一 わが国の公害・環境破壊の現状

 わが国の大気汚染、水質汚染、廃棄物問題、温暖化問題などの公害・環境破壊の現状は、次の通りであり、その特徴的な状況を指摘する。
 第一に、都市部を中心とする窒素酸化物(NOx)や浮遊粒子状物質(SPM)の汚染は依然として改善されていない。 全国の有効測定局の2002年度のNO2年平均値は、一般局0.017ppm、自排局0.030ppmと前年度に比べやや増加している。また、環境基準が達成されなかった測定局の分布についてみると、一般局については、千葉県、東京都、神奈川県及び大阪府の4都府県、自排局については、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、三重県、大阪府及び兵庫県などの「自動車NOx、PM法」の対策地域に加え、7道府県にも分布している。
 「自動車NOx法」の特定地域全体におけるNO2環境基準の達成割合は、1996年度から2000年度まで33.3~62.8%(自排局)と低い水準で推移しており、目標達成にまたしても失敗した。
 一方SPMについてみると、全国の有効測定局の2000年度年平均値は、一般局0.031mg/m3、自排局0.040mg/m3とこれまた前年度に比べやや増加している。またSPM環境基準の達成率(長期評価)は、2000年度は、一般局で84.4%、自排局では66.1%と前年度に比べていずれも減少しており、環境基準未達成の測定局は、全国32都道府県に及んでいる。
 第二に近年長期曝露による健康影響が懸念される有害大気汚染物質についてみれば、1997年4月に施行された改正大気汚染防止法に基づき1997年度から地方公共団体においても本格的モニタリングがスタートしているが、同法に基づく指定3物質中、ベンゼンについては、月1回以上の頻度で1年間にわたって測定した地点の測定結果で、364地点中74地点において環境基準値を超過した。
 第三に自動車交通騒音の状況も、2000年度では、全国3123地点のうち、大幅に緩和された1999年4月施行の新環境基準に照らしてみても、基準値を超過していた地点は1933地点(61.9%)に及んでおり、とりわけ大都市地域の幹線道路沿道において環境基準値を超過した地点の割合が高くなっている。そして2000年度に地方自治体が苦情を受け測定を実施した185地点のうち、要請限度値を超過した地点が21地点にものぼっている。
 第四に、水環境においても、2000年度において有機汚濁の環境基準(河川ではBOD、湖沼と海域ではCOD)の達成率が、河川で82.4%、湖沼で42.3%、海域では75.3%となっており、特に湖沼、内湾、内海等の閉鎖性水域で依然として達成率が低くなっている。また地下水においても、2000年度で、調査対象井戸の8.1%において環境基準値を超過する項目がみられており、1999年に環境基準項目に追加された硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素について6.1%の井戸で環境基準値を超えていた。
 一方、市街地等の土壌汚染問題については、近年、工場跡地や研究機関跡地の再開発等に伴い、有害物質の不適切な取扱い、汚染物質の漏洩等による汚染が判明する事例が増加している。
 1991年8月に「土壌環境基準」が設定されて以後、都道府県や水質汚濁防止法に定める政令市がこれに適合しない土壌汚染事例を把握しており、2000年度に判明したものは134件にのぼっており、鉛、砒素、六価クロム、総水銀、カドミウム等に加え、金属の脱脂洗浄や溶剤として使われるトリクロロエチレン、テトラクロロエチレンによる事例が多くみられる。 第五に、現在の大量生産、大量消費、大量廃棄の社会経済構造を背景にして、廃棄物問題も、廃棄物量の増加、廃棄物の質の多様化、最終処分場の残余容量の逼迫など問題は引き続き深刻である。わが国の一般廃棄物の総排出量は1999年度で年間5,145万トン、国民1人1日あたりの排出総量も1,114グラムで、焼却などした後の最終処分量も1087万トンにのぼっている。最終処分場の残余年数は、1999年度で全国平均12.3年であり、逼迫している状況に変わりはない。産業廃棄物の総排出量も、1999年度は約4億トンで、最終処分量も約5,000万トンと膨大である。一方、最終処分場の残余年数は、全国平均3.7年、首都圏では1.2年であり、一般廃棄物よりも厳しい状況にある。こうした中で、2002年12月から廃棄物焼却施設から排出されるダイオキシン類の規制が強化された。これは、粗悪な施設を稼働させている業者を廃業させ、高性能の大型炉を保有する業者に集中させて、適正処理をはかろうとするものであったが、2001年12月に稼働していた3,917施設のうち規制強化された2002年12月に稼働している施設は2,609で、3分の1が廃止される結果となっている。
