首都圏建設アスベスト訴訟弁護団
事務局長 佃 俊彦

1  訴訟の進行状況
 長年にわたり建設作業に従事して石綿粉じんに曝露した結果、肺ガン、中皮腫、石綿肺等の重篤な石綿関連疾患に罹患した患者と遺族172名(東京都、埼玉県、千葉県に在住。患者単位)が、2008年5月16日、国と建材メーカー46社を被告として首都圏建設アスベスト訴訟を東京地裁に提訴した。これに引き続き、同年6月30日、神奈川県に在住する被災者40名(患者単位)が同じ被告に対し横浜地裁に提訴した。
 石綿関連疾患の特徴の一つに予後が極めて悪いことがあげられる。提訴時点で既に約半数の原告が亡くなっておられたが、提訴後半年あまりで、東京原告では11名の方が、横浜原告では6名の方が亡くなられた。そこで、私たちは生存原告が命あるうちに解決するために、争点整理とともに同時並行して証拠調べに入ることを強く求めている。
 東京地裁では2008年7月、11月、2009年1月と3回の口頭弁論期日が開かれ、今後2010年3月まで6回の弁論期日が指定されている。そして、第4回期日以降は、被告の抵抗があるものの、争点整理とともに立証に入っていく予定である。建設作業における発じん状況と石綿関連疾患の典型的症状を撮影した2本のビデオを法廷で再生しての取調、石綿関連疾患の特徴と建設作業従事者における石綿関連疾患の特徴についての専門医の証言などを求めている。
 また、横浜地裁でも2008年11月、2009年2月と2回の口頭弁論が開かれ、本年4月以降12月まで7回の期日が指定され、次々回以降には大工などの職種ごとに、その作業内容と石綿粉じん曝露の実態、加えて被害状況について、原告本人の尋問が予定されている。

2  訴訟の目的
 2005年のいわゆるクボタ・ショックを契機として石綿被害に対する社会的な関心が急速に高まり、国は2006年に「石綿の健康被害の救済に関する法律」(石綿新法)を成立させ、2008年には一部を改正した。しかし、「石綿新法」は、国や石綿関連企業の責任を不問に付し、対象疾病を中皮腫と肺ガンに限定するとともに、救済給付金も極めて低額に抑えており、「隙間のない救済」との目的から程遠いものとなっている。しかも、国と建材メーカーらは、「石綿新法」の制定をもって、社会問題化した石綿被害を沈静化させ、自らの法的責任を曖昧にしたまま建設作業従事者の石綿被害問題についても決着をつけようとしている。
 そこで、原告らは、この訴訟で国と建材メーカーの法的責任を明らかにし、このような国と建材メーカーの姿勢を抜本的に改めさせ、「石綿新法」の改正を含め、石綿被害に見合った救済と今後の被害を防止する施策を確立させるために提訴に及んだものである。

3  石綿粉じんの危険性の知見
 この知見は、次に述べる国と建材メーカーの責任(とりわけ石綿建材の製造禁止)の前提となる重要な論点である。
 原告らは、石綿粉じんの危険性については、厚労省自らが「アスベスト問題に関する厚生労働省の過去の対応の検証」の中で認めているように、わが国においても既に戦前から多くの石綿肺が発症しており、石綿粉じんの危険性は認識されていた。また、石綿粉じん固有の危険性である発ガン性についても、遅くとも1955年にはイギリスのドールの報告により肺ガンが発症すること、1965年にはニューヨーク科学アカデミーにおけるセリコフら報告を受けて中皮腫が発症することが疫学的に明らかになっていた。さらに、1972年には、ILOとWHOが石綿を発ガン物質と認める勧告を出し、これにより石綿の発ガン性について国際的にコンセンサスができたと言えると考えている。
 ところが、国は、意図的に石綿肺の危険性には触れず、発ガン性の危険性については、その知見が確立した時期を明確にしていない。原告らは、文献を中心にして上記の知見を早期に明らかにする予定である。

