【若手弁護士奮戦記】
イレッサ弁護団で学んだこと

弁護士 加藤 幸

1  弁護士登録直後の2007年10月に薬害イレッサ訴訟東日本弁護団に入り、はや七か月が経ちました。
 西日本訴訟の弁護団が、私が実務修習をしていた京都を中心に活動していたことから、修習生の時にイレッサ訴訟の学習会に参加したり、原告の方にお会したりしたことがあり、弁護団に参加する前から多少はイレッサ訴訟のことを理解しているつもりでいました。
 しかし、弁護士として参加する弁護団会議は、その議論の専門性・高度さに驚くことばかりで、毎回毎回、勉強の連続です。また、イレッサ訴訟では支援の輪を広げる運動にも力を入れており、こちらの面でも多くのことを学んでいます。

2  反対尋問の技術
 薬害イレッサ訴訟は、2004年7月15日に西日本訴訟が、2004年11月25日に東日本訴訟が提起されました。私が加入した2008年10月当時は東日本・西日本訴訟とも原告申請証人の尋問が終了し、被告国および被告アストラゼネカ株式会社申請の専門家証人の尋問が始まったところでした。
 このため、弁護団会議の議論の中心は反対尋問対策でした。
 原告側の求める証言を導くため、膨大な資料を検討し、客観的な根拠に基づいて論理を積み上げていく。また、証人の性質に合わせた尋問事項を組み立てていく。その過程は技術的で、新人の私には思いも及ばないアイデアや視点が次から次へと提示され、毎回とても刺激的です。
 また、専門的な医学論文等を詳細に検討することの重要性・その際の視点の定め方など資料収集の方法も非常に勉強になります。
 まだまだ、議論について行くのがやっとといった状況ですが、先輩方のご指導のもと、早く積極的に議論に参加できる力をつけていきたいと思っています。

3  支援の輪の広げ方
 イレッサ訴訟では、薬害イレッサ東京支援連絡会を立ち上げ、定期的にニュースを発行したり、傍聴を呼びかけたりしています。毎月、支援連会議を開き、情報交換も行っています。
 また、2008年2月からはマンスリー行動と題して毎月第一木曜日に宣伝行動を行っています。2月は厚生労働省前、3月は有楽町駅付近、4月は新宿駅西口、5月はメーデーの代々木公園でビラの配布と署名集めを行いました。
 私は今まで、ビラ配りや署名集めなどをした経験があまりなく、当初はどこに立てばいいのか、どう声をかけていいのかわからず、なかなかビラを受け取ってもらうことができませんでした。
 しかし、周りでビラを配っている弁護士や支援の方にならって、イレッサ訴訟が抗がん剤の副作用被害を問う裁判であること、副作用死者数が700名にものぼっていること、イレッサは有効性・危険性について適切な判断がされないまま現在も使われ続けていることなどを訴えると、徐々にビラを受け取ってもらえるようになりました。
 中には立ち止まってビラをじっと見つめる方や「署名をしたいのですが」と声をかけてくださる方もおり、世間にイレッサの問題を知ってもらうためには、こういった地道な宣伝活動が重要なのだということを知りました。  また、支援連絡会には学生の加入者もおり、その紹介で学生を対象にした学習会を開催しています。学習会の参加者には、法曹志望の学生も多く、みな真剣に講師の話しを聞いており、鋭い質問がでることもよくあります。また、学習会の感想を聞くと「副作用死者数を単なるデータとしてとして捉えるのではなく、一つ一つが人間の命であることを考えて欲しい」といった純粋な、それでいてこの訴訟の本質をつく感想が出たりして驚かされます。
 これからも、より多くの方にイレッサ訴訟に関心を持っていただき、支援の輪を広げていけるよう、活動していきたいと考えています。

4  弁護団に入って7ヶ月、薬害事件における反対尋問対策や、支援の輪を広げるための運動方法など、弁護団事件でなければ学べないことをたくさん学ばせていただいています。私自身はまだまだ未熟者で弁護団の戦力になれていませんが、これからも多くのことを吸収し、成長していきたいと思っています。
(このページの先頭に戻る)