公害弁連第38回総会議案書
2009.3.29  東京
【3】 特別報告
ウイルス性肝炎患者の救済を求める全国B型肝炎訴訟
全国B型肝炎訴訟北海道訴訟弁護団
事務局長 弁護士 奥泉尚洋

1  全国B型肝炎訴訟の提起
 B型肝炎訴訟は、乳幼児期の集団予防接種で注射針・筒の連続使用されたことによりB型肝炎ウイルス(HBV)に感染したとして、B型肝炎患者・ウイルス感染者が国に損害賠償を求めている裁判です。
 最高裁は2006年6月、国の責任を全面的に認める判決を出しましたが、国は、当該原告に対する賠償義務を果たすだけで、他の同様の立場にある多くの肝炎患者の救済対策を採ろうとしませんでした。このため、2008年3月、札幌地裁に新たなB型訴訟を提起し、その後、全国各地で提訴が続きました。これまでの提訴者数は、全国9地裁(札幌、新潟、東京、静岡、大阪、広島、鳥取、松江、福岡)で241人(相続人を含む)となりました(2009年2月末現在)。今後さらに追加の提訴、新たな裁判所での提訴が予定されています。

2  新たな訴訟の潜在的規模
 2006年最高裁判決は「一般に幼少児については集団予防接種等における注射器の連続使用によるもの以外は、家庭内感染を含む水平感染の可能性が極めて低かった」として母子間感染以外の水平感染の主要な原因が集団予防接種にあることを認定しました。私たちは、今回の新たな訴訟において、この最高裁の判決を基にして、「母子感染」が否定され、乳幼児期の輸血歴がない感染者は、集団予防接種で感染したと認定できると主張しています。もちろん、母子感染であっても、母親が集団予防接種で感染した場合には、その子への感染は集団予防接種による2次感染として、母子ともに提訴できます。現にこのような原告が全国に多数います。
 このような条件で、原告となりうるB型肝炎患者・感染者はどのくらいの数になるかという点ですが、HBVの感染者は全国で120万人から140万人いると推定されています(「厚生の指標」から)。そのうち、母子感染の割合を50%とした場合(母子感染者の割合は学術的に確認されている訳ではなく年代によっても異なりますが、大まかに言ってこの程度と言って誤りではないと考えます。)、60万人から70万人が集団予防接種での感染の可能性があることになります。ただ、HBVは感染しても発症しない場合も多く、治療の必要がないまま生活している人、あるいは感染そのものを知らない人もいます。そのため実際の原告希望者は少なくなるものと思われますが、それにしても相当数の潜在原告を抱える裁判ということになります。

3  国の対応
 このような状況において、今回の訴訟に対する国の対応は、一応「2006年最高裁判決の枠組みは尊重する」と言っています。しかし、最高裁判決後(原審口頭弁論終結後)に「新たな医学的知見」が明かになったとして、「HBVの遺伝子型」及び「父子感染」の問題を持ち出しています。遺伝子型の問題とはHBVには8種類の遺伝子型が判明しており、そのうち遺伝子型Aについては、成人になって感染した場合も持続感染する可能性があるのでそのウイルス感染者は予防接種時の感染ではないと推定されるというものです。また、父子感染の問題は、最高裁判決後に父子間の感染報告が増えており、父親からの感染を否定できる証拠がなければ、集団予防接種による感染とは言えないという主張です。私たちは、遺伝子型の問題に対して、国の主張するような医学知見は確定したものではなく考慮に値しないと反論し、父子感染問題についてはそもそも従来からあった問題であって蒸し返しの主張に過ぎないと反論しています。
 その他、HBVのキャリア状態にある原告については除斥期間の問題も論点となっています。2006年最高裁判決は除斥期間の始期を「肝炎発症の時」としましたが、肝炎を発症していないキャリア状態の原告の除斥期間については判断をしておらず、残された論点なのです。
 このように、いくつかの論点が争われていますが、それにも増して問題なのは、個々の原告に対して徹底した立証を求めてきている点です。

4  国の対応の不当性
 前述しましたとおり、私たちは「母子感染ではない」ことの立証ができれば他に特別の感染原因がなければ集団予防接種での感染と認定できると考えています。しかし、この「母子感染ではない」ことの立証をするためには、原告の母親の血液検査が必要となります。母親が健在であればよいですが、それではすでに亡くなっている方は提訴できないのかということになります。私たちは、母親が亡くなっている場合でも過去の検査結果が残っている場合はその記録から、あるいは、兄弟姉妹の血液検査でも立証可能であると主張しています。しかし、国の対応は、兄弟姉妹の検査結果では不十分である、あるいは、一部の血液検査の記録では足りないと主張しています。
 さらに、集団予防接種を受けたことについて、従前の訴訟では母子手帳を証拠として提出しましたが、今回はその要件を必須とはせず、母子手帳がなくとも、「予防接種法で強制的に接種が義務付けられていた以上予防接種を受けたことは当然推定される」と主張しています。これに対して、国は、「予防接種の接種率は必ずしも高くなく、だれでも予防接種を受けたとは言えない。だから、母子手帳による証明が必要である」と反論しています。
 このように、国は、個々の原告に対して徹底した立証を要求してきています。国は潜在原告の膨大さを自覚しているからこそ、訴訟の対応として、請求の認められる原告の範囲を極力狭くしていくことに最大の力点を置いているのだ思います。

5  立証困難の責任は国にあること
 しかし、このような国の対応はまったく不当と言わざるを得ません。国は1989年に提訴された従来のB型肝炎訴訟において国の責任を棚に上げて18年間徹底的に争ってきたのです。その間、どれだけ多くの患者・感染者やその母親や兄弟姉妹が亡くなったでしょう。さらに、最高裁の判決後も何の対策も取っていません。
 そもそも集団予防接種でHBVが感染することはすでに戦後直後から指摘されてきたことです。国はその危険を知りながら放置してきたのです。本来、国にはHBVの感染者の感染原因を調査すべき義務があるはずです。その義務を怠り、何の対策も採らずに長期間放置してきた結果、証明できたこともできなくなったのです。この国の立証妨害とも言える対応が最大の問題なのです。
 私たちは、このような主張もしながら、証明の困難さを何としても克服していきたいと考え、また、克服できると考えています。

6  早期の全体解決を目指して
 私たちは、新たな訴訟を従前のように長期間争う考えはありません。早期に、そして全体として一挙に解決したいし解決しなければならないと考えています。今年中にも主要な論点についての論争に決着をつけ、救済されるべき要件と基準とを明かにしていきたいと考えています。
 そして同時に、全ウイル性肝炎患者に対する恒久対策を実現させる運動も大きく広げ、真の肝炎患者救済対策を実現させていきたいと考えています。
昨年から1年間で大きく訴訟が広がりました。今年は、この訴訟をさらに大きく展開していくとともに、解決の方向性を見出す年にしたいと考えています。
 皆さまにはさらなるご協力をお願いする次第です。
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