原子力空母母港のための浚渫工事協議に対する行政訴訟

横浜弁護士会
弁護士 呉東正彦

 現在米海軍は横須賀基地を航空母艦キティホークの母港としている。一昨年 月米海軍は来年夏に退役予定の,重油を動力としている通常型空母キティホークの後継艦として横須賀基地に原子力を動力とする原子力空母G・ワシントンを配備すると発表した。
 しかし,横須賀基地を原子力空母の母港とするためには,横須賀港内を15mに掘り下げる浚渫工事をしなくてはならず,港湾管理者である横須賀市が,港湾法37 条による協議に応じなければ,浚渫工事をすることはできない。
 蒲谷亮一横須賀市長は,当選当初原子力空母の母港には反対していたが,様々な圧力によってとうとう昨年6月に原子力空母の母港を容認してしまった。そこで私たちは,昨年11月に原子力空母母港につき住民投票の実施を求める条例制定直接請求のための署名運動を行い,4万を超える横須賀市民の署名を集めて,条例案が今年2月の臨時市議会にかけられたが,残念ながら10対31の反対多数で否決され,いよいよ,国からの浚渫工事についての協議申請がなされ,横須賀市がそれに応じることが必至の情勢となった。
 これに対しまず2月14日に,横須賀港周辺の海域で漁業を行う漁業者3名から,浚渫工事と原子力空母配備による著しい漁業被害を防ぐため,市と国に対し被害防止対策を求め,それがされるまで協議と工事の差止を求める公害調停が横須賀簡裁に申立てられた。
 にも関わらず,これを無視して,3月29日に,浚渫工事についての港湾法 条による水域占用協議申請書が,国から横須賀市に出された。そして4月5日の公害等調停の第1回期日にも,国と市は冒頭から話合いを拒絶し,調停を不成立とすることを求めた。
 そこで4月6日,横須賀港周辺で操業する漁業者,港内等でヨット,ボート活動をしてきた市民,周辺で海釣りをしてきた市民ら10名が,約50名の弁護団によって,横須賀市を相手に,この浚渫工事協議申請が,市の『環境を悪化させるおそれがない』等の許可審査基準を充たしておらず,『償うことのできない損害を避けるための緊急の必要がある』ことを理由に,港湾法協議を応じないことを求める差止めの訴え(行政事件訴訟法37条の4)と仮の差止決定の申立(同37条の5,2項)を横浜地裁に提訴したのである。
 私たちは港内のヘドロにはダイオキシン,水銀,砒素,鉛,硫化物等の有害物質が含まれ,釣れた魚には奇形の魚などが発見され,それを60万‰も浚渫すれば,有害物質の汚染が拡散して環境を悪化させ,漁業被害,人体への被害等重大な被害を発生させること,さらに原子力空母が配備されれば,放射能漏れ,温排水等による漁業被害,さらに原子炉事故が起これば,首都圏3千万人が被曝し,重大な損害を受けることを主張立証した。
 これに対して国も手続への参加を求め,4月17日に審尋期日が開かれ,国や市は,港湾法 条の協議は行政処分ではない,申立人には法律上の利益がない,重大な損害を生ずるおそれがない,損害を避けるため他に適当な方法がある,公共の福祉に重大な影響を及ぼす等を主張し,私たちはそれらに詳細に反論した。
 しかし4月25日横浜地裁は,この仮の差止決定の申立を「法律上の利益」がなく,「償うことのできない損害が生ずる」も認められないという理由で却下する決定を出した。
 同決定は,「法律上の利益」の判断についての港湾法の解釈につき,港湾法1条の目的に,『環境の保全に配慮しつつ』と書かれているのに,環境の保全は航路の開発及び保全と並ぶ目的の1つではないとし,港湾法37条2項の『港湾の利用若しくは保全に著しく支障を与え』という抽象的規定を市の審査基準が『環境を悪化させるおそれがないこと』と具体化しているのに,法は工事等が引き起こす水質汚染あるいは健康被害をも許可の審査対象としていると解釈することは困難であるとし,同項の『公示された港湾計画の遂行を著しく阻害し』という抽象的規定を市の審査基準が『港湾計画等により位置付けられていること』と具体化しているのに,法は工事等の内容自体が港湾計画に適合することまで求めるものではないとする等,港湾法は自治体が港湾管理権を持って解釈権があり,市の審査基準や港湾計画は法の抽象的規定を具体化する政令と同様の法令の一部とされるべきなのにそれを否定し,法の規定の趣旨を極限まで狭く解釈して法律上の利益を否定した。これは最高裁大法廷平成17年12月7日判決の判旨及び当事者適格等を拡大し救済範囲を拡大した平成16年の行政事件訴訟法改正の趣旨に反する,極めて不当なものである。
 この決定を受けて,4月26日横須賀市は,この港湾法協議を完了させてしまった。
 そして国はいよいよ7月から浚渫工事に着工しようとしている。
 私たち弁護団は早速差止の本訴を取消の本訴に訴えの変更をし,協議応諾処分の執行停止を求めるとともに,浚渫工事の差止を求める民事訴訟をも起こす等,あらゆる法的手続を尽くし,危険な原子力空母のための浚渫工事をストップさせていく所存である。全国のみなさんに,はば広いご支援,ご協力を訴えたい。
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