新嘉手納基地爆音訴訟控訴審判決

弁護士 吉岡孝太郎

1  2000年3月27日、極東最大と言われる米軍嘉手納飛行場を離発着する米軍機がもたらす爆音にさらされている基地周辺住民原告5540名は、国に対して米軍機の早朝・夜間の飛行差止めと騒音被害に対する損害賠償を求め、アメリカ合衆国に対して米軍機の早朝・夜間の飛行差止めを求めて提訴した。
 本年2月27日、福岡高裁那覇支部において、新嘉手納基地爆音訴訟の控訴審判決が言い渡された。控訴審での課題を踏まえつつ控訴審判決の内容をご紹介させていただく。

2  2005年2月17日に一審判決が言い渡された。一審判決は、航空機騒音と聴力損失その他の健康影響との間の因果関係を否定し、差止請求については第三者行為論という理屈で棄却し、損害賠償については、W値85未満の地域において騒音は減少傾向にあるという理由から、同地域に居住する原告ら1660名の損害賠償請求を全て棄却した。対米訴訟について一審判決は、国際慣習法に基づく裁判権免除の原則を適用して却下した。
 このような一審判決は、嘉手納基地周辺の被害の実態を反映したものとは到底いえず、W値75以上の地域の損害賠償を認めている他の基地訴訟判決から見ても、極めて不当なものである。控訴審においては、航空機騒音と聴力損失その他の健康影響との間の因果関係の存在とW値85未満の地域に居住する原告らの損害賠償請求を認めさせることが大きな課題であった。

3  控訴審においては、W値85未満の地域に居住する約710世帯の原告らのうち、約500通の文書式陳述書を裁判所に提出するとともに、同地域に居住する原告ら16名の本人尋問を行った。さらに、判決を書く裁判官自身が現地を見分する進行協議期日を実施する等して被害の実態を裁判官に正確に理解してもらうように努めた。加えて、京都大学平松幸三教授や岡山大学津田敏秀教授の証人尋問を行い、航空機騒音と聴力損失その他の健康影響との間の因果関係のさらなる立証を試みた。それとともに、比較的低い数値を記録する国による騒音測定結果の信用性の欠如を明らかにした。

4  以上のような立証活動の結果、損害賠償請求について、控訴審判決はW値86未満の地域の損害賠償請求を否定した一審判決を一部の地域を除いて破棄し、W値75以上に居住する原告らの損害賠償請求を認容した(総額約56億2692万円)。利息を含めると認容額は総額72億7千万にものぼり、基地訴訟の損害賠償認容額としては過去最大規模のものである。
 一審判決はW値85未満の地域において騒音は減少傾向にあるという理由から、W値85未満の地域に住む原告らの損害賠償請求を退けたが、控訴審は、W値と実勢騒音との間に著しい乖離がない限りW値どおりの騒音曝露があると推認して、約1600名の被害救済を実現した。
 この点は評価できるが、他方で控訴審判決には重大な問題点もある。例えば、原判決は、嘉手納基地の北西部に位置する読谷村の北部(W値75の地域)においては、W値と実勢騒音との間に著しい乖離があるとして、損害賠償請求を棄却した。しかし、この読谷村北部においても、激しい騒音曝露がある旨の本人尋問結果及び陳述書が提出されていたのに、合理的な検証もなくW値と実勢騒音との間に著しい乖離があるとした判断には、大きな問題がある。
 また、控訴審判決は、聴力損失その他の健康影響について津田教授の意見書の信用性を否定し、原告らの悲願であった差止請求を棄却した。この点について、控訴審判決は「受忍限度を超える騒音が旧訴訟でも認定されながら、その後も根本的な改善は図られていない」と国の怠慢を指摘したうえで、「差し止め請求という司法的救済の道が閉ざされている以上、より一層強い意味で、国には騒音状況の改善を図るべき政治的な義務を負っている」と判示し、国に騒音状況改善義務があることを明らかにした。
 しかし、原告らは「沖縄」の「基地被害者」といういわば二重の意味で少数者といえる。このような少数者の人権保障を多数決原理が働く国が行え、とするのは背理である。控訴審判決が国の怠慢を指摘したことは一定の評価ができるとしても、控訴審判決の上記判示は少数者の人権保障という司法の職務を完全に放棄したものとして厳しく非難されるべきである。

5  このような控訴審判決を覆すべく、本年5月18日、原告らは、差止請求及び損害賠償請求のうち棄却された部分について、いずれも上告又は上告受理申立を行った。
 最高裁判所が人権救済の最後の砦として、原告らの被害を汲む判断するよう切望するとともに、今後とも原告団と弁護団は嘉手納基地周辺に真に静かな夜が帰るまでともに尽力する所存である。一層のご支援とご指導を賜りますようお願い申し上げる。
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