幹線騒音・振動の監視測定を6地点9箇所で行っている。2002年度の測定結果は同年12月3日に発表された。
 それによれば、騒音は68ないし72デシベルで、振動は50ないし65デシベルであった。騒音・振動とも環境基準や対策指針値をクリアしているものの、騒音は前年度の測定結果に比べて、すべての地点で1デシベルの上昇が見られた。
 この測定結果からして、JRの発生源対策は十分とは言い難い。

5 JR東海との協議
 JR東海本社との17回目の定期協議は2002年12月9日、名古屋市内で行われた。
 JR側は協議の冒頭、先のサッカー・ワールドカップによる深夜便問題で和解協定に関して社内に認識の不統一があったこと、今後は和解条項の実現に向けて一層の努力をすると発言した。続いて、JR側から以下の説明があった(当方とのやりとりの結果を含む)。
(1)騒音対策について
 ① 7キロ区間で設置してきた小トナカイ型吸音装置は引き続き2003年度についても施工を予定している。また防音効果の維持についても努めている。
 ② 年2回の架線の取り替え、レール削正を確実に行っている。
 ③ 軽量車両への計画的な切り替えを進めている。
(2)振動対策について
 ① 鉄道総合研究所に引き続き研究を依頼している。また、2002年7月、小牧市内に開設した自社の研究所でも鋭意研究を進めている。
 ② これまで実施してきている弾性枕木、二重バネ、バラストマットなどの組合せで振動軽減効果の維持に努めている。
 ③ 新たな振動対策の提案

「高架橋端部補強工事」 ラーメン高架の継目部の高架下に鉄骨造の補強工を 設置することで、段違いから発生する振動を抑制する。
「枕木連結」 枕木からバラストへ伝わる振動を軽減するためのゴムを被覆し た弾性枕木を鋼材で連結し、軌きょうの剛性を高めることで更に振動を低減する。
これらの地盤振動対策新規工法を2002年度から2003年度にかけて実施する。
 (3)その他
   ① 2003年秋の品川新駅の供用にともない東海区間の新幹線の運行速度はすべて最高速度270キロメートルとなる。
   ② 車両はすべて軽量車両となる。
   ③ 7キロ区間は線形上の問題もあり、運行速度は現状と変わらない。
   ④ 移転跡地は環境空地の位置づけで自社で保有する。

6 地元自治体に対して
 新幹線の深夜運行問題に関して、愛知県の担当部局との打合せ・協議を数度にわたって行った。
 名古屋市の担当部局とは新幹線の深夜走行問題や南方貨物線の撤去に関して、数度の打合せ・協議を行った。

第3 おわりに

 昨年は新幹線の深夜運行問題、さらには鉄建公団国鉄清算本部による乱暴な南方貨物線の処分問題など、原告団・弁護団はその対応に追われた。
 幸い深夜運行問題は原告団・弁護団のねばり強い取り組みで、JR東海は和解条項の履行義務の当事者としての自覚と反省の意を明らかにした。
 国鉄清算本部は南貨の処分にあたって「早期・安上り」の処分方法を進めようとしているが、沿線住民の監視の目は広がっている。
 このような状況を見るとき、監視活動の手をゆるめることはできない。