弁護士 森 徳和

一 結審をめぐる攻防

 本年1月24日、川辺川利水訴訟が結審し、5月16日午後2時に判決が言い渡されることが決まった。結審弁論は、原告側が合計11名で1時間半にわたって行った。農水大臣側は、土地改良事業の必要性について利水事業所の所長が簡単な意見陳述を行っただけで、その優劣は誰の目にも明らかであった。
 福岡高裁は、1月24日結審を前提に審理を進めてきたが、国は結審を間近に控えた12月、突然結審を五ヵ月間程度延ばしして欲しいと申し出た。
 国土交通省は、ダム本体着工の障害となっている漁業権の強制収用を収用委員会に申し立て、強引にダム本体工事に着手しようとしていた。農水大臣は、このような国土交通省の動きに呼応して、劣勢に立っている川辺川利水訴訟の判決引き伸ばしを画策していた。
 原告は、国側の一体となった引き伸ばし工作を打ち砕いて結審を勝ち取ることができた。

二 土地改良事業の目的と変更計画

 国営川辺川土地改良事業は、熊本県人吉市外2町4村にまたがる約3590 haの農地(但し、既成農地を含む)について、畑地かんがい及び用水改良を行うとともに、農地造成による規模拡大や区画整理を実施するものである。
 長年にわたる減反政策、農産物の輸入自由化、農業就労者の高齢化と後継者難などを背景にして、1994(平成6)年に事業変更計画が公告され、受益面積を3010haに縮小し、国営事業として実施できる受益面積3000haぎりぎりの規模を維持して計画を推進しようとするものであった。
 川辺川利水訴訟は、事業変更計画に対する異議申立てを退けた農水大臣の決定の取り消しを求める行政訴訟(熊本地方裁判所平成8年(行ウ)第9号)として、1996(平成8)年6月、原告866名が提訴したものである(後に、補助参加人が加わり、原告・補助参加人の合計は約2100名に及んだ)。

三 熊本地裁の不当判決

 2000(平成12)年9月8日、熊本地方裁判所(杉山正士裁判長)は、原告の請求を退ける判決を下した。
 判決は、最大の争点である3条資格者(受益農家)の3分の2以上の同意の有無について、用排水(かんがい)事業について、3904名のうち75・1%の同意があったと結論づけた。
 もともと国営事業については、9割以上の同意があることが採択基準とされてきたが、農水省は、変更計画では用排水(かんがい)事業について87・1%の同意を得たと説明していた。熊本地裁判決は、同意率を3条資格者の75・1%と認定しており、国営事業の採択基準を大きく下回っている。
 また、判決は、原告・補助参加人のうち3条資格者の占める割合を40.5%と認定しているが、現時点では3分の2以上の同意という事業推進の前提が崩れ去っていることも明らかになった。

四 原告の新たなる闘い

 熊本地裁の不当判決に対して、原告は、限られた控訴期間に委任状を集め760名(原告の88%)が控訴した。一方、農水省は、一部の幹線水路やファームポンドで工事を進め、川辺川ダムの本体工事が着工されないもとで既成事実作りに腐心した。
 2001(平成13)年5月25日、福岡高裁(井垣敏生裁判長)で第1回口頭弁論が開催され、わが国の裁判史上初めてビデオ上映やパソコン作成画面を駆使した意見陳述(「21世紀ビジュアル弁論」)を実施した。
 第2回口頭弁論からは学者尋問に入り、熊本大学中川義朗教授、熊本県立大中島煕八郎教授、愛知大学の宮入興一教授がそれぞれ証言を行った。そのうち、宮入証人は、変更計画の費用便益性(投資効率)が最大でも0.918しかないことを明らかにして、変更計画を推進する根拠が失われていることを明らかにした。
 また、熊本地裁判決は、約2000名の3条資格者の同意署名について認否が留保されていたにもかかわらず、すべてを同意者として扱っていた。そこで、原告団と弁護団は、数多くの支援者の協力を得て、「アタック2001」と銘打った約2000名に及ぶ認否留保者の調査を半年間にわたって展開した。その結果、三事業の同意率は、土地改良法が定める3分の2を大幅に下回っていることが明らかになった。
  1 用排水(かんがい)事業  32.25%
  2 区画整理事業       33.99%
  3 農地造成事業       42.66%
 さらに、控訴審における審理を通じて、同意署名簿原本に数多くの変造痕があることを発見し、同意署名簿原本の検証を実現した。
 変造問題が発覚したことにより、同意署名簿の管理が杜撰だったことが公になった。

五 広がりつつある運動

 有明海の海苔の不作を契機として、「宝の海を返せ」という沿岸漁民の闘いが広がり、「よみがえれ有明海訴訟」が提訴された。八代海(不知火海)でも赤潮による被害が発生し、川辺川ダム建設によって悪影響が出るという沿岸漁民の不安の声が高まっている。
 また、球磨川(川辺川の本流)流域の坂本村、人吉市では、ダム建設の賛否を問う住民投票条例の制定を求める署名活動が行われたが、いずれも議会で1票差で否決され住民投票は実現しなかった。しかし、2002(平成14)年4月には、流域最大の都市である八代市でダム反対を掲げた中島隆利市長が誕生し、住民の意識は大きく変わりつつある。
 さらに、潮谷義子熊本県知事は、川辺川ダム計画を押し進める国土交通省が説明責任を十分に果たしていないとして賛成・反対の異なる立場の住民による住民討論集会を実施し、治水問題・環境問題について議論が重ねられている。

六 勝訴判決を勝ち取るために

 判決期日は指定されたが、勝訴判決を勝ち取るためには、新たな運動に取り組まなければならない。判決を挺子に土地改良事業を中止させるためには、農水大臣に上告断念を決断させなければならない。そのために、原告団と弁護団は、国民の幅広い支援を受けながら次のような運動を繰り広げる計画である。
  1 福岡高裁に対する公正判決要請署名
  2 農水大臣に対する事業見直し要請署名
  3 国会議員に対する要請行動
  4 川辺川ダム問題を考える超党派国会議員の会の組織
 土地改良事業が中止されると、多目的ダムとして計画されている川辺川ダムについても、かんがい目的が失われたことから必然的に見直しが求められる。
 川辺川利水訴訟を通じて、公共事業をめぐる国の方針を変更させるために、5月の判決まで更なる闘いを続けていく覚悟である。