 最後に、地球温暖化問題に関連して、温室効果ガスの主要な物質であるCO2につき、1999年度の排出状況についてみると、わが国の排出量は12億2500万トン、1人あたり排出量は9.67トンであり、1990年度に比べ1人あたり排出量では6.3%、総量については9.0%増加している。これを部門別にみると、運輸部門が23.0%、民生(業務)部門が20.1%増加している一方、産業部門は0.8%の増加にとどまっている。
 運輸部門の排出量の56.4%を占める自家用乗用車からの排出が35%増加しており、運輸部門のCO2排出量増加の最大の要因となっている。

二 公害・環境をめぐる注目すべき動き

 まずこの間の大きな動きとして、大気汚染をめぐるたたかいがあげられる。2002年10月29日東京大気汚染公害訴訟で、東京地裁は、国・東京都・首都高速道路公団に対し損害賠償を命じる原告勝訴判決を下した。これで国は大阪・西淀川2~4次判決にはじまって5たび公害加害責任を断罪されることとなった。判決は面的汚染を認めず大半の原告の請求を棄却した点では全く不当であるが、幹線沿道に対する道路管理者の加害責任は、これで不動のものとなった。判決が基準とした12時間交通量4万台、大型車混入率20%以上の道路に限っても、東京のみならず全国に多数存在しており、国等は直ちにその対策を迫られると同時に、今後も巨大幹線道路の建設を強行しようとしている国の道路行政が真正面から裁かれるところとなった。一方、東京大気訴訟で初めて大きく勝負をいどんだ未認定・未救済患者について、判決は損害賠償を認容した。これは1988年の補償法指定地域全面解除の誤りを糺し、未認定患者の救済を迫るところとなっている。判決直後、石原東京都知事は、控訴断念を表明したうえで、国に対し、自動車排ガス規制の強化とあわせて、自動車メーカーの費用負担も含めて国の責任で健康被害者救済制度を創設するよう要求。首都圏の7都県市首脳会議、東京都議会、そして東京の区・市議会でも続々と同旨の意見書があげられている。今回の判決は、大きな焦点となっていた自動車メーカーの加害責任を免罪するという極めて不当な判断を下した。しかし、さすがに判決は、メーカーの予見可能性、自動車排ガスとの因果関係を認め、メーカーには最大限かつ不断の努力をつくしてできる限り早期に排ガスを低減する社会的責務があると断じた。これをふまえた判決当日のメーカー交渉では、各社から被害救済制度について「行政から要請があれば真摯に検討する」などとする確認書を獲得するに至った。制度創設に向け大きな足がかりを築いた意義は大きい。
 次に基地騒音公害に反対するたたかいも、この間大きな前進をかちとっている。昨年は判決ラッシュの1年となり、2002年3月6日小松基地訴訟、4月12日新横田基地対米訴訟、5月30日新横田基地訴訟、10月16日厚木基地訴訟の各判決が下された。これまで騒音値80wまでしか救済されていなかった小松・厚木も含めて騒音値75wまで救済範囲を拡大し、居住地域・職業・年齢などの違いを超えた共通被害を認めさせ、上記3訴訟あわせて約60億円もの巨額の損害賠償をかちとったことの意義は大きい。潜在的原告は原告数の数10倍に及んでいることも考えあわせれば、こうした大規模訴訟での勝訴の積重ねが国に対し音減対策・基地の存在そのものの見直しを迫る大きな力となっている。2002年10月29日には、沖縄・普天間基地周辺住民約200人による騒音訴訟が提起された。原告5500人を擁する新嘉手納基地爆音訴訟も年内結審も見込めるところまで来ており、国に対する包囲網はより強固なものとなってきている。その一方で、新横田訴訟判決では、陳述書未提出の原告の請求を棄却し、また危険への接近論を広く適用して減額ないし免責を認めるという大規模訴訟に対する反動とも言うべき現象がみられており、警戒しなければならない。
 また薬害ヤコブ病のたたかいでは、昨年度議案書にも詳述したとおり、全国連絡会議を結成しての精力的な取組みが展開された結果、2002年3月25日、原告・弁護団と厚労大臣・被告企業との間で「確認書」を調印、大津・東京両地裁で和解が成立し、全面解決がはかられることとなった。確認書は、国と企業の責任を認めて、全ての被害者に謝罪するとともに薬害をくり返さないことを誓約。国・企業に、被害者を支えるための「サポート・ネットワーク」の支援を約束させるなど原告の要求を全面的に実現するものとなっている。その後2002年6月には、確認書で約束された生物由来製品の安全確保等のための薬事法改正が可決・成立しており、今後の運用が注目される。
