出し平ダム原因裁定出される

出し平弁護団 弁護士 菊 賢一

1  事件の概要
 被告関西電力(以下「被告」と言う。)は、富山県東部を流れる黒部川の上流にある出し平に排砂式のダムを設置し、1991年以降昨年7月まで計14回の排砂を行ってきた。
 原告らは、富山湾以東の沿岸海域において刺し網業を行っていた漁師とワカメ栽培を行っていた組合であるが、出し平ダムからの排砂以降、ヒラメなどの漁獲量とワカメの収穫量が激減した上、ワカメについてはその品質が著しく低下するという被害を受けた。  そこで原告らは、2002年12月に出し平ダムからの排砂の差し止めと漁獲量の減少等による損害賠償を求めて富山地裁に提訴した。

2  公害等調整委員会に対する裁定の嘱託と裁定の結果
 富山地裁は、公害紛争処理法42条の32第1項に基づき排砂と漁獲減少等の間に因果関係の存否について公害等調整委員会(以下「公調委」と言う。)に対し原因裁定の嘱託をした。
 公調委では、約2年間にわたり14回の審問が行われ、2007年3月28日に、(1)刺し網漁業の漁獲量の継続的な減少については、排砂との因果関係を認めず、(2)ワカメ養殖の収穫の不振については、排砂との因果関係を肯定する内容の裁定を下した。

 
3  上記裁定の根拠
(1) ヒラメなどの漁獲量について
 原告らは、漁獲量の減少の原因について、
ア ダム湖底で多量のスメクタイトが生成され、排砂によりこれが本件海域に流れ、魚の生育環境を悪化させたり、海底を固化させたりして、ヒラメの潜砂行動を困難にするなどした。
イ 排砂により半分解状態の有機物が多量に海底に堆積し、海底ないし海底直上水に貧酸素状態が生じた。
ウ 排砂により半分解状態の有機物が本件海域に流入することによりその底質が砂質から泥質に変化し、魚の生息環境を悪化させ、漁獲量を減少させた。
 と主張してきたが、公調委は、ア、イの機序は否定し、ウについては、水深20メートル以浅の場所については、底質が季節的に浮泥やぬかるみが堆積していることを認めたものの、これが魚の生育環境の悪化をもたらす機序は不明であるとして、排砂と漁獲量の減少との因果関係を認めなかった。
 なお、水深20メートルより深い場所については、初回排砂以前に砂質であった場所が排砂によって泥質化している可能性があることは否定できないとしながら、初回排砂前に砂質であった場所でその後泥質化した場所を特定する証拠が十分ではないこと等を根拠に、泥質化したこと自身を否定した。
(2) ワカメについて
 排砂により付近の浅海域に生じていた浮泥又はぬかるみ状の泥は、冬季の波浪により巻き上げられて海水の濁りとなり、ワカメの藻体にも付着して、ワカメの成長を阻害したり、珪藻類を誘引したりしてヨコエビやワレカラを繁殖させ、ヨコエビはワカメの藻体に営巣し、ワカメの収穫量の減少と品質低下を引き起こしたとして排砂との因果関係を肯定した。

4 本裁定に対する評価と今後の対応
 まず、被告が設置した排砂委員会は、排砂により漁獲に影響を与えたことはないと判断しており、この判断の誤りが明らかになった。その意味で排砂と養殖ワカメの収穫の不振との因果関係を肯定したことは大いに評価できる。
 また、排砂と漁獲量の因果関係は認められなかったが、資料や研究が不十分なため十分に立証できなかったことが原因という側面があるので、今後の立証如何により訴訟では因果関係が肯定される余地が十分にある。例えば、排砂による中・深海域における泥質化については、本裁定もその可能性を指摘しているところであるところ、今後さらに海底の調査を行うことにより立証できる余地がある。また、平成2005年以降の黒部川河口の東西でヒラメの漁獲量に顕著な差が生じているが、この点についても調査を行うことにより排砂と漁獲量減少との因果関係を立証する糸口があるように思われる。
 今後は、このような点を中心に立証を補い、本裁定で否定された漁獲量と排砂との因果関係を認めさせるよう全力を尽くす所存である。