石原産業フェロシルト事件

弁護士 中島 晃

1、 石原産業(本社 大阪市西区)の土壌埋め戻し材「フェロシルト」の不法投棄事件で、巨額の撤去費用がかかり、会社に損害を与えたことから、平成19年4月24日、3人の株主が同社の代表取締役社長である田村藤夫ら現在及び歴代の取締役23人を相手どって、同社に合計489億円の賠償を求める訴えを大阪地裁に提起した。
 原告になったのは、フェロシルト問題を追及してきた市民団体「ダイオキシン処分場問題愛知ネットワーク」代表の吉川三津子さんら愛知、岐阜、三重の3県に在住し、環境問題に取り組んでいる市民で、同社の株主となった者である。
 この事件では、同社四日市工場の元副工場長佐藤驍(たけし)ら2人が、廃棄物処理法違反で起訴され、すでに有罪判決を受けている(佐藤被告は実刑判決となったことから、名古屋高裁に控訴中)。しかし、当時の工場長であった田村社長らの立件は見送られた。
2、 この事件は、石原産業四日市工場の硫酸法チタン製造工場で、酸化チタンの製造過程で生ずる「アイアンクレー」とよばれる産業廃棄物を、処理費用軽減のために、これを原材料にして、リサイクル商品として加工、販売することを目的として、フェロシルトを製造し、2001年8月から販売したものである。しかし、実際には、フェロシルトには六価クロムやフッ素など、環境基準を上回る有害物質が含まれており、これが愛知、岐阜、三重、京都府など全国各地に合計72万トンが埋め立てられているものであるが、2005年には不正に廃液を混合させていたことが発覚して、問題が顕在化した。
 このため、同社は有害物質を含む産業廃棄物フェロシルトの撤去を余儀なくされており、このために要する原状回復費用は489億円を上回るものとなっている。
3、 周知のとおり、石原産業四日市工場は、四日市大気汚染訴訟の加害企業の一つであり、また工場排水である廃酸を四日市の海に違法にたれ流したことで、三重県漁業調整規則・工場排水規制法違反事件で有罪判決を受けるなど(この点については、田尻宗昭著 岩波新書「四日市・死の海と闘う」に詳しい)、過去に公害事件を引きおこして、その責任を厳しく問われてきたという事実がある。
 ところが、今回再び有害物質を含む産業廃棄物「フェロシルト」をリサイクル商品と称して販売し、全国各地に埋め立てて不法投棄してきたものであり、こうした事件を引きおこした石原産業の環境法令遵守のためのコンプライアンス体制のあり方が厳しく問われている。
 そこで今回、原告となった3人の株主は、平成19年2月15日に、石原産業宛に取締役の責任を追及する訴訟を提起するよう請求した。これに対して、石原産業の監査役は、刑事事件の被告人となった佐藤驍に対してのみ、10億円の賠償を求める訴訟を提起した。しかし、これでは田村社長をはじめとする他の取締役の責任を免罪にするものであり、しかも請求金額は、撤去費用のごく一部にすぎない等、取締役の責任追及としては、きわめて不十分なものであった。こうしたことから、今回、吉川さんら3人の株主が原告となって、関係する23人の取締役全員の責任を追及する訴訟の提起に踏み切った。
4、 この訴訟は、産業廃棄物である「フェロシルト」を土壌埋め戻し材として製造・販売して、全国各地に不法投棄を行うという違法行為に関与した取締役の故意責任、またこうした違法行為を差し止めることなく放置した取締役の責任、さらには廃棄物処理法などの環境法令を遵守するための企業コンプライアンス体制を構築する義務を怠った、法令遵守体制構築義務に違反した取締役の責任等をきびしく問うものである。
 ところが、7月4日に開かれた第一回期日で、被告らは本案前の答弁として、訴権の濫用にあたるとして訴えの却下を求め、また「悪意」による訴訟提起であるとして、原告らに担保の提供を命じるように申立てるなど、さまざまな抵抗を試みている。しかし、被告らの申立がいずれも理由のないことはいうまでもないが、とりわけ、産業廃棄物の不法投棄を許されない取り組みをしている市民運動家と、「株主全体の利益」とが相入れないものであるかのようにいう被告らの主張は、企業とそれを構成する株主の社会的責任を完全に無視するものであって、およそ許されるものではないといわなければならない。その意味でこの訴訟は、石原産業などの化学産業がこうした産業廃棄物の不法投棄などの環境法令違反を二度と繰り返さないために、市民が株主となって、環境保護の取り組みに向けた企業の体制を内部から変えていくという、すぐれて現代的な意義をもつ、きわめて重要な裁判である。