4  国の責任
 国の責任を一言で言えば、このような石綿粉じんの危険性に関する知見があったにもかかわらず、国は、建築基準法令に基づき石綿建材の使用を推進するとともに、労働安全衛生法令に基づく石綿被害防止規制を大幅に遅らせたといえる。
 国には、旧労基法に基づき、遅くともじん肺法が制定された1960年には、建設作業従事者の粉じん曝露濃度の測定、作業場の換気・局所排気装置の設置、石綿関連疾患についての特別教育等を実施すべき義務があったにもかかわらず、これを怠ったものである。また、ILOとWHOが石綿の発ガン性について勧告した1972年には、石綿の発ガン性が明らかになったのであるから石綿建材の製造・販売を禁止すべき義務があったにもかかわらず、全面的に製造・販売禁止したのは、わずか3年前の2006年であった。
 また、建築基準法の趣旨・目的を、基本権保護義務の法理や関西水俣病最高裁判決から、建設作業従事者の生命・健康の保護も含むと広く解し、上記の労働安全衛生法令に基づく規制権限と同様の規制権限を建築基準法からも導き出すことができると考えている。そして、建築基準法に基づく責任を追及する実践的な意味は、労働実態としては建設作業労働者と変わらないにもかかわらず、形式的には労働者と扱われない可能性のある、一人親方(労働者を使用しないことを常態とする自営業者)や零細事業主を広く救済する点にある。

5  建材メーカーの責任
 建材メーカーの責任は、共同不法行為の法理に基づき構成している。
 注意義務については、上記の石綿粉じんに関する知見に基づき、1947年以降は石綿肺の、1955年以降は肺ガン発症の、1965年以降は中皮腫発症の、それぞれの危険性が指摘されていたことに基づき、建材メーカーには、建材に石綿を含有しており、石綿粉じんの吸引することにより重篤な石綿関連疾患に罹患する危険性があることを警告・表示する義務があった。しかし、1989年から一部の石綿建材に石綿含有を示す「a」マークを表示したにとどまり、これではまったく警告の意味をなさなかった。
 また、国の責任と同様、ILO、WHOで石綿の発ガン性が明確になった1972年以降、石綿原料の使用を中止し、流通している石綿建材を回収すべき義務があった。それにもかかわらず、建材メーカーらは法令により建材への石綿使用が禁止された2004年まで長きにわたって石綿使用を継続し続けたというものである。
 ところで、建材メーカーらは、各原告が使用した各メーカー製造の建材との個別的因果関係を明らかにするよう求めているが、民法719条は被害者保護の趣旨で規定されたものであり、関連共同性が認められる限り、個別的因果関係の主張・立証は不要と解している。
 そして、関連共同性については、建材メーカーらは、危険性のある石綿建材を製造・販売し市場に流通させるという加害行為を一体として共同して行なったのであるから、弱い関連共同性はもちろんのこと、強い関連共同性も認められると考えている。その一体性は、業界が一体として活動する母体として日本石綿協会などの業界団体を結成し、業界をあげて石綿建材の宣伝を行ない、石綿建材の現場での使用方法等を周知させ、石綿の発ガン性が指摘され始めた1965年以降には石綿建材の「安全使用」を広報してきたことなどから明らかであると言える。

6  今後の展望
 訴訟は東京地裁と横浜地裁の2つの裁判所に提訴したが、両原告団・弁護団は統一原告団・弁護団を結成し、原告らが所属する首都圏の建設者労働組合の支援を受けて、「あやまれ、つぐなえ、なくせアスベスト被害」という要求実現に向けてたたかいを進めている。
 建設作業従事者の石綿被害は、国と建材メーカーによる利潤追求最優先の構図の中で、最大規模の被害として発生していると言われており、その被災者は首都圏にとどまらず全国に拡がっている。その意味では、国と建材メーカーの責任を明らかにし、被害救済と新たな石綿被害を防止することは、建設産業と建設作業従事者の現在と未来がかかっているといっても過言ではない。
 水俣病や大気汚染など、これまでの公害訴訟の教訓に学び、工場労働者だけでなく地域住民の石綿被害も含めて国の責任追及をしている、大坂地裁の泉南アスベスト国賠訴訟とはもちろんのこと、今後提訴されるであろう建設アスベスト被災者の裁判とも連帯して早期解決をめざして奮闘する所存である。