兵庫尼崎アスベスト訴訟弁護団 事務局長
弁護士 八木和也

1  はじめに
 アスベスト工場の周辺住民で、アスベスト特有の疾患とされる中皮腫が原因で亡くなった被害者2名の遺族らが、2007年5月8日、国とクボタを相手取り損害賠償を求めて神戸地裁へ提訴した尼崎アスベスト訴訟は、平成21年2月13日の期日で、第9回目の弁論を迎えた。
昨年12月26日には、新たな被害者1名が加わり、これで被害者数3名、3遺族による裁判となった。
 本訴訟は、いわゆる「公害型」と呼ばれる被害者の遺族のみが原告となった全国初の訴訟である。
 現在、国との間では、規制権限の有無、知見の確立時期、クボタとの間では、工場外へのアスベストの飛散の有無が争点として争われており、今回はその一部を紹介する。
2  規制権限、知見に関する議論
 国の規制権限、知見の関する主張は、縦割り行政による弊害をそのまま被害者に押し付けるという不当なものである。
 いわく、たしかに国は「労災型」の被害に関する権限については、旧労働基準法、じん肺法、労働安全衛生法などの法律があったかもしれないが、これはあくまで労働者を保護するための法律にすぎず、「公害型」の被害者との関係では無関係である。
 また、たしかに「労災型」の被害に関する知見は古くからあったかもしれないが、「公害型」に関する知見は、1972年ごろにようやく示唆され始めた程度で、1986年になっても確立してはいなかった、というものある。
 こうした国の主張の背景には、「労災」の問題は厚生労働省(旧労働省)の管轄であり、「公害」の問題は環境省(旧環境庁)の管轄であるから、「公害型」の本件訴訟においては、環境省の管轄する「公害」に関する規制権限や知見のみが問題となるのであって、「労災」に関する規制権限や知見は無関係であるという考え方があると思われる。
 しかしながら、こうした考え方では、同じ時期にアスベストに暴露した被害者であっても、工場の塀の中で暴露した被害者は救済され、工場の塀の外で暴露した被害者は救済されないという極めて不合理な結果を招いてしまう。
 そもそも、被害者にとっては、自らの被害がどの省庁の管轄に属する問題かはどうでも良いことであって、「国」が被害を知り得たのであれば、「国」になんらかの対策を取って欲しいと願うのは当然のことである。
 そこで、われわれは、国は、国民の生命・健康を守る義務があり(基本権保護義務、憲法13条)その裏返しとして、国民は国に対して自らの生命健康を守るよう請求する権利がある(基本権保護請求権)との主張を前提に、規制権限の関係では、労働関連法規などの法律も、究極的な目的は国民の生命健康を守ることにあるのであるから、法律の条文上の目的(省庁の管轄)に拘ることなく、国民の生命健康が危険にさらされている場合には、国は可能な限りの法令を駆使して規制権限を発動すべき義務があるはずだとの反論を展開している。
 そして、知見の関係でも、国がアスベストによって国民の生命が危険に曝されているとの認識があったのであれば、暴露の形態や被害者の属性に拘ることなく(省庁の管轄にとらわれることなく)、当該知見から推測できる被害者に対しては、速やかに規制を講じるべきであるとの反論を検討している。
3  飛散に関する議論
 クボタの主張は、アスベストの使用を始めて間もない時期より、作業工程の自動化・密閉化に取り組んできており、時々の法令や知見に照らして妥当な飛散対策を講じてきており、なんらの違法性もないというものである。
 しかしながら、一方でクボタは、本件で問題となる暴露時期に相当する工場内の粉じん濃度測定データを(おそらく意図的に)開示しておらず、全国的にも例のない未曾有の被害を生じさせた原因企業であることは明らかであるにもかかわらず、その真相の究明に協力しようという態度は全くみられない。
 われわれとしては、少なくとも法律で義務づけられた1971年以降のデータは保存していないはずはないとして、裁判所に文書提出命令を申し立て、裁判所の権限を使って、クボタ内部の状況を明らかにすることを試みている。
 また、当時クボタは、管轄の尼崎労働基準監督署から粉じん対策の関係で度重なる指導を受け、労基署はこの指導結果の一覧表を現在でも保管していることを突き止め、その開示を求めたが、これも厚生労働省からの妨害にあい、開示がなされていない。
 この文書についても、当時のクボタの工場内での飛散状況を明らかにするうえで重要な資料であると考え、われわれは裁判所に文書提出命令を申し立て、開示をさせるべく奮闘している。
4  まとめ
 以上のように、本訴訟はまだ議論の途上にあり、証拠調べまでにはもう少し時間を要する状況にあるが、国とクボタが企むアスベスト公害の風化と隠ぺいを阻止し、真相をしっかり解明して責任の所在を明らかにし、公害の歴史にアスベストの問題をしっかりと位置づけるべく戦いを続ける所存である。