〔1〕 高尾山天狗裁判の現状
高尾山天狗裁判弁護団事務局長 関島保雄
圏央道建設に伴うトンネル・ジャンクション・インターチェンジ工事から高尾山の貴重な自然と国史跡八王子城跡を守ろうとする天狗裁判は、現在、工事差止請求訴訟(東京地方裁判所八王子支部)と事業認定取消訴訟控訴審(東京高等裁判所)、事業認定差止訴訟(東京地方裁判所)の3つの訴訟が進められている。
1 差止請求訴訟(東京地方裁判所八王子支部)
この訴訟は環境権・景観権・人格権・所有権などを被保全権利として圏央道工事の差止を求め2000年10月25日に提訴された。当初原告は1071名(自然物である高尾山及び八王子城跡、ブナ、オオタカ、ムササビ、自然保護団体6団体と自然人1060名)で、その後、自然物は訴訟の当事者適格と欠くとして却下されたが、第2次提訴を経て、現在、原告は1329名になっている。
訴訟の進行中の2002年春には、八王子城跡の絶滅危惧種オオタカがトンネル工事による環境悪化から営巣を放棄したことが明らかになった。
また、八王子城跡トンネル工事をめぐっては、約半分の掘削が行われた段階で、周辺民家43戸の井戸涸れが発生し、さらに観測井戸の地下水位が13メートル低下したため、工事をいったん中止し、止水工事をせざるを得ない事態となった。
このため、国は約200億円を追加して、シールド工法により八王子城跡トンネル工事をすすめているが、その後も、強力な岩盤により工法の変更を迫られ、2005年11月には、掘削工事の影響により地下水位がさらに18メートル低下(当初水位から30メートルの低下)するという重大事態に至っている。
さらに、住民が八王子ジャンクションの建設地である裏高尾地域の大気汚染や騒音の予測を環境総合研究所に依頼して科学的分析に付したところ、浮遊粒子物質(SPM)及び窒素酸化物、騒音が環境基準を大幅に超えるとの被害予測が得られた。
差止訴訟では、これらの自然環境破壊を事実とデータをもって示すとともに、研究者の意見書を提出し、環境権に基づく工事差止請求が法理論的にも可能であることを明らかにした。
訴訟は終盤にさしかかっており、この間、原告本人尋問が4回行われ、さらに、地生態学やサウンドスケープ(音環境論)、大気汚染・騒音被害予測、大気汚染調査、地質問題、環境アセスメントなどについての専門家の証言が終了している。
しかし、2005年に左陪席裁判官が交代し、さらに今春には右陪席裁判官が交代する可能性があることから、原告団・弁護団は現場検証の再実施と、大気汚染・騒音予測に関する専門家の再尋問を求めている。
2 事業認定取消訴訟判決と控訴審(東京高等裁判所)
住民らは、2002年7月に、八王子城跡と高尾山に挟まれた八王子ジャンクションの建設地である裏高尾地域での土地収用のための国土交通大臣による事業認定の取り消しを求め、東京地方裁判所に事業認定取消訴訟を提起した。その後、2004年5月に東京都収用委員会の収用裁決がなされたことを受けて、同年7月に収用裁決取消訴訟を提起。2つの訴訟が併合審理となった。
原告主張の要点は、本件事業認定は、その根拠法となる土地収用法に照らして、@現在の財政破綻のもとで、国などには事業をおこなう財政能力がない(同法20条2号違反)、A事業は公共性・公益性の要件を欠く(同法20条3号、4号違反)という点。
法廷では、原告本人尋問とともに、専門家の証人尋問によって、圏央道は都心から50キロ離れていることから、国などがその公共性・公益性の主眼とする都心の渋滞解消の役割は小さく、一方、工事によって失われる自然環境の価値は大きく、健康被害発生の危険性があることなどを立証した。
しかし、2005年5月に東京地方裁判所が言い渡した判決は、国などの主張をそのまま繰り返して原告らの主張を一蹴する一方的で不当なものだった。
原告らは、直ちに東京高等裁判所に控訴、2005年12月13日に第1回口頭弁論が行われた。
3 事業認定差止訴訟(東京地方裁判所)
国土交通省などは、2005年7月22日に八王子市内で高尾山トンネル工事の事業認定のための説明会を開き、9月28日には事業認定を申請した。さらに同年11月17、19、20の3日間で公聴会を開催し、いよいよ高尾山に手をつけようとしている。
国土交通省などが、2005年5月の東京地方裁判所の不当判決を追い風に、一挙に、高尾山トンネル工事を進めようとする狙いであることは明らかである。
しかし、八王子城跡トンネル工事では、止水工法によって水涸れの心配はないなどという国土交通省などの説明とは裏腹に、前述のように約30メートルの水位低下が明らかになっている。高尾山は、地層が垂直に近い角度で切り立ち、トンネル工事によって水脈が切られれば、八王子城跡に比べ、より水涸れが起こりやすい特徴がある。トンネル工事により、いっそう深刻な水脈破壊と環境破壊が引き起こされることが懸念される。
このような思いから2005年11月1日に提訴したのが本訴訟である。
従前は、事業認定告示があってはじめて事業認定取消訴訟を提訴することができるという手続きであったが、この間の行政事件訴訟法改正(2005年4月1日施行)により、事業認定の蓋然性があり、それにより重大な損害が生ずるおそれがある場合の事業認定の差止め請求が認められることになった。本訴訟は、この改正行訴法を活用した新たな試みである。