公害弁連第35回総会議案書
2006.3.18  大阪
地域のブランド力を高める
尼崎南部再生研究室
室長 淺野弥三一(センター赤とんぼ事務局長)


■ かつて工都と呼ばれたまち
 尼崎市は兵庫県東南端に位置し、大阪市に隣接する人口約46万人の都市である。近代には東洋一の火力発電所や製鉄所を中心に、わが国の産業を支えた工業都市で、「工都」と呼ばれていた。阪神工業地帯の中核を担ってきたが、70年代以降、日本経済の構造変化や地価の上昇にともない、地方や海外への工場の移転が相次いだ。産業は衰退をつづけて、現在も人口減少に歯止めがかからない。

■ あまけん設立の経緯
 工都としての繁栄の裏側で、大気汚染という公害問題も生み出された。30年以上も続いた運動から発展した尼崎大気汚染公害訴訟は1999年歴史的和解を迎えた。2001年には、この和解金の一部を活用して「尼崎南部再生研究室」(通称・あまけん)が設立。疲弊した尼崎市南部地域の活性化を目指す市民組織として、関西学院大学片寄俊秀教授を顧問にむかえ、研究者、大学生、行政職員、マスコミ、地元商業者、金融機関、まちづくりコンサルタントなど多種多様な人々が集まった。
 「工業都市=大気汚染・公害」といったネガティブなイメージに隠れてしまった、地域の魅力を見直そうというテーマのもと、まちへの好奇心と遊び心を大切にしながら活動を展開している。

■ 運河クルージング〜産業遺産の観光活用
 工業の衰退により、本来の役割を終えつつある運河網やその景観を「産業遺産」「テクノスケープ」といった観点で再評価しようと、同研究室では、01年の設立以来、航路や水深の調査、カヤック、花見屋形船などを実践してきた。地元漁業組合の協力を得て、04年4月からは一般市民を対象としたガイドクルージングをスタート。2日間だけの開催ではあったが、家族連れやかつての工場労働者など、のべ60人の乗客がイベントを楽しんだ。
 日本のチタン製造発祥の工場、明石海峡のハンガーケーブル、北海油田の掘削用パイプ、プラズマディスプレイ…、塀のなかに隠れた工業地帯の魅力を一つ一つ丁寧に説明する。
 90分のクルージングの後、参加した60代の元工場労働者がつぶやいた―「今度は、孫たちを連れて、自分のかつての仕事場を見せてやりたい」と。
 運河沿いの工場群や、閘門、可動橋といったダイナミックな景観を観光として活用する実験は今年で4年目を迎える。

■ 尼いも〜伝統野菜の復活
 「昔食べたおイモが甘くてなあ…」と地域のお年寄りが、かつての特産「尼いも」の思い出を語った。その昔、海辺の畑で作られていたサツマイモは、尼いもと呼ばれ京都の料亭へも出荷されていたという。
 しかし、50年前に台風で絶滅…したと思われていたが、聞き取りを重ね、茨城県にある現・独立行政法人農業技術研究機構作物研究所で、原種と思われる「四十日藷」を発見。地元農家の協力を得て栽培が復活した。
 関心のある人々が集まり2001年春には尼いもクラブを結成。毎年8月には試食会「イモコレ」を開き、尼いもを通じた人の輪は広がりつつある。昔ながらの栽培方法にこだわり、種芋の保存から育苗、栽培までに取り組んでいる。苗の増産と栽培地の拡大が当面の課題である。
 一般の希望者への苗を配布に加えて、小中学生へのPR活動にも取り組んでいる。歴史をまとめた小冊子「尼いもの本(全2巻)」や絵本「僕はアマイモ」といった発行物は市内の小中学校に配られ、総合学習の現場で、栽培学習のプログラムにも活用されている。

■ フリーペーパーによる情報発信
 大阪・神戸の影に隠れてしまっているのか、尼崎がメジャーなタウン情報誌に登場することは極めて少ない。設立以来、同研究室が発行する情報誌「南部再生」では、尼崎南部というエリアに限定し、隠れたまちの魅力を発信している。
 「若者」「商店街」「NPO」「駅前再開発」といったトピックや、メンバーの関心が高いテーマを特集企画として紹介。連載記事では「アート」「まつり」「町並み」「B級グルメ」など、研究室メンバーがそれぞれの専門性や視点を活かして執筆している。年4回季刊発行を続けるこのフリーペーパーは現在第20号。
 300人を超える会員への定期購読をはじめ、取材協力店、地元信用金庫や郵便局、沿線各駅、公共施設といった市内各所で6000部を配布している。
 フリーペーパーの発行によるまちづくりへの効果は大きい。取材活動を通して見つけた地域資源もさることながら、市内の人的なネットワークが広がりつつある。取材や執筆依頼の対象を数珠つなぎで次号へとつなげていく。一読者から執筆者へと発展することもあり、A5判24ページの小冊子ながら、まちづくりの人材をつなぐコミュニケーションツールとしての可能性も秘めていることを実感している。

■ 地域のブランド力
 これら地域の魅力を見直し、地域資源として活用するまちづくりは全国各地で活発に取り組まれている。同研究室でのすべての活動は、自分たちが面白いと思えるものを、思い切り楽しんでみることからスタートする。そうして見出したまちの魅力こそが、より多くの人に伝わる熱を帯びている。
 ガイドツアー、かつての特産の復活、フリーペーパー…この他にも考えられる方法はまだまだある。「私のまちには○○がある」と胸を張って自慢できるものを掘り起こし、今年で活動5周年をむかえるあまけん。磨けば光る地域資源を、いかに輝かせていくことができるか、今後はより具体的な展開が求められている。