ただちにPM2.5環境基準設定を

弁護士 西村隆雄

1  クローズアップされるPM2.5汚染
 この間、わが国の大気汚染をめぐっては、SPMについて、東京全域で環境基準を達成したのをはじめとして、全国的にみても、環境基準達成率は大幅に改善されてきた。
 しかしその一方で、学校保健統計調査でみても気管支ぜん息患者は増加の一途をたどっている。ここでクローズアップされているのがPM2.5(微小粒子)による大気汚染問題である。
 粒径2.5ミクロン以下の微小粒子(PM2.5)は、人為由来の自動車、工場、事業場からの燃焼物により構成され、粒径が小さいため肺の深部に侵入、沈着する割合が大きく、粒子表面に様々な有害物質が吸収・吸着されていることから、発ガン性を含む健康影響がより大きいことが以前より指摘されていた。
 このため米国では、1997年の改定で新たにPM2.5環境基準が設定され、さらにその後の調査・研究の進展も踏まえて、2006年9月にPM2.5基準が強化された。またWHO(世界保健機構)も、2006年10月に全世界に向けてPM2.5ガイドラインを新たに設定、提案するところとなった。そこでわが国におけるPM2.5の汚染についてみると、全国の都市部では自排局はもちろんのこと、一般局においても、先のWHOガイドライン、米国環境基準を大幅に超過する深刻な汚染実態となっている。

2  この間の経緯
 こうした中、わが国で2000年1月の尼崎大気汚染公害訴訟判決において、幹線道路沿道における気管支ぜん息の危険の増大は、自動車由来の微小粒子による影響であると認定された。そして各地の大気汚染訴訟のたたかいでは、その後もPM2.5環境基準の設定に向けて果敢にアタックして、一定の条項もかちとってきたが、PM2.5環境基準設定に向けた具体的動きはないまま推移してきた。
 しかし、さすがの国・環境省も、2007年4月の衆議院環境委員会での「早期に環境基準の設定を」との付帯決議をうけて、2007年5月に、微小粒子(PM2.5)の健康影響を検討する「微小粒子状物質健康影響評価検討会」を立ち上げ、2007年8月成立の東京大気汚染公害訴訟の和解条項で、「(上記検討会の)検討結果を踏まえ、環境基準の設定も含めて対応について検討する」と基準設定も視野に入れた対応へと変化のきざしを見せてきた。
 その後同検討会は、本年4月、報告書をまとめるに至った。報告書はその結論において、「総合的に評価すると、微小粒子状物質が、総体として人々の健康に一定の影響を与えていることは、疫学知見並びに毒性知見から支持される」として、微小粒子の有害性を明確に認めるに至った。そしてとりわけ注目されるのは、従来認められていた呼吸器疾患への影響に加えて、心筋梗塞などの循環器疾患、さらには肺ガンへの影響も認めたうえで、疾病の増加、増悪のみならず、死亡リスクの増加の影響まで認めたことである。
 かかるうえは、中央環境審議会に諮問したうえで、政府としてただちにPM2.5環境基準の設定に進むべきということになる。しかしながら環境省は、さる4月の中央環境審議会大気環境部会に、検討会報告書の報告を行ったうえで、「今後PM2.5の定量的評価をめぐる方法論の整理に作業期間が必要」、「年内目途に報告させていただきたい」などと発言し、環境基準設定をさらに来年にまで先送りする構えを示している。
3  一刻も早く環境基準設定を
 しかし、先に述べた事態を前にして、政府としてこれ以上、環境基準の設定を先延ばしすることは、絶対に許されない。さる3月27日、東京において日本環境会議、岡山大学大学院教育改革支援プログラムの主催で、WHOの第一線の専門家を招いてPM2.5国際シンポジウムが開催された。ここでも、WHOガイドライン設定の経緯とその根拠となった科学的知見が詳細に紹介されたうえ、PM2.5の健康影響は今や明白であり、WHOとしては、欧米のみならずアジアを含む全世界に通用するものとしてPM2.5ガイドラインを提案していることが強調された。
 この間、各地の大気汚染公害裁判をたたかってきた全国公害患者の会連合会と大気汚染公害裁判原告団・弁護団全国連絡会議(大気全国連)は、PM2.5環境基準の早期設定を求めて、宣伝活動・環境省交渉と旺盛な活動を展開してきた。事は待ったなしであり、東京大気裁判和解条項での約束を守らせ、一刻も早く基準設定を実現すべく、全力で取り組んでいく決意である。
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