公害弁連第35回総会議案書
2006.3.18  大阪
【1】 基調報告
第3  公害裁判の前進と課題
5  海・川を守るたたかい(ダム,埋立・干拓)の前進と課題
1  海・川を守るたたかいの到達点
(1)  ダム
 川辺川ダム(国営川辺川土地改良事業)については,農水大臣事業変更計画を取り消す福岡高裁の画期的判決(2003年5月16日)以後も,ダム建設を諦めない国土交通省との間でせめぎ合いが続いた。
 九州農政局及び九州整備局は,福岡高裁判決後も,ダムを水源とする利水計画に固執し,ダム以外の水源からの水の確保を目指す利水訴訟原告団と激しく対立した。
 このような中,2005年8月29日,収用委員会から国交省に対して,申請を取り下げるよう勧告が出された。
 その結果,同年9月15日,国交省は,川辺川ダム建設に伴う漁業権や土地の収用裁決申請を取り下げ,ダム建設発表から約40年を経て現行のダム計画は白紙に戻った。
農民たちの結束力,そしてそれを後押しした世論の力が,巨大公共事業の息の根を止めた歴史的瞬間である。
(2)  干拓
 諫早湾干拓事業に対しては,計画段階から国の内外から批判の声が沸きあがっていたが,農水省は,事業を強行し,1997年4月に,全長約7キロに及ぶ潮受堤防を締め切り,諫早湾と有明海を完全に切り離した。
 2004年8月26日,佐賀地方裁判所は干拓事業の続行禁止を命じる画期的仮処分決定を出し,総工費約2500億円の巨大公共事業はストップした。
 しかし,2005年5月16日,福岡高裁は,佐賀地裁の決定を覆し,約9ヶ月間ストップしていた工事は再開した。
 有明海沿岸漁民らは,上記仮処分と同時に,公害等調整委員会(以下「公調委」という)に対して有明海異変と諫早湾干拓事業の因果関係に関する原因裁定を申し立てた。2005年3月,公調委の専門委員は,諫早湾干拓事業と有明海異変に関して,一定の因果関係が認められるとする報告書をまとめた。
 しかし,同年8月,公調委は,現実には不可能ともいうべき高度の立証を漁民側に要求し,その結果,因果関係を否定する極めて不当な裁定を下し,公調委に対する我々の期待を大きく裏切ると共に,自身の限界を社会に露呈することとなった。
 このような,福岡高裁や公調委の不当決定は,事実を無視し自らの役割を放棄したものとして,漁民だけではなく,日本国中の市民やマスコミから大きな批判を浴びることとなった。
2  今後の課題
(1)  ダム
 川辺川については,収用申請取下げにより,ひとまず決着がついた。しかし,地元自治体やダム推進勢力は、あくまでもダム建設を促進する構えを崩しておらず,今後も予断を許さない状況が続いている。
 また,首都圏における八ツ場(やんば)ダム建設事業など治水上も利水上も必要性に疑問が呈されている事業が継続され,さらに,黒部川では排砂ダム(出し平ダム,宇奈月ダム)による漁業被害が深刻な問題となっている。
 今後は,川辺川で勝ち取った勝利を確実なものとし,各地のダムをめぐる戦いにおいて住民側の勝利を広げ前進させていく戦いが重要となる。
(2)  干拓
 有明海をめぐる戦いは福岡高裁,公調委と,不当決定が続いたが,現地の漁民たちの意気は高く,2005年11月には,諫早湾干拓事業の中止と,潮受け堤防の開門を求める新たな仮処分を提起した。
 漁民たちの「勝つまでやめない」「有明海がよみがえる日まで戦い抜く」という固い決意は,必ずやこの国の公共事業のあり方を変える大きな力になるはずである。
 さらに,2005年は,韓国のセマングム干拓差止弁護団との交流も活発となり,相互に情報交換し東アジアの海を保護するための連携が確立されつつある。
(3)  公害調整委員会について
 公害紛争処理において最も難しいとされる因果関係に関し専門的知識を最大限活用して判断を行う公害等調整委員会の高度の専門性に対して,全国の公害環境問題に取り組む弁護士や被害者団体らは,大きな期待を抱いていた。
 しかし、前記の諫早湾干拓問題における原因裁定のように,法的因果関係の認定において,客観的なデータの蓄積や自然現象の発生機構の科学的解明を要求することは,実質的には自然科学的に厳格な因果関係の「証明」まで要求するのと同じことである。
 これは、公害紛争に関する裁判外紛争処理機関である公害等調整委員会に対する社会からの期待を完全に裏切るものと言わざるを得ないものである。
 今後、新たに提起される公害紛争について、公害等調整委員会が、公害紛争に関する専門的機関としての本来の役割に立ち返って、社会からの期待に応えるべく適切な裁定をするよう切望する。