 こうした一方で、2002年7月厚労省で輸入承認を受けた肺ガン治療薬「イレッサ」の副作用によって173人(2003年2月現在)が死亡するという新たな薬害被害が発生した。世界的な許可基準の統一の名のもとに日米欧の製薬企業と厚労省が一体となって臨床試験の簡素化を行ったことが、今回の事態を招いたとされている。また血液凝固製剤の投与を原因とするC型肝炎をめぐって2002年10月21日、国・製薬企業3社を被告とする損害賠償訴訟が新たに提起された。相次いで発生・判明する薬害事件を前に、薬害根絶のためのたたかいが、いよいよその重要性を増している。
 この点で、昨年の臨時国会に、従来厚生労働省が行ってきた医薬品の審査、安全監視業務と研究開発振興業務、副作用等被害救済業務を製薬・医療機器メーカーが運営資金を拠出する独立行政法人に任せる法案を提出した。これは、薬害根絶のたたかいの末、安全対策と研究開発振興対策の分離がはかられてきたのに逆行してこれを統合し、国の責任をあいまいにした上、製薬企業にイニシアティブをとらせることになりかねない重大な内容となっていた。これに対し、ス全協を先頭に厚労省交渉、国会要請、すわり込みなど機敏なたたかいの末、厚労大臣との間で、研究開発振興部門の分離・独立行政法人の諮問機関への被害者の参加と今後の継続協議という今後への足がかりをかちとるところとなった。 さらに道路建設をめぐるたたかいも重要である。国・地方公共団体の多額の財政赤字にもかかわらず依然として続けられる公共事業のおよそ3割をしめる道路建設をめぐっては、この間国民の関心も高まり道路公団民営化・道路特定財源の見直しの議論も活発になっていたが、高速道路建設では、償還期限を30年から50年に延ばすことにより引続き2,000キロ以上の高速道路建設を行う仕組みを温存したうえ、不採算路線は、国・地方の税負担でまかなうこととされた。一方、道路特定財源についても従来通り温存され、来年度予算でも国土交通省の枠内での使途に限定され、都市再生がらみの都市内大型道路建設に特化しており、結局、道路行政の抜本的見直しに逆行する流れとなっている。国・公団は、大型道路建設に対する厳しい国民世論の前にPI(パブリック・インボルブメント=計画段階からの住民参加)、PC(パブリック・コメント)などの柔軟路線を装っているが、その実は東京外郭環状道路計画にみられるように、「はじめに建設ありき」の姿勢は何ら変わっていない。それどころか2002年7月施行の新土地収用法を振りかざして、圏央道・京都高速道路などで土地収用手続を強行してきている。
 こうした中で圏央道建設の差止めを求めた高尾山天狗訴訟では、隣接区間で現実化しているオオタカの営巣放棄、地下水脈の破壊などでの危険性、裏高尾地区の大気汚染シミュレーション、財政上の困難などを説得的に主張し、2003年5月には、いよいよ高尾山での現場検証が予定されるところとなっている。また国の強行する土地収用手続に抗して、2002年11月には、あきる野市牛沼地区の収用裁決取消訴訟が、また2002年7月には、八王子裏高尾地区の事業認定取消訴訟が提起されており、2002年8月には広島国道2号線高架道路建設差止め訴訟が、2002年7月には名古屋環状2号線工事差止め公害調停が提起されるなど新たなたたかいが相次いでいる。公害弁連としても各地のたたかいの連携をとりつつ、各地の大気汚染訴訟と「連絡会」の動きとも結合して、道路行政の抜本的転換を求めるたたかいを強めていくことが重要である。
 小泉内閣は、すでに事業目的が全く失われている諫早干拓事業をはじめ、日本一の清流を破壊する川辺川ダム建設、沖縄本島の最大級の干潟の1つ泡瀬干潟埋め立て、さらには豊かなサンゴ礁とジュゴンの生息する海草群落を破壊する名護市辺野古沖の米軍基地代替施設建設など、環境破壊の無駄な公共事業を強行してきている。これに対し地方からは、再選なった田中知事のもと次々とダム建設を中止している長野県をはじめ、各地のダム計画が、そして北海道では、日高山脈の貴重な自然を破壊する大型公共事業の日高横断道が凍結に追いこまれている。こうした中で、2002年11月には、諫早湾干拓工事のうち前面堤防工事の差止めを求める「よみがえれ!有明海訴訟」が提起され、現在準備中の第3次訴訟も含め合計1000人規模の原告団をめざし奮闘中である。一方、川辺川ダム建設をめぐっては、国交省がダム本体着工の障害となっている漁業権の強制収用を申し立て、本体工事強行をはかる一方、形勢不利とみて審理の引きのばしをはかってきた川辺川利水訴訟で、2003年1月結審をかちとり、いよいよ同年5月16日に判決期日が指定された。高裁の審理では、2000名におよぶ認否留保者の調査に取組み、同意率が法定の3分の2を大きく下回っていることを明らかにし、同意署名の変造問題が発覚するなど有利な状況を作りあげてきており、判決行動を含めた今後のたたかいが重要となっている。