公害弁連第35回総会議案書
2006.3.18  大阪
【1】 基調報告
第2  公害・環境をめぐる情勢
1  わが国の公害・環境破壊の現状
 わが国の大気汚染,水質汚染,廃棄物問題,温暖化問題などの公害,環境破壊の現状は,次の通りであり,その特徴的な状況を指摘する。
 第1に,都市部を中心とする窒素酸化物(NOX)や浮遊粒子状物質(SPM)の汚染は依然として深刻である。
 全国の有効測定局の2003年度のNO2年平均値は,一般局0.016ppm,自排局0.029ppmとほぼ横ばいの傾向にある。
 また,2003年度に環境基準が達成されなかった測定局の分布をみると,一般局については東京都に分布しており,自排局については自動車NOX・PM法の対策地域を有する都府県(埼玉県,千葉県,東京都,神奈川県,愛知県,三重県,大阪府及び兵庫県)に加え,静岡県,岡山県,広島県,山口県,福岡県,長崎県の各6県にも分布している。
 自動車NOX・PM法に基づく対策地域全体における環境基準達成局の割合は,2003年度には76.4%(自排局)と近年改善傾向がみられるが,年平均値は近年ほぼ横ばいの状況にある。
 一方SPMについてみると,全国の有効測定局の2003年度平均値は,一般局0.026mg/m3,自排局0.033mg/m3と前年度に比べてわずかながら減少しており,SPM環境基準の達成率(長期評価)は,2003年度は一般局92.8%,自排局77.2%となっており,環境基準未達成局は全国20都府県に及んでいる。
 第2に近年長期曝露による健康影響が懸念される有害大気汚染物質についてみれば,2003年度でベンゼンについては,月1回以上の頻度で1年間にわたって測定した424地点の測定結果で,環境基準値の超過割合は7.8%であった。
 第3に自動車交通騒音の状況も2003年度の自動車騒音の常時監視の結果をみると,大幅に緩和された1999年4月施行の新基準に照らしても,全国2,395千戸の住居等を対象に行った評価では、昼夜とも環境基準を達成したのは1,933千戸(80.7%)で、このうち、幹線交通を担う道路に近接する空間にある1,016千戸のうち環境基準を達成した住居等は709千戸(69.8%)であった。
 第4に,水環境においても,2002年度において有機汚濁の環境基準(河川ではBOD,湖沼と海域ではCOD)の達成率が,河川で87.4%,湖沼で55.2%,海域では76.2%となっており,特に湖沼,内湾,内海等の閉鎖性水域で依然として達成率が低くなっている。また地下水においても,2003年度で,調査対象井戸の8.2%において環境基準値を超過する項目がみられており,1999年に環境基準項目に追加された硝酸性窒素および亜硝酸性窒素について6.5%の井戸で環境基準値を超えていた。
 一方,市街地等の土壌汚染問題については,近年,企業のリストラ等に伴う工場跡地の再開発、売却の増加に伴い、土壌汚染事例の判明件数が増加している。
 都道府県や土壌汚染対策法の政令市が把握している調査の結果では,2002年度に新たに判明した土壌汚染環境基準に適合しない事例は260件となっており,砒素,鉛,六価クロム,総水銀,全シアンなどに加え,金属の脱脂洗浄や溶剤として使われるトリクロロエチレン,テトラクロロエチレンによる事例が多く見られる。
 第五に,現在の大量生産,大量消費,大量廃棄の社会経済構造を背景にして,廃棄物問題も,廃棄物量の増加,廃棄物の質の多様化,最終処分場の残余容量の逼迫など問題は引き続き深刻である。わが国の一般廃棄物の総排出量は2002年度で年間5,161万トン,国民1人1日あたりの排出総量も1,111グラムで,焼却などした後の最終処分量も903万トンにのぼっている。産業廃棄物の総排出量も,2002年度は約3億9,300万トンで,最終処分量も約4,000万トンと膨大である。一方,最終処分場の残余年数は,2003年4月時点で全国平均4.5年で,依然として厳しい状況にある。
 最後に,地球温暖化問題に関連して,温室効果ガスの主要な物質であるCO2につき,2003年度の排出状況についてみると,わが国の排出量は12億5900万トン,1人あたり排出量は9.87トンであり,1990年度に比べ1人あたり排出量では8.7%,総量については12.2%増加している。これを部門別にみると,産業部門は0.3%の増加,運輸部門は19.8%の増加で,自家用乗用車の台数が1990年から2003年の間に31.4%増加し,走行距離の増加と乗用車の大型化(重量化)が主な要因となっている。また業務その他部門は,36.1%の増加で,延べ床面積の増加が排出量の増加に大きく寄与している。
2 公害・環境をめぐる注目すべき動き
 まず、環境破壊の大型公共事業見直しのたたかいで、重要なせめぎ合いが展開されている。
 国営諌早干拓事業をめぐる「よみがえれ!有明海訴訟」では、2004年8月の佐賀地裁で工事続行禁止を命じる画期的な仮処分を獲得。2005年1月には、同地裁の仮処分異議事件で仮処分命令の認可と国の申し立てた執行停止の却下をかちとっていた。
 ところが、これに不服として抗告された福岡高裁は2005年5月16日、事業と漁業被害との科学的な因果関係は証明されていないとして、佐賀地裁の仮処分を取り消し、工事差止めの申立てを却下した。福岡高裁決定は事業と漁業被害との法的因果関係の認定につき,定性的関連性に止まらず,定量的関連性まで要求して因果関係が解明されていないとしたが,中長期開門調査を拒否して,科学的因果関係の解明を拒否しているのは事業者である国である。因果関係の解明を妨害している国を利する高裁決定がきわめて公平を欠くことは,誰の目にも明かである。この福岡高裁の決定に対し漁民らは特別抗告したが,最高裁は2005年9月30日特別抗告を棄却し福岡高裁の決定を容認した。さらに最高裁決定は福岡高裁決定ですら言及しなかった,残工事を差止めても,残工事の続行が著しい損害をもたらすものではないから保全の必要性も無いと言及した。この点は,佐賀地裁が,本件工事は終了した工事を含めて精緻に見直す必要があり,工事が続行されているもとでは,そうした見直しも困難となると述べたのと対照的である。
 他方,漁民らが裁判と共に国の公害等調整委員会に漁業被害と諫早干拓事業との因果関係の原因裁定を求めていたが,2005年8月30日公調委は,「漁業被害は部分的に認められるものの,それと諫早湾干拓事業との因果関係は,高度の蓋然性をもって認めるには足りない」として申立てを退けた。
 この裁定は福岡高裁決定と同様に,因果関係の証明に自然科学的な厳格な証明を要求するもので,因果関係の有無につき,調査し解明する任にある公調委が自らその役割を放棄するもので,全くもって不当という他ない。
 一方,2003年5月の福岡高裁判決とこれに対する農水大臣の上告断念で農民側勝訴の判決が確定していた川辺川利水訴訟をめぐっては,九州農政局は川辺川ダムを水源とする利水計画に固執したが,熊本県収用委員会は2004年11月国土交通省に対しダム基本計画を見直すかどうかを含めた対応を示すように求め2005年春までに新利水計画が確定していなければ申請を却下することもありうると示唆,2005年9月15日国土交通省は取り下げを迫る熊本県収用委員会の前についに漁業権や土地の収用裁決申請を取り下げた。川辺川ダム建設計画発表から40年を経てダム計画は白紙に戻るという画期的な成果を上げた。収用申請取下に危機感を抱いた地元自治体やダム推進派はあくまでもダム建設を促進する構えを崩していないが,国土交通省に川辺川ダム計画の撤回を迫り,疲弊した人吉球磨地方の再建と五木村の再興を求めるたたかいは大きく前進した。
 また道路建設をめぐるたたかいでも,前進と揺り戻しの激しいせめぎあいとなっている。
 2004年4月東京地裁は圏央道あきる野市地域の事業認定及び収用裁決取消訴訟で,受忍限度を超える騒音被害・大気汚染被害が予測される以上,瑕疵ある圏央道の建設を認める事業認定は違法であるとして,事業認定及び収用裁決を取り消す住民勝訴の画期的な判決を言渡した。そして国の主張する都心の渋滞緩和対策としての圏央道の役割は小さく,圏央道事業の公益性公共性も具体性を欠き,あきる野インターチェンジの必要性に対しても疑問があるとして事業認定を違法であるとしたものである。判決はさらに都市計画段階での事業の適否に対しても司法審査の機会を与えるべきであると立法提言までもしており,これは,その後の都市計画段階での司法審査の機会を保障する立法運動に大きな力となった。
 東京地裁はこれに先立ち2003年10月東京都収用委員会の収用裁決に基づく代執行に対しても,居住の権利は憲法に基づく重要な権利であり金銭補償で代え難いとして代執行停止決定も出している。しかし,この代執行停止決定はその後東京高裁の抗告審で取消され最高裁でも取消が確定した結果,本案の裁判で事業認定及び収用裁決が取消されたが,収用裁決に基づく執行が行われ,圏央道工事は2005年3月あきる野インターチェンジまで完成してしまった。司法で違法と断罪されても工事が止められない矛盾が露呈している。
 圏央道あきる野訴訟をめぐっては,2006年2月23日東京高裁が,住民勝訴の東京地裁判決を全面的に覆す判決を下した。同判決は,圏央道による道路公害,環境と生活の破壊に目をつぶり,国の主張を全面的に鵜呑みにする内容となっており,無駄で有害な20世紀型の公共事業から環境保全型への転換をはかっていく大きな流れに逆行するもので断じて許すわけにはいかない。
 一方同じ圏央道の八王子地域の事業認定・収用裁決の取消を求める高尾山天狗裁判では2005年5月31日東京地裁は住民の請求を棄却する判決を言渡した。この判決はあきる野地域の東京地裁判決と正反対で,圏央道による騒音や大気汚染の被害の予測は認めるが環境基準以下であり,国土交通省主張どおり,渋滞解消効果や地域の経済発展など公共性公益性が高いとして住民の取消請求を棄却した。同じく八王子地域の圏央道をめぐっては,人格権・環境権に基づく工事差止めを求める民事訴訟も東京地裁八王子支部で進行している一方,国交省が2005年9月に八王子市内の高尾山トンネルを含む事業認定申請をしたのに対抗して,同年11月1日住民約200名が事業認定差止訴訟を東京地裁に提起して新たなたたかいに立ち上がった。
 次に大気汚染をめぐるたたかいでも,この間前進をかちとってきている。2003年6月の公調委あっせん合意に基づいた大型車削減を追求する尼崎公害のたたかいでは,2005年1月の合意成立をふまえて,同年3月3日,「大型車の交通量低減に向けた総合調査」を実施。その結果,ロードプライシングの試行では,湾岸線の西線,東線とも半額以上割り引くことの実効性が確認され,あわせて,ロードプライシングの充実と国道43号線のナンバープレート規制もしくは車線規制でより一層効果的な大型車低減がはかられることが明かとなっており,同調査は初期の目的を達成した。そしてこれをふまえて同年12月21日,湾岸線の西線,東線の半額割引を内容とする環境ロードプライシング社会実験の実施が合意され,いよいよ具体的方策の実行段階に入るところとなっている。
 一方,東京大気汚染訴訟では,2005年前半に,東京地裁(2〜5次訴訟)で総論立証を終了し,各論立証に突入する際,本人尋問対象者のしぼり込みをめぐって,地裁が1次判決基準(幹線沿道50m以内)該当者は尋問の必要性ありと表明。これに対し,原告側は,面的汚染を否定した1次判決に追従するものとして,「怒濤の36日間」の運動を展開。全面勝利判決獲得をめざしたたたかいがいよいよ本格化している。そして,トヨタ本社包囲行動,レクサス要請,そして3年目を迎えたトヨタ総行動の取組みなどトヨタをはじめとするメーカー包囲を展開し,被害者救済制度創設にあたっての財源負担を求める取組みを強める一方,東京都に対して,緊急に全年齢での医療費救済制度の実施を求める運動を強めている。
 この点で,川崎では川崎公害判決をふまえた被害者・住民の粘り強い運動の結果,2006年度から全市全年齢での医療費救済が実施されることとなった。これは東京都での救済実現に向けて大きなインパクトとなること間違いない。
 一方,基地騒音公害に反対するたたかいでは,2005年11月31日東京高裁は新横田基地公害訴訟の控訴審判決で国に総額32億円の損害賠償を命じた。判決は夜間の飛行差止請求と将来請求は最高裁判決に従って棄却したが,国の主張する減額・免責理由である危険への接近の法理は騒音被害を放置し,騒音実態を知らせてこなかった国の態度と比較して衡平の観点から全面的に否定した。また防音工事の効果は少ないとして工事の室数に関係なく工事をした原告は10%のみの減額とし,さらに将来請求に関してもこれまでの基地空港訴訟では全て否定されてきたが結審から判決日までの将来請求の一部を認めた。新嘉手納基地公害訴訟判決がW値85以上のみ救済したことから新横田訴訟での判断が注目されたが,従来の判決で定着していたW値75以上を採用したうえで,1993年の最高裁判決で違法性が確定したにも関わらず,その後も違法状態を放置し,被害救済の立法措置をとらなかったことも怠慢であると指摘し行政,立法への解決への取組みを促す内容となった。
 ただ損害賠償の範囲に関してこれまでの判決で賠償の範囲として使われてきた1977年コンターではなく1998年コンターを採用したことにより原告の1割強の683名がW75の地域外であるとして請求を棄却された。
 国は各地で大量提訴が続く中で,賠償金も多額になったことから,賠償範囲を狭めるため騒音による防音対象地域のコンター区域を狭める工作を始めたもので裁判所がこの国の工作に乗った点は不当と言わざるをえない。
 一方普天間基地爆音訴訟では,基地司令官を被告として損害賠償を求めるたたかいが展開されているが,2005年9月22日福岡高裁那覇支部は,一審判決に続いて住民の請求を棄却する判決を下し,現在上告および上告受理申立がなされている。
 さらに水俣病をめぐるたたかいでは,新たな展開が生まれている。2004年10月15日の最高裁判決は,水俣病の発生・拡大についての国,熊本県の国賠責任を認めるとともに,行政認定制度で棄却とされた患者の中にも水俣病被害者が存在することを明確にした。同判決後認定基準の改定を期待して,認定申請を行った被害者は約3500名におよんだが,環境省は,認定基準の見直しは拒否し,またもや新保健手帳なる福祉政策での幕引きをはかろうとした。これに怒った被害者は,2005年10月3日,国,熊本県,チッソを相手にノーモア・ミナマタ国賠訴訟に立ち上がり,その後の追加提訴も含め,その数1000名の大規模訴訟に発展しており,今後のたたかいが注目される。