コペンハーゲンに向けて

地球環境と大気汚染を考える全国市民会議(CASA)専務理事
早川光俊

 2008年7月7日から9日、北海道洞爺湖でG8サミットが開催された。今回のG8サミットは、地球温暖化問題が最重要課題として開催され、昨年12月のバリ会議で、2009年末のデンマークでのCOP15/CMP5(注1)で2013年以降の削減義務と制度枠組みに合意することが決まったことを受け、その交渉を促進するために、先進国でも排出量の多いG8諸国が、2020年と2050年の中長期目標に合意し、2013年以降の交渉を加速することが期待されていた。
 しかし、洞爺湖サミットでは、長期目標については2050年半減目標には言及したが、2020年の中期目標については具体的目標数値に合意できず、期待を裏切る結果になった。

注1 気候変動枠組条約第15回締約国会議/京都議定書第五回締約国会合

IPCCの警告と洞爺湖サミットの課題

 昨年発表されたIPCCの第四次評価報告書は、「温暖化は、大気や海洋の世界平均気温の上昇、雪氷の広範囲にわたる融解、世界平均海面水位の上昇が観測されていることから、疑う余地がない」とし、その原因について「20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガスの増加によってもたらされた可能性がかなり高い」としている。6年前に発表された第三次評価報告書は、「可能性が高い」としていた。この「可能性が高い」との表現は66%の確信度で、「可能性がかなり高い」は90%以上の確信度だとしている。
 また、産業革命以前からの全球平均気温の上昇を二度から2.4度に抑えるためには、二酸化炭素濃度は350から400ppm、温室効果ガス濃度は445から490ppmの間に止め、今後10から15年で世界の二酸化炭素排出量をピークから削減に向かわせ、2050年には世界全体の温室効果ガス排出量を2000年比で50から80%削減させ、とりわけ日本などの先進国は2020年までに90年比で25から40%削減する必要があるとしている。現在の二酸化炭素濃度は380ppmを超え、温室効果ガス濃度は430ppmに達している。気温上昇幅を工業化以前(1850年頃)から二℃未満に抑えなければ、地球規模の回復不可能な環境破壊により人類の健全な生存が脅かされる可能性があるとされる。
 温暖化対策はまさに待った無しの課題となっており、こうしたなかで開催された洞爺湖サミットは、バリでの合意を受け、2013年以降の削減目標と制度枠組みの国際交渉に前向きのメッセージを発信することが課題であり、とりわけ先進国であるG8諸国が2020年までに90年比で25から40%削減の中期目標に合意できるかどうかが問われていた。そして、サミット議長である福田首相には、そのためのリーダーシップが期待されていた。

福田ビジョン

 6月9日、福田首相は洞爺湖サミットに向け、「福田ビジョン」を発表した。この「福田ビジョン」は、「化石エネルギーへの依存を断ち切り、『将来の世代』のための『低炭素社会』へと大きく舵を切らねばならない」とし、日本の中長期目標や技術革新、排出量取引や税制改革などに言及している。長期目標については「日本としても、2050年までに現状から60から80%の削減」するとしたが、中期目標については明確な目標を掲げず、「長期エネルギー需給見通し」の2020年までに現状から14%の削減が可能だとの見通しを示しただけだった。確かに、日本が2050年までに現状から60から80%の削減をするとしたことは前進であるが、洞爺湖サミットの最大の課題はG8諸国が2013年以降の削減目標に直結する2020年目標に合意できるかどうかであり、議長国である日本が、自らの中期目標を明らかにせずに議長国としてリーダーシップを発揮できないことは、サミット開催前から明らかだった。
 福田政権が洞爺湖サミットに向けて、日本の長期目標は言いそうだが、中期目標は言いそうにないとの観測が流れていた5月13日、日経新聞社説は、「40年以上先の約束手形を一枚切ったくらいで、サミット議長国として主導権を発揮できるほど、気候変動を巡る交渉は甘くない」と書いたが、まさにこの杞憂が当たってしまったと言ってよい。

期待を裏切った洞爺湖サミット

 洞爺湖サミットは、7月7日のアフリカ諸国の首脳との拡大会合に始まり、8日には世界経済、環境・気候変動、アフリカ問題(食料価格高騰問題を含む)、政治問題などの課題別の協議が行われ、9日午前には拡大会合および主要経済国首脳会合(MEM)がもたれ、9日午後の福田総理の議長国記者会見をもって終了した。
 コミュニケの地球温暖化に関する記述のなかで、長期目標については、「我々は、2050年までに世界全体の排出量の少なくとも50%の削減を達成する目標というビジョンを、気候変動枠組条約(UNFCCC)のすべての締約国と共有」するとされている。しかし、2020年の中期目標については、「排出量の絶対的削減を達成するため、また可能な場合には、まず可能な限り早く排出量の増加を停止するために、野心的な中期の国別総量目標を実施する」とされ、具体的な数値目標には合意できなかった。
 長期目標については、昨年のドイツのハイリゲンダムサミットで「2050年までに地球規模での排出を少なくとも半減させることを含む、EU、カナダ及び日本による決定を真剣に検討する」とされていたのが、「真剣な検討」から「共有」となったことは一歩前進とも評価されている。しかし、この2050年半減目標の「共有」は、「すべての締約国と共有」するとされており、G8諸国だけでなく、他の先進国や中国やインドなどの途上国も合意するなら、G8諸国もこの2050年半減目標を認めてもよいとの趣旨になっている。また、この2050年半減目標は世界全体の目標で、これまで大量の温室効果ガスを排出してきた先進国、とりわけ排出の多いG8諸国は、2050年までに80%以上の削減をする必要があるが、そのことにはまったく言及していない。
 中期目標に至っては、まったく具体的な目標数値について言及がなく、「野心的な中期の国別総量目標」とされているにすぎない。バリ会議で、京都議定書のもとでの作業グループの決定に、「先進国は2020年までに1990年比で25〜40%削減が必要」とのIPCCの示唆する目標数値が科学者からの警告として記載され、G8として、2013年以降の削減目標に直結するこの中期目標に合意することが何よりも交渉促進への強いメッセージになると期待されていただけに、これに合意できなかったことは、期待を裏切ったと言うほかない。

長期の数値目標の合意に失敗した主要経済国会合(MEM)

 7月9日には、8日のG8会合に続き、中国やインドなど新興国を含む16カ国が参加するMEMの首脳会合が開かれ、ここでG8諸国は、2050年半減目標への合意を、中国やインドなど新興国にも求めた。しかし、G8以外で2050年半減目標に賛同したのは韓国、インドネシア、オーストラリアの三カ国だけだったと言われる。大排出国の中国もインドも長期目標の共有は支持しても、具体的な数値目標には歩み寄らず、2050年半減目標は合意できなかった。一方、MEMに参加した中国、インド、ブラジル、南アフリカ、メキシコの新興五カ国は7月8日、2050年までに先進国が温室効果ガスの排出量を1990年比で80〜95%削減するよう求める政治宣言を発表し、すべての先進国に対し、2020年までに1990年比で排出量を25〜40%削減する中期目標にコミットするよう呼び掛けた。
 G8などの地球温暖化の原因をつくった先進国が、その責任を果たそうとせず、途上国に削減目標への合意や削減対策を求めても、合意ができないのは当然のことである。そもそもこのMEMは、ブッシュ政権が、米国内にはめぼしい気候変動政策が全くないことから、アメリカから目をそらさせるために呼びかけたもので、あわよくば国連での合意プロセスではなく、主要排出国ですべてを決めようとする意図のもとにつくられた非民主的なプロセスである。
 地球温暖化を防止するためには、排出を急激に増やしている中国やインドなどが目標をもって、対策をとることが必要なことは明らかであるが、こうした途上国を参加させるためには、まず過去の温室効果ガスの排出に責任のある先進国が率先して削減を進め、対策をとらねば国際交渉が進まないことも明らかである。
 地球温暖化は先進国が起こした環境問題であり、その被害を受けるのは温暖化に脆弱な途上国である。とりわけG8諸国は、歴史的にも膨大な温室効果ガスを排出してきた加害国であり、2004年の世界の温室効果ガス排出量の40%を占めている。G8諸国は、率先して温室効果ガスの排出量を削減し、被害者である途上国の低炭素社会の構築を支援し、適応に関する技術や資金を移転する義務がある。

コペンハーゲンに向けて

 G8洞爺湖サミットは、世界の市民の期待を大きく裏切り、将来世代に対する最低限の責務すら果たさなかったと言わざるを得ない。とりわけ日本政府はサミット議長国でありながら、自らの中期目標を明らかにせず、期待されたリーダーシップを発揮できなかった。
 来年12月にデンマークのコペンハーゲンで開催されるCOP15/CMP5で、IPCCが要請する中長期目標に合意し、2013年以降のより高い削減目標に合意できるかどうかが、人類の未来を決めかねない。すでに、コペンハーゲンに向けた全国的な環境NGOの取組も始まっている。未来の子どもたちのために、いまコペンハーゲンに向けた行動が求められているのである。
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