薬害ヤコブ病訴訟(大津訴訟)弁護団

1、薬害ヤコブ病全面解決とたたかいの到達点

(1) わが国で最初の薬害ヤコブ病(CJD)訴訟が大津地裁に提訴されたのは、1996(平成8)年11月のことであった。硬膜移植が原因で、CJD(クロイツフェルト・ヤコブ病)に罹患した患者谷たか子さんとその夫が、硬膜の輸入販売を承認(許可)した国とこれを輸入して販売した企業などを相手どって損害賠償を求める訴訟を提起した。
   2001(平成13)年7月2日、薬害ヤコブ病訴訟は提訴以来4年8月ぶりに結審し、大津地裁は判決言渡期日を2002(平成14)年3月25日に指定するとともに、訴訟の早期解決をはかるために、当事者双方に和解の勧告を行った。
(2) 東京と大津の両原告は、01(平成13)年8月8日に、加害者責任の明確化と謝罪、薬害の再発防止と根絶などを求める11項目の統一要求書をまとめて、これを被告国・企業らに提出した。
   東京・大津両地裁は、同年11月14日、国と企業の責任を断罪した和解に関する所見を提示し、これをうけて被告国が和解協議に応ずることを決めた。さらに翌02(平成14)年2月22日、両裁判所が合同和解案を提示したことから、同年3月25日、原告・弁護団と厚労大臣、被告企業らとの間で、「確認書」が調印されて、提訴以来5年4月ぶりに全面解決がはかられることになった。
(3) 同日、大津、東京両地裁で、判決対象原告について、和解が成立した。
   和解の内容は、①患者1人当たり一時金として平均6000万円を支払う、②国は全ての患者に対して、1人当たり一律350万円を負担する。③1987(昭和62)年以降に移植手術を受けた患者に対しては、350万円の外に一時金の3分の1を国が負担する、というものであった。これは、国の負担ですべての被害者の救済を実現するという点で、積極的な意味をもつものである。

2、大津訴訟の昨年一年間の経過

  • 2002(平成14)年3月25日、原告・弁護団と厚労大
    臣、被告企業との間で、薬害ヤコブ病の全面解決をはかる「確認
    書」調印(於 厚労省)
  • 同日、大津地裁で、薬害ヤコブ病患者11名について和解成立
    (和解金総額6億2,370万円)
  • 同年5月27日、第2次和解成立(患者2名、和解金1億4,
    100万円)
  • 同年6月1日、薬害ヤコブ病全面解決報告集会(於 大津プリ
    ンスホテル)
  • 同年6月25日、第7次提訴(患者4名追加提訴、提訴患者合
    計20名)
  • 同年6月30日、薬害ヤコブ病サポートネットワー
    ク設立総会(於 東洋大学)
  • 同年9月25日、第8次提訴(患者5名追加提訴、提訴患者合
    計25名)
  • 同年10月3日、15日、第3次和解成立(患者2名、和解金
    9,260万円)
  • 同年11月12日、世界ヤコブデー集会(於 東京・弁護士会
    館)
  • 同年12月13日、第9次提訴(患者4名、提訴患者合計29
    名)
  • 2003年3月3日、第4次和解成立(患者  名、和解金  万円)

3、確認書調印の意義と今後の課題

(1) 前述のとおり「確認書」は、2002(平成14)年3月25日に調印されたが、調印にあたって、坂口厚労大臣は、「医療に責任をもつ立場にありながら、命という償うことのできないものをなくした責任は重大であり、心からお詫びを幾重に申し上げてもなお言い尽くせない心情が残る」と謝罪の言葉を述べるとともに、「医療用具の許認可・承認の体制が不十分であったこと、さらに諸外国の活動状況や新しい研究成果などに対する掌握が足りなかったことなどを反省している」と発言して、ヒト乾燥硬膜の輸入承認段階での国の責任についても言及した。この発言は、原告らの主張を基本的に認めるものであった。
(2) 確認書は、国と企業が責任を認めて、原告らを含むすべての被害者に悲惨な被害を生じさせたことを謝罪するとともに、ヤコブ病のような薬害を再び繰り返さないことを誓約している。また、国は被害者を支えるために設立される「サポート・ネットワーク」の活動への支援を約束し、被告企業にも被害者の慰霊とサポート・ネットワークへの支援のために資金を拠出させるなど、原告の要求をほぼ全面的に実現するものとなっている。
   特に、確認書の中で、厚労大臣が、①医薬品などの安全性に関する情報収集の拡大強化と収集した情報の積極的な活用に努めること、②安全性に疑いが生じた場合には、直ちに必要な危険防止措置をとること、③薬害防止のために、薬害教育に取り組むこと、④ 生物由来製品などの安全性を確保するため必要な規制を強化し、被害者救済制度を創設すること、⑤硬膜移植を受けた者のカルテ等について、長期保存のための措置をとること、などを明記した点で、これまでよりも前進した内容となっている。また確認書が未和解原告と未提訴患者についても、同一の条件で救済することを約束していることは勿論である。
   確認書で約束された生物由来製品の安全確保などのために、薬事法の改正案が提出され、昨年6月、国会で可決・成立した。今回の薬事法改正は、1979年の薬事法改正に匹敵する大規模改正であり、今後の運用の実態に注目する必要がある。
(3) わが国ではサリドマイド、スモン、HIVと、薬害が繰り返し引き起こされ、その都度、行政の責任が厳しく断罪され、国と企業は薬害の再発防止を誓約してきた。にもかかわらず、ヤコブ病のような悲惨な薬害が再び発生したことは、国民の生命と安全を軽視するという行政の体質がいかに根深いかを示している。こうした行政の体質が根本的にあらためられない限り、これからも決して薬害はなくならないといっても過言ではない。
   しかし一方で、ハンセン病訴訟での国の控訴断念にみられるように、国民世論の動向が行政の運営を左右するという状況も生まれてきている。また、薬害ヤコブ病で原告が全面解決を達成できた背景には、超党派の国会議員の会をはじめ、医師、研究者、専門家、ジャーナリスト、さらには労働者、市民など多くの人々の支援と協力が大きな役割を果たしてきた。
   勿論、薬害ヤコブ病はこれですべて解決したわけではない。未和解患者の救済や潜在患者の掘り起こしとその救済の実現をはじめ、被害者を支援する「サポート・ネットワーク」の確立、生物由来製品による被害救済制度の創設等の課題が残されている。この被害救済制度の創設に向けて、昨年12月、独立行政法人医薬品医療機器総合機構法が成立したが、これについては、様々な問題点が指摘されており、確認書のなかで誓約された薬害の再発を防止するための安全対策が本当に確保されるかどうかは、今後の国民の監視にかかっているといっても過言ではない。
   また「確認書」調印後の昨年7月、厚労省で輸入承認を受けた肺ガン治療薬「イレッサ」の副作用によって100名をこえる死亡者が出るなど、薬害がいまも発生し続けている。
   薬害を根絶し、国民の生命と健康を守るという課題を実現するためには、なお一層の努力と奮闘が要求されているといわなければならない。