公害弁連第35回総会議案書
2006.3.18  大阪
八ッ場ダム訴訟
弁護士 広田次男


1.はじめに
 内容と問題点を簡単に紹介する。当初、利根川の支流吾妻川にダムが計画されたのは1949(昭和24)年であり、その後曲折を経て、現在では総額約1兆円に及ぶものと試算される。
 基本高水などダム建設の基礎データは1947(昭和22)年のキャサリーン台風の際の流量データによっている。建設費の負担は利根川流域の1都5件(神奈川を除く関東全域)に及び、各都県の受ける利水、治水の割合により、その金額が異なる。
 一昨年9月、1都5県に於いて住民監査請求をなしたが、いずれも却下(形式的に棄却の決定をなした県もあったが、実質的には「門前払い」)されたので、昨年11月、1都5県の地裁に一斉提訴した。

2.運動
(1) 昨年11月27日、東京南大塚ホールに於いて、約200名の参加を得て「提訴1周年集会」を開催した。
 提訴以来の訴訟経過を弁護団から、また各地の運動状況について各地原告団から報告がなされた。5政党に招待状を送ったが、出席して御挨拶をいただけたのは野党3党のみであった。
 集会では「初めて巨大ダムを止めた村のたたかい」と題して、徳島県木頭村の元村長藤田恵氏のユーモアと凄みの入り交じった講演をいただき、大いに盛り上がった。本年は、開催主体は変わるものの「八ッ場ダム問題」を世に知らしめるため、1000人規模で人を集める計画が進められている。
(2) この1年で1都5県の各地裁は4回ないし5回の期日を経過しており、各期日とも(東京以外の)各地裁第1法廷傍聴席は(東京も含め)ほぼ満席であった。
 傍聴席をほぼ満席にする工夫は、各地裁ごとにユニークである。被告準備書面も含めて、書面の要旨を法廷に於いて口頭にて要約したり、原告団のなかから毎期日1人は「意見陳述」を行うようにしたり、その際にパワーポイントを使用しての陳述にしたり、と様々である。
 法廷終了後の集会は必ず行い、傍聴参加者に「来て良かった」、「また来よう」との思いを抱いて貰うように努力している。
(3) 本件訴訟には、目に見える「被害者」は存在しない。健康を侵される住民も、漁場を奪われる漁民も、利水権を失う農民も存在しない。被害者と被害の惨状に心を痛める支援者も存在しない。
 (「被害者」と同義ではないが)ダム予定地の居住者の組織的運動も今は存在しない。「こんな滅茶苦茶な公共事業は中止すべきだ」、「これほどの自然環境破壊は許せない」、「こんな杜撰なダムを作ったなら将来、重大な公害になる」といった意識の市民が存在するのみである。
 正に客観訴訟であり、市民訴訟である。この点に我が弁護団が貴弁連のメンバーではなく、この出稿が「特別報告」と題される由縁が存在し、毎回の法廷の傍聴動員に苦心惨憺する理由がある。

3.法廷
(1) 6地裁に於いて、全ての被告は共通して、本案前抗弁として却下を求めている。理由も共通して「原告の主張は、住民訴訟の要件である財務会計行為の違法性を主張していない」から早急に却下すべきとしている。
 即ち、(単純化すれば)「住民訴訟の対象たる財務会計行為とは、金の支払い方のみであり、その支払い方の違法の指摘がない限り、住民訴訟は成立しない」との書面を提出している。
 これに対して、当方は(これまた単純化すれば)「金を払うには原因があるはずであり、その原因が違法であれば金の支払い自体も違法である」との趣旨の書面で切り返してきた。
(2) そして、この1年「原因がどのように違法であるか」との準備書面作成にほぼ没頭した。
 @治水A利水B危険性C環境その他の4チーム編成として、各チームのキャプテンを決めてほぼ毎月1度のペースで弁護団会議を開いて準備書面の作成を進めた。
 明日(1月15日)の弁護団会議を控えて、ほぼ全チームの準備書面が完成した。合計300頁を超える大準備書面である。その分野は極めて多岐に亘り、その内容の大半は極めて専門的なもので、到底、この稿で過不足なく紹介できるものではない。準備書面の一部は、時間を忘れて読み耽る程に面白く、興味の持ち方によるものの、決して「つまらない内容」のものでない。
(3) この書面に更に手を加え、環境行政ないしダム訴訟に於けるバイブル的存在を目指したいと思っている。将来的には書面を製本して、(本訴では賠償金が得られるアテが全くないので)「高価にて」販売したいとも思っている。その際には貴弁連の大量「買い付け」を期待したい。

4.番外
(1) 6地裁のうち、3地裁で県(被告)側弁護士として登場したのが、A先生である。A先生は3地裁の毎回の期日に出頭し、県側弁護席の先頭の座を占め、3地裁での被告側発言の大半はA先生のみの発言に終始する事が殆どである。
 従って、6地裁のうち、A先生担当の3地裁では数字、人名などの一部を除き、同一の内容の書面が提出される事となる。即ち、A先生作成の書面の主要部分は、3回使用されるとの効率の良さである。
(2) 3地裁の所在する3県の原告は、3県とA先生との弁護契約書を情報開示請求により入手した。その弁護料は、原告らの瞠目と共に「一切無償」を最初から言い渡されている我が弁護団の嘆息を誘うに充分な金額であった。同時にA先生が3地裁を精力的に廻られるのも当然と納得した。
 弁護団は1都7県(1都5県に加え、神奈川、福島)に居住し、原告および支援者は全国に及ぶ。そこでWebサイト「八ッ場ダム訴訟」を立ち上げ、A先生提出書面も含めて全ての準備書面を掲載して、便宜をはかる事とした。
(3) A先生はこれに抗議を申し立てた。その趣旨は「被告側の準備書面のWebサイト掲載は民訴法91条に反し、民事訴訟の大原則を踏み外す行為に外ならない」というもので、3地裁への上申および弁護団の一部への「通告」が繰り返された。
 当初、我が弁護団はA先生の抗議について貴重な会議の時間を削るのを良しとしなかった。
(4) しかるにA先生の抗議が重ねられるに及び、「裁判の公開原則に関する妨げであり、他の裁判事例への影響も考慮せざる得ない」問題として、慎重な検討をなした。同様事案についての札幌弁護士会の例なども踏まえ、対処法に誤りなきを期するつもりである。

5.今後
 いずれにしても本訴の「山場」はこれからである。自然環境、財務会計行為論、治利水計画の矛盾など、争点は多岐にして壮大である。
 「一切無償」の弁護団の人手不足は明らかであり、志ある弁護士の参加をお待ちする次第である。