シンポジウム
「新たな大気汚染公害被害者救済制度をめざして」
開催される

弁護士 西村隆雄

1  はじめに
 さる3月29日、第38回公害弁連総会・記念シンポジウムとして東京・ホテルはあといん乃木坂において、日本環境会議・大気汚染被害者救済制度検討会、公害弁連の主催で、シンポジウム「新たな大気汚染公害被害者救済制度をめざして」が開催された。
 当日は、学者・研究者、被害者、市民そして弁護士など合計170名の参加で、以下のとおり有意義なシンポジウムとなった。
 1988年の公健法第一種地域の指定解除から約20年が経過する中、2007年11月に日本環境会議のもとに大気汚染被害者の新たな救済制度のあり方に関する研究グループが組織され、「環境と公害第38巻3号(2009年1月25日発行)」に中間報告が発表された。この成果をふまえて開催されたのが、本シンポジウムである。
 当日は礒野弥生先生(東京経済大学)の総合司会の下、淡路剛久先生(早稲田大学)の挨拶、趣旨説明に続き、東京大気原告団、弁護団から制度の必要性と東京の経験について報告を受けたうえで、吉村良一先生(立命館大学)から制度の基本的考え方、除本理史先生(東京経済大学)から費用負担のあり方について提起を受け、質疑・討論が行われた。以下では提案の内容と討論の一部を報告する。

2  制度の基本的考え方
 1988年の指定地域解除後も、大都市を中心に高濃度汚染が継続し、被害者が激増し、救済の必要性が高まっており、この間の大気汚染公害訴訟の到達点をふまえて制度提案がなされている。その骨子は、以下のとおり。
 新たな救済制度は、現行公健法を維持したうえで、これとは別制度として創設すべきである。
 制度は緊急性の高い医療費負担を軽減する制度(「医療費救済制度」)と、道路沿道につき損害賠償を認めた判決の到達点を踏まえた「被害補償制度」の二本立てとする。
 両制度とも、公害被害の救済制度と位置づけ、費用負担者は、被害発生に「責任」を負うもの、「責任ある関与」をしたものとするべきである。
 しかし「医療費救済制度」については、未認定患者の状況を考慮し、第二次的には社会保障的性格を有するものと考える一方、「被害救済制度」は、一連の大気汚染公害裁判で沿道被害者との因果関係が認められ、賠償責任が肯定されていることから、公健法と同じく民事責任的性格が加わることとなる。
 次に制度の骨格としては、「医療費救済制度」は、自動車が集中、集積する地域であって過去もしくは現在に大気汚染物質につき環境基準を上回る測定局のある行政区に居住、勤務する気管支ぜん息等呼吸器系三疾病の患者を対象に、医療費の自己負担分を救済するものである。一方、「被害補償制度」は、判決の到達点をふまえて、「12時間自動車交通量ないし大型車混入率が一定規模以上の幹線道路沿道地域に居住・勤務する三疾病患者を対象に公健法に準じた被害補償を行うものである。

3  費用負担のあり方
 自動車排ガス汚染を引き起こす関係主体の構造的一体性を考慮したうえで費用負担のあり方を検討すべきである。
 すなわち、ある地域での汚染物質の排出量=@自動車1台の走行量当り排出量×A自動車の走行台数×B自動車1台当り走行距離となり、@については、(a)自動車単体の性能・対策(自動車メーカー、単体規制権限者+自動車ユーザー)、(b)道路交通状況(道路設置管理者、公安委員会)、(c)燃料の質(燃料メーカー)により決まり、Aは道路設置管理者、Bは自動車ユーザーによりコントロールされる関係にある。
 このうち自動車ユーザーは、製品供給側の条件、渋滞状況、土地利用・都市構造の影響を受ける他律的・受動的な関与に止まるのに対して、道路設置管理者は、直接的ではあるが地域全体の面的汚染への関与としては限定的であり、むしろ単体規制権限者がより大きな責任を有する。さらに自動車メーカーについても、同様に責任は間接的ではあるが重大な責任がある。
 以上をふまえて、「被害補償制度」では、国(道路設置管理者、単体規制権限者)、自治体(道路設置管理者、交通規制権限者)、高速道路会社(道路管理者)、自動車メーカー、燃料メーカーに負担を求め、「医療費救済制度」では、さらに制度の社会保障的性格から、公的負担が加わる。この一部として、現行公健法にも存在する、自動車ユーザーの負担する税を充てることが考えられ、その結果、後者では国、自治体の負担割合が大きくなる。

4  討論
 地域指定、給付内容からみると提案は限定的かつ自己抑制的。これは公害被害ということを前提に考えたためで、迅速な救済のための苦渋の決断と読む(片岡直樹先生・東京経済大)、大阪では、「あおぞらプロジェクト大阪」を昨年11月に立ちあげ、救済制度と安心できる環境の二本柱で実態調査から取り組んでいる(大阪)、単なる二本立ての並列でなく医療費救済制度を前面に押し出して迫っていくべき(豊田弁護士)、呼吸器疾患だけでなく、循環器疾患も対象とした方がよいのでは(千葉)、国の責任としては、交通量主義の下でクルマ依存社会を作り出した責任も問われるべき(村松弁護士)など、その他貴重な意見が出された。

5  今後の方向
 今後は、本シンポジウムを踏まえて、さらに救済制度検討会で検討を進め、本年11月の日本環境会議尼崎大会にて成案確定の方向とされている